幻想の夜2 | ナノ





「ひゃー。今日もたくさんいるね」
「みんな暇なんでしょ」
「いやいや、これは貴族の嗜みだからね。少年よ」
「しょっ……ま、ここでは仕方ないか」

ここで僕の名前を呼ぶ事は許されない。ルールをよく理解出来ている彼はため息をつく。分かっているからこんな風に彼を呼べる事に年上の喜びを感じた僕が嬉しそうに微笑めば、彼は僕をぎらりと睨む。うん、これは終わった後が怖いな。しばらく街中で彼にあっても無視をしよう、そんな決意を決め僕は周囲をきょろきょろ見渡す。
今日もマスカレイドは変わらない。ワインを飲みながら談笑をする者。奥の柱の陰に隠れて逢瀬を繰り返す男女。派手に着飾った貴族たちが己の身分を気にせず楽しそうにマスカレイドに溺れて行く姿は面白いモノだ。右奥で話している男性二人はレイジーの記憶が確かなら男爵と伯爵の爵位をもつ男だ。貴族の中でも爵位が違いすぎる二人が内容までは分からなくも表情やら仕草から察するに対等に話している。柱の陰に隠れながらも逢瀬を交わしている男女は敵対している家同士の子息と子女のはず。何にも縛られないここは全てが対等だ。僕の脳裏にも思わずここでなら、と考えてしまうがそれは有り得ない話だ。今日も何処かの談笑にでも混ぜてもらおうかなと振り返るとアインザッツは既にいない。どこにいったのかと見渡すと自分より頭一つ大きい金髪の男性に抱きしめられている。あぁ、あれはシーノだ。素顔、素性共に知っている男性なのだが自分より小さくて可愛いものを見ると抱きしめたくなるという特異?な趣味を持っており僕も何度か抱きしめられた事がある。その周囲では仮面を被っていながらも、きっと見目麗しいであろう女性たちが二人に話しかけようと輪になって二人を見つめている。仮面を被っていても素顔は何となく分かってしまったりする場合もあるし、仮面からでもそのものが放つオーラと言うものは隠しきれない。こんなにたくさんの人がいる中でもやはり目立つものは限られてしまう。それは仕方がない事だ。平凡で凡人(一応貴族だが)の僕は今日も誰かと話せばよいかと再び前へと振り向く。

「きゃっ!」
「うわっ……と、すみません」

振り向いた瞬間、僕の視界より下の身体に何かがぶつかった。ほんの少し甲高い声はどこかで聞いた事はある女性の声だ。いくら広いホールとは言え所狭しと人が歩いているのだ。ある程度ぶつかってしまう事は仕方がないし、よくあることだ。女性は怪我などしていないだろうか、心配になり視線を下げると、ぶつかった少女と仮面の奥で瞳が合う。
その瞬間、僕はまるで喉を掴まれたみたいに呼吸をする事が出来なくなってしまった。仮面の奥の瞳は間違えるはずもない。どんな宝石よりも美しい琥珀色の瞳は僕の可愛い妹ハルカに違いなかった。
何でハルカがここに、とも思ったがハルカだって貴族の娘だ。どんなに無垢だと思えても貴族の裏の顔や汚い話だってたくさん知っているはずだし、聞いた事だってあるはずだ。出来れば汚れの知らないハルカでいて欲しいと言う兄の願いとは裏腹にハルカがここにいると言う事は僕にとってチャンスでもある。僕の黒い思惑など分かっていないハルカは僕から目を逸らさない。きっと僕だと分かっているのだろう、こんなに大勢の人がいる中で偶然ぶつかった男の仮面の奥を見透かすかのようにじいと見つめている。

「あっ、ごめんなさ……っ」
「いいえ、申し訳ございません。美しいお姫様」

我を取り戻したのか逃げようとするハルカの手を強引に掴んでは引き寄せ手の甲に口付けをする。びくりとハルカは震え、身体は僕から離れたがっているのだろうが足が床を蹴る事はなく張り付いた様にそこから動かない。再び視線を仮面の奥の瞳に移してもハルカの瞳は僕から離れない。

「どこかお怪我はございませんか?」
「あっ、あの大丈夫です。その、貴方……こそ」
「そうですね……少し胸が苦しいです」
「ふえっ。ど、どうしましょう……」

僕の一言に慌てふためく姿がまた可愛らしい。この反応、慣れていない対応、まさにハルカだ。今日が初めてなのか分からないけど、悪い男に捕まっていなくてよかった。わざとらしく自身の胸を苦しそうに掴めばハルカはますます慌てる。本当に可愛い僕の妹。ハルカの慌てぶりを余所に僕が思わずくすりと笑ってしまうも、その声は流れて来た音楽で掻き消された。

「ワルツ……ですね」
「そっ、そうですけど。今は貴方……のお身体が」
「貴女と一曲踊れば元気になりそうです」
「えっ?」
「そういう持病なんです」
「そんな病気聞いた事なっ……」

ハルカの言葉を遮るように手を強引に引っ張りホールの中心へと歩いて行く。他にも何組かのパートナーを組んだ男女が次々とホールの中心へと歩いて行き、踊らない者は周囲を囲み始める。流れ出た曲は貴族なら誰しも踊れるワルツ。幼少の頃から身体に染みついた踊りは曲が始まってしまえば簡単に動く。ハルカも周囲の男女も同じ様でその動きはまさに完璧だ。だけど繋いだ手は少しじとりと汗ばんでいる。

「緊張していますか?」
「はっ、はい……少し、だけ」
「大丈夫。とてもお上手ですよ」

耳もとで優しく囁き身体を密着させる。久しぶりに触れた彼女の身体はもう大人の女性だった。最後に触れたのはいつだったか、幼いハルカと遊んでいる時にふざけあって抱きしめあった時だろうか、あの頃は恋愛感情なんて持っていなかったのに、今では柔らかなハルカの身体に少なからずとも興奮している。くびれが出来ている腰はとても細く思わず手を撫でる様に動かしてしまう。一瞬震えたもののハルカは僕を睨んだりはせず、恥ずかしそうに顔を俯けてしまう。他の男と踊る機会があってこんな反応では困る。今度ダンスのお勉強を一緒にしなくては、そう思いながら流れる様に踊り続ければあっという間に曲は止みダンスは終了した。周囲から柔らかな拍手が送られる。

「病気は……治りましたか?」
「少し、楽になりました」
「そっ、そうですか。それじゃあ、わたしはこれで」

僕の身体から離れヒールの音を鳴らして去っていこうとしたハルカの腕を僕は再び掴んだ。そして二曲目が始まる冒頭部分が流れ始めた時、周囲で見守っていた男女数組が輪の中心へ行くのと同時に僕はハルカの手を強引に引きたくさんの人が溢れている周囲へとなだれ込む。人ごみの中を抜けハルカも中から抜き出せばほんの少しずれた仮面が目に映り、僕はそれを直す。

「あっ、ありがとうございま……ってそうじゃなくて。一体どうしてわたしを」
「まだ胸が苦しいのです」
「それなら、医者を呼びますから」
「医者を呼ぶほどではないですし、それに……貴女にぶつかったから苦しくなったのですよ」
「うっ……」

仮面の奥でにっこりと笑う僕の姿が容易に想像できたのだろう、頬を染めたかと思えば再び俯いてしまった。本当にずるいお兄様でごめんね。こういう言い方をすればハルカが僕の言う事を聞いてくれるのは幼少の頃から知っている事実だ。優しくて可愛い僕の妹。僕がハルカの目の前に手を差し出せば、壊れ物に触れるかの様にゆっくりと手が重ねられた。
























「中は暖かくても外は寒いですね」
「そ、ですね……」

ぴゅうっと吹いた夜風が僕とハルカの前髪を弄ぶかの様に揺らしていく。ずるいお兄様の僕は夜風に当たれば治るかもなんてベタな事を言ってハルカをバルコニーへと連れ出した。入口では主催が用意した執事が待機しており、何者も通さないように指示している。今ここには僕とハルカの二人きりしかいない、邪魔ものは入らない。そんなお兄様の思惑など知らないハルカは呑気にも僕の隣で一緒に手すりに身を預けて夜風で乱れる髪を直していた。

「初めてお会いした女性にこんな事を言うのは不躾かもしれませんが……貴女を見た瞬間、僕の中で鐘が鳴り響いてしまい、もうこの心の中は貴女でいっぱいになってしまいました」
「えっと……」
「ストレートに申し上げますと、貴女をお慕いしております」
「わっ、わたしを?」

仮面の奥の瞳を覗き込むと美しい琥珀は丸くなっていた。会って数分にも満たない男、いや生まれた時から一緒にいるお兄様からいきなり愛の告白をされたのだから当然かもしれない。自分だってハルカから言われればまずは驚く。そしてどうしようもない幸福感に包まれて彼女を抱きしめてしまうだろう。だが間の前のハルカはそうではないようで僕の瞳から顔を逸らして目を泳がせている。
今この瞬間は僕とハルカは兄妹ではない。顔も知らない、素性も知らない、身分も関係ない、ただの男と女だ。だから今の僕はハルカのお兄様ではなく、ハルカに恋焦がれるただの男。そう思えば身体も気持ちも楽になり当たり前の様にハルカを抱きしめた。抱きしめた肩も背中も細くて柔らかい。僕の知らないイイ匂いまでする。人の中で色々な匂いが混じっていた部屋と違い、外では純粋にハルカの香りを楽しむ事が出来、埋めた首筋に思わず鼻をすんと動かしてしまった。

「もし貴女と僕との身分が違っていても、ここはマスカレイド。互いの素性は探らない……それに免じて僕の行為をお許し下さい」
「あ……っ、おにい」

最後の言葉を塞ぐように唇を重ねる。かつんと仮面がぶつかり合う音は風で掻き消された。酷く滑稽な仮面でも今は感謝する。こんな仮面一枚で僕は愛しの妹とキスを出来ているのだから。柔らかすぎる唇に触れるだけのキスでは物足りず、ぬるりと舌を差し込む。ハルカの中を侵す度に背徳心やらが芽生えているのか、興奮が収まらない。ずっと夢見ていた彼女の唇、舌、吐息を感じて僕はまるで天国にいる気分だった。

「ふ、あっ……」

呼吸を求めて離れた唇もすぐに塞いでしまう。彼女の後頭部を掴みさっきより激しいキスを繰り返す。背後から聞こえる喧騒や音楽も段々と聞こえなくなっていく。ハルカの息遣い、リップ音、時折聞こえる切なげに漏れる声、まるで世界にそれだけしか聞こえなくなったかのように錯覚してしまう。このままこの世界に溺れていたい、このままずっと。だがハルカが僕の胸を掴んだ所で背後の喧騒が聞こえてしまいあっという間に現実に戻される。次第にゆっくりと唇が離れていくが、濡れた瞳のハルカが僕の目に映り思わず喉を鳴らしてしまった。

「僕はやはり貴女を愛しています」
「はぁっ……で、でも」

息を整えるハルカの仮面に手を添える。びくりと大きく震えるが逃げる事はしない。いや、逃げられないが正しいのかもしれないが。
固くて滑稽な仮面。素顔で愛していると言えれば、ハルカの唇にキス出来ればどれだけ幸せか。この仮面を剥がしたい気持ちが溢れ出そうになるがそれは許されない。キスを出来た喜びと同時に重い枷になってしまった仮面の縁を思わずつうとなぞった。

「もし貴女が……この仮面を取って素顔を見せて僕を愛してくれると言ってくれるなら、その時は貴女の身分が誰であっても僕は貴女だけを永遠に愛し続けます」
「えっ……?」
「たとえ貴女が僕の可愛い妹だったとしても」
「っ!」

息を飲んだハルカは僕の言いたい事が分かったのだろう。口に出せない思いを胸に仕舞いハルカの手を取り、またそっと甲に口付けした。今度はハルカに震えはなかった。だがその瞳は震えており僕だけをじいと見つめている。見透かす様にではなく、ただただ茫然と見つめているだけだが。

「今夜は楽しい夜でした。またお会いできる日を楽しみにしております」

未だ茫然としている彼女の手を名残惜しそうに離し、僕は喧騒の中へと戻っていった。
























「レイジー様、おはようございます」
「ふあぁぁぁぁ……おはよ」

幻想的なマスカレイドの翌日でもいつも通りの朝がやってくる。相変わらずの長すぎる窓に差し込む光、目覚めればすぐ側に仰々しい程に並んでいる使用人も、無駄に装飾の多い服も何も変わらない。
扉を開けば長すぎる廊下も染み一つない真っ赤な絨毯も、そして廊下をゆっくりと歩いている可愛い妹の後ろ姿もいつもと同じだ。

「ハルカ」
「あっ、お兄様……」

僕の声に振り向いたハルカの顔はそれはそれは真っ赤だった。今日も可愛い僕の妹。僕がわざと覗き込むようにハルカを見つめるとハルカはますます顔を赤く染めて僕から視線を逸らした。

「ん? 顔赤いけどどうしたの? 風邪でも引いた?」
「なっ、何でもないです! その……今日は少し熱いんです」
「そうだね、僕も熱いよ。昨日は特に……ね」
「っ!」

わざとらしく含みを持った言い方をすればハルカが息を飲むのが分かる。だけどここはマスカレイドじゃない。今の僕はハルカの優しいお兄様だから。お兄様と言う仮面を被った僕はハルカの手を強引に取って「早く行かないと朝食冷めるよ」なんてベタな事を言ってハルカと手を繋いだまま廊下を歩き始めた。

今日もいつもと変わらない日々が続く。僕はハルカの優しいお兄様でハルカは僕の可愛い妹。
だけどハルカが僕を男として愛してくれれば僕はすぐにでもお兄様の仮面を脱ぎ捨てるよ。
早く、早く。
僕を愛していると言って。
このマスカレイドを終わらせて。






マスカレイドの嶺二の紹介文で「妹の事を心配している」ってあったので妹=春歌?と滾って書きました。書き始めたのはかなり前なのですが、公式のうたプリラジオでマスカレイド1番流れたので更にエネルギー頂いたのでやっと書けました。
捏造が多い文は公式が出るより先に出さないと全部直さないといけないので出せて良かったです。



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