今日も明日も明後日も | ナノ


今日も明日も明後日も




 けたましい電子音が部屋に響き渡る前に音は止められる。電子音の正体である携帯電話を持った春歌が大きな欠伸を一つしながら布団から顔を出した。目を擦りながら携帯電話に目を移せばまだ本来の起きる時間には程遠い時刻。だが春歌は起きる必要があるのだ。目の前で未だ気持ち良さそうに眠る恋人の為、春歌は自身を緩く抱きしめている腕から恋人を起こさないようにゆっくりベッドを抜け出した。
 身支度も程々に愛用のエプロンを身につけ頭を覚醒させる為にパチンと頬を叩く。ベッドで眠る恋人は自分代わりに枕を抱きしめて口をもごもごと動かしながら幸せそうに眠っている。その姿に思わず笑みが零れる。ずっと見ていたくなってしまうがそんな事をしている場合ではないと春歌はキッチンへと身体を向けた。
 今日は蘭丸の仕事はロケと聞いていた。山奥で電波も繋がらないような所に行くらしく既に出発前から心配しているのだが春歌が心配した所でロケが中止になるはずもない。それならばと仕事へ行く蘭丸の為にお弁当を作ろうと起きたのだ。メニューは蘭丸の好きなお肉を使ったカツサンド。朝から揚げものを作るのは大変だが愛する恋人の為なら苦ではない。昨日用意していた材料を冷蔵庫から取り出し調理へと取りかかった。元々料理は得意な方であり、蘭丸と同棲をし始めてからは花嫁修業と称し料理をする回数が以前より格段と増え自身で言うのもおこがましいが各段に料理が上手くなっている。あれよあれよと言う間に春歌は思わず自身の腹の虫が鳴る程に美味しそうなカツサンドを仕上げていった。
(出来ました…!)
 蘭丸専用の大きな弁当箱にたくさんのカツサンドを詰めて春歌は額の汗を拭った。少し多めに作ったが蘭丸の普段の食事の量を考えても大丈夫な量だ。それに今日のロケは春歌の先輩の一人である嶺二も一緒だから二人で食べても大丈夫だろうと弁当箱を包もうとして春歌の手がぴたりと止まった。ただお弁当を作っただけでは味気がない。何かもう一工夫出来ないかと春歌は頭を捻る。その瞬間、ぱっと閃いた想い付きに少し頬を染めながら春歌は自身のバッグへと手を伸ばしたのだった。











「ふぁ…」
 蘭丸の耳元に置いてある携帯電話がバイブレーションで揺れると同時に曲が流れ出すが、流れきる前にその音は蘭丸によって止められた。もぞりと重たい身体を起こす前に視線に映る可愛らしい恋人が眠る姿が愛らしくて思わず柔らかな髪に指を通す。さらりと指を動かせば香るシャンプーの匂いに鼻をひくひくと動かせば、シャンプーの香り以外の匂いが鼻につく。嫌な匂いではない。むしろ空腹を思い出させるその匂いに腹の虫が小さくぐうと鳴いた。身体を起こせば机の上に置いてある大きな包みと数個のおにぎり。丸っこい小さな字で「朝ごはん良かったら食べて下さい。あとお弁当です」と書かれたメモ帳。未だ眠る恋人に視線を移せば脱ぎ忘れていたのかエプロンをしたまま眠る姿に思わず吹き出してしまう。笑ってしまったのは不本意だが朝から自分の為にしてくれた行為が嬉しくて寝顔にキスを落とした。少し身じろぎをしたが頬がとろんと緩み幸せそうな笑顔に蘭丸の心が柔らかくなり溶けてしまいそうな程だ。だが恋人の戯れもここまでだ。早く支度をしないと遅れてしまう。遅刻なんて持っての他だ、と急いで身支度をして春歌が作ったお弁当を持ち、おにぎりを胃へと押し込め、静かな部屋に「いってくる」とだけ言葉を残して蘭丸は部屋を後にした。










「休憩に入りまーす!」
「はーい。おっつかれちゃーん」
「お疲れっす」
 ロケは目立ったトラブルもなく順調に進んでいた。周囲を見渡せば自然と言うよりは森しかなく、自分たちがいなければ小鳥のさえずりと木の葉が掠れる音しか聞こえないだろう。昼食を取る為にロケバスへと乗り込み荷物から携帯電話を取り出すが「圏外」と表示された二文字にため息が漏れ出る。事前に聞いてはいたのだがマジか、と思わずにはいられないのだが仕事なのだからと自身に喝を入れる為、頬をぱちんと叩く。だが運悪くその姿を嶺二に見られてしまい、蘭丸の突然の行動が理解出来るはずもなく瞳を丸くしていた。

「どうしたの? 眠いの?」
「んでもねーよ」
「ふーん…ま、いいけどね。はい、ランランのお弁当」
「ん」

 既にロケ弁としてお馴染みとなった寿弁当を受け取るも蘭丸は隣の座席へと置く。再び瞳を丸くする嶺二を余所に珍しく持ってきている鞄の中から大きな包みを取り出す。春歌が作った弁当だ。何も言わず蘭丸が包みを開ける姿に聞かなくても理解出来たのか嶺二はニヤついた表情で弁当を覗く。

「へー、ほー、なーるほど。後輩ちゃんからの愛妻弁当ですか〜。いやー、彼女持ちはイイねー」
「うっせぇぞ、嶺二。つーか見んな」

 蘭丸の置いた弁当を持ち隣の席へ腰掛けた嶺二に有りっ丈の力を込めて引き離す。痛い、と叫び続ける嶺二を余所に蘭丸は器用にも包みを開き弁当を開けた。

「おっ、カツサンドか」
「わー、美味しそー! いいなー、ランランいいなー!」
「てめぇは自分の家の弁当食ってろ」

 蘭丸が思わず手を離してしまえば、まるで吸い寄せられるかの如く春歌の弁当を覗く。綺麗にきっちりと並べられたカツサンドは肉の厚みも程良く噛み応えがありそうだ。何より春歌の愛情が籠っているのだから美味しくない訳がないと蘭丸が手を伸ばそうとした時、蓋の裏に紙が張り付いているのに気がついた。カツの油が染みない様にラップで包まれたそれ慎重に剥がしていく。姿を現した深紅の二つ折りの紙を開けば朝見たのと同じ丸っこい字が蘭丸の目に入った。

『蘭丸さんへ お疲れ様です。お仕事頑張って下さい』

 手紙か、と思いながら視線を更に下に移せば間違えたのか黒く塗りつぶされた箇所が幾つもある。あいつおっちょこちょいだからな、と更に視線を下へ移していけば先程の文字よりも幾分も小さな文字で書かれた言葉。
『今日も大好きです 春歌』
「……っ!」

 思わぬ言葉に蘭丸は開いた紙を勢いよく閉じてしまう。余りの衝撃に何と言えばいいのか分からず真顔になる。だがそんな蘭丸を余所に隣に座っていた嶺二は先程よりも更にニヤついた表情で蘭丸を見ていた。

「ひゅー! ランランたちラブラブだねー! いやー、お兄さん羨ましいなー」
「…っせーぞ!」
「そんな顔で怒ったって怖くないもんねー」

 窓ガラスに映った蘭丸の顔は真っ赤で普段の自分では考えられない程に頬どころか耳まで染まっている。確かにこんな顔では怒られている方は怖くはない。それに春歌の言葉が何度も脳内で反芻され次第に頬の筋肉が緩くなっていく一方であった。どういう表情をすればいいのか分からない。嬉しいのだが嶺二にこんな顔を見られるのは不本意だ。だが頬は蘭丸の意と反して重力に逆らわず下がる一方で、どうしてこんな時に電話は圏外なんだ、と怒りの方向をこの山へと向け蘭丸は席へと座り直す。すぐ攻撃が止んだ事に嶺二は疑問に持ちながらも蘭丸が手を伸ばしたカツサンドが口へと運ばれるのを見て思わず「頂戴」と漏らしていた。「死んでもやらねぇ」と噛めば噛むほど広がる味に舌鼓を打ちながら蘭丸はもくもくと食事を続けた。












「ん…」
 一人のベッドは寂しいと思いながら春歌は寝がえりを打つ。蘭丸のロケが終了するのは明日と聞いていた。買った時には少し狭いベッドだと話していたベッドも慣れてしまった今となっては蘭丸がいなければ非常に広く感じる。今日も何度も携帯電話を確認したがやはり「圏外」と言うのは本当らしく蘭丸からメールはおろか電話も一切ない。寂しいと思いながらも今日も仕事で疲弊しきった身体は正直で次第に春歌を夢へといざなっていく。とろんと瞼が閉じかけた時、春歌の身体がぐいと起こされる。起こされた、と言うのは分かっていてもうとうととした春歌は抗う事が出来ない。

「春歌…」
「ら、まるさ…」

 蘭丸の声が聞こえた。優しく自分を呼ぶ声。だけど蘭丸がここにいるはずはない。今彼はロケで山奥にいるのだ。
 これは夢だ。起こされたのも起こされたと思っているだけで既に夢の中なのだろう。自分が蘭丸に会いたいと言う願望が夢となって現れているだけだ。夢でも嬉しくてへにゃりと春歌は笑った。

「おかえりなさ…蘭丸さ…」
「ただいま。会いたかったぜ」
「わたしも…んっ」

 不意に唇を塞がれた。少しだけ冷たい唇だが何度も啄ばむようにキスをされれば次第に熱を持っていく。夢なのに現実みたいと春歌がふわふわとした脳内で思うも、触れ合いが嬉しく蘭丸にされるがままになる。

「いい、か?」

 何を、と聞かなくても春歌は分かっている。ゆっくりと首を縦に振れば蘭丸の大きな掌が春歌の寝間着へとかけられる。ゆっくりと蘭丸が春歌の上に圧し掛かれば春歌は拒む事もせず蘭丸の背中へと腕をまわしたのだった。













「ふあぁ…」

 蘭丸の部屋で作曲をしていた春歌は思わず大きな欠伸をしてしまう。ちらりと時計を見やれば時刻は既に午後二時を指している。今日も蘭丸も為にお弁当を作り早起きをした為、今になってその眠気が訪れたのだ。あの日、蘭丸はどうしても春歌に会いたくなり人生で一、二位を争う位に早急に仕事を終わらせて来たのだ。(ちなみにロケの内容は取れ高百点だったらしい)夢だと思っていた蘭丸は現実であり、夢の中で蘭丸と抱きあっていたと思っていた春歌は目覚めて自分が裸になっていた事に思わず叫んでしまっていたのだが、それも今となっては少しだけ懐かしい。
 蘭丸から弁当が美味しかった事、メッセージが嬉しかった事、たくさんベッドの上で伝えられて嬉しくもあり恥ずかしくもあったのだが蘭丸がそんなに喜んでくれるのなら、と春歌は蘭丸へのお弁当を作るようになったのだ。もちろん春歌の仕事が忙しかったりした時は春歌も作らないのだがなるべく毎回作ろうと張り切り今では日課の一つになっていた。もちろんメッセージも毎回添えて。
 今日のお弁当も喜んでくれたかなぁと思いながら、春歌が伸びをして床へ寝転べば、ふと小さな足が目に映った。ふわふわの毛並みを持った最早ほぼ飼い猫と化しているタマなのだが、そのタマが口に何かを咥えていた。黒く長方形の厚みのあるそれが目に入った瞬間、春歌はぎょっとしてしまう。

「タ、タマさん。それは蘭丸さんスケジュール帳です! 駄目ですよ!」

 仕事の予定などが書いてあるスケジュール帳は大切な物だ。何処から持ってきたのか分からないが破いたり持っていかれたりしては堪らない。春歌が手を伸ばせば驚いたのかタマはあっさりと口から手帳を離す。ぼとりと落とされた手帳から小さな大量の神が床へと散らばる。もしかしたら仕事のメモかもしれない。早く集めないと、と春歌がメモ帳を拾えばふと見えた文字。

「これって…」
『今日もお仕事頑張って下さい』『今日もカッコいい蘭丸さんが大好きです』『今日は一緒にご飯食べましょうね』

 書かれている文字は他でもない自分の文字。たくさんの小さな紙は蘭丸のお弁当に入れていた春歌の手紙だった。なんで、どうして、と春歌はメモ帳を手にしたまま固まってしまう。

「なにしてんだ?」

 背後から聞こえた声に春歌は大げさに身体を動かし振り向く。そこにいたのは他でもない蘭丸であり、春歌はどうして良いか分からず視線を彷徨わせてしまう。春歌の挙動不審な動きに首を傾げつつも春歌が手にした紙を見れば蘭丸は瞬時に顔を赤く染めてしまう。

「おっ、おま…それ」

 床に散らばる大量のメモ帳に何が起きたのか理解出来たのか蘭丸は思わず頭を掻きながら春歌と同じく視線を彷徨わせてしまう。無理に取り上げる事もしない。だが拾う事もしない。時が止まったかのような沈黙が続く。だが喉をごくりと動かした春歌が顔を上げ未だ真っ赤な顔をしている蘭丸だけを見つめる。

「あっ、あの…これ、その…ど、して」
「っ、あーもー」
「きゃっ!」

 問いに答えず蘭丸は春歌を抱きしめる。身体が酷く熱い。触れ合った胸から伝わる心臓の鼓動が早く煩い。

「…あの」
「んだよ」
「何て言えば、いいのか…上手く言えないですけど…、…嬉しい、です」

 どくどくと脈打つ心臓はきっと壊れたのだろう。どうすれば治せるのか蘭丸も春歌も分からない。ただ嬉しくて恥ずかしくて。それでも溢れ出る想いを抑える事が出来なくて気付けば唇を合わせていた。

「っ、今日も弁当美味かった」
「ありがとうございます…」
「それと…愛してる」
「っ! わたしも、です」

 またどちらからともなく抱きしめ合い、ふと春歌は今日書いた手紙を想い出す。くすぐったくもあり、だけどそれよりも嬉しい気持ちが溢れて自分から唇を合わせた。
 蘭丸へ送った今日の…そしていつも想っているメッセージ。

『今日も愛してます』






プライベッターであげた文章に少し加筆・修正を加えたものになります。
想像以上のバカップルで書いてて恥ずかしかったけど楽しかったです。
何回言ったか分かりませんが、結婚しろ!!!!



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