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ジンジャー




※公式のシャイニングクリスマスの蘭丸ツリー&メッセージのネタバレありますので、注意して下さい。












『寮にいます。夕方前には戻ります』

机の上に丸い文字で書かれた手紙を見つめ、蘭丸は思わず頭をぽりと掻いた。珍しく仕事が早く終わり、春歌と午後はゆっくり過ごそうと思っていたのだが、玄関で丸く寝ころんでいた猫の姿を見て「まさか」と思ったが、そのまさかは的中してしまった。
文面から察するにいわゆる「実家に帰らせて頂きます」と言う内容とは異なり、ただ何かをする為に寮に戻っているのだと言う事は分かる。だが文面から戻る場所が寮ではなく、自分の部屋だと言う事を思わす文に顔が綻んでしまう。誰が見ている訳でもないのだが思わず口を手で押さえると、足もとで猫が不思議そうに鳴いた。
腹が減っているのだろう、と慣れた手つきで餌を用意し、床に皿を置いてやると我を忘れたかのように一心不乱に食べ始める。その姿を見て蘭丸も思わず腹の虫が鳴る。仕事場で支給された弁当を食べてはいたのだが、最近は劇団公演の為に走り込みもしており、そのせいもあってか前よりも空腹になる時間が多くなっている。何か軽くつまめるものでもないか、と冷蔵庫を開けるが食材が何も入っていない。そういえば今日の午後からいつも通うスーパーの月に一度の特売日だからと食材を節約していた事を思い出した。だが食材がないと分かっていても減ってしまった腹を満たす事は出来ない。
何かなかったかと思いながらおもむろにポケットに手を突っ込んだ。

「ただいまです、蘭丸さん」
「ん、おぉ。早かったな」

手を突っ込んだポケットの中身は何もなかったが、代わりに愛しい恋人の帰りに思わず突っ込んだ手を春歌の頭の上に乗せて撫でる。まるで喉を鳴らして喜ぶ仔猫の様に目を細めうっとりと蘭丸の手の感触を楽しむ春歌を可愛らしいと思いながらも蘭丸の鼻は別の何かを捉えていた。

「ん? 何かイイ匂いすんな」
「あ、はい。実はですね、これを作ってきたんです」

そう言って春歌が差し出したのは紙袋だった。蘭丸がおもむろに中を覗き込むと、そこにはこんがりと美味しそうに焼けたクッキーが入っていた。形自体が大きめのせいか一つ一つ丁寧にラッピングされたクッキーはハートやら星やら人型やら色々な形のクッキーがあり、蘭丸は思わず目を奪われる。腹が減っている事もあり、手を伸ばし入っていたハートのクッキーを取り出した。

「食ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
「わりぃな。……ん? これって…」
「気付きました? それジンジャークッキーなんです」

口に入れた瞬間に砂糖やらバターの甘い味や香りと共に、ほんの少し苦みを感じるその味は昔よく口にした事があった。昔をふと思い出しながら春歌に見つめられつつもごくりと喉に全てを通した。

「美味い」
「よかったです。もうすぐクリスマスですから練習してたんです」
「ジンジャーブレッドマン、か」
「はい。小さい頃ツリーに飾ってあって、こっそり食べちゃったんです。そしたら全然甘くなくてこっそりツリーに戻しちゃったんですけど歯型付いててばれちゃった事がありました」
「似てるな」
「へっ?」
「ガキの頃、ツリーに飾ってあって幾らでも食っていいって言われてた。母親が嬉しそうに飾り付けして、おれが全部食っちまってまた飾るのが大変って言ってたな」
「そう、なんですね……」
「あぁ。あれからツリーは飾ってねぇからやった事ないけど、母親が嬉しそうに何回も飾り付けしてたのは今でも覚えてる」

紙袋の中からジンジャーブレッドマンを取りだして思わず見つめていた。母親が作ったクッキーとは模様や味は違うが子供の頃から食す度に感じていた苦味は変わらない。ふと思い出した味や想い出に浸ってしまいそうになっていると、蘭丸の服の裾を春歌がきゅっと小さな手で握りしめていた。

「春歌?」
「蘭丸さん。今年……クリスマスツリー飾りませんか? 私もっと上手になって蘭丸さんのお母様みたいな美味しいクッキー作りますから。たくさん作って飾って全部食べちゃったら、また一緒に飾って……わたし、頑張ります、から……だから……」

震えながら言葉を紡ぐ春歌の表情は俯いて見えないが泣いてると言う事だけはすぐに理解出来た。何故泣いているのだろう、春歌が悲しむ事は何一つないのに、と窓ガラス越しの自分の顔がいつもより悲しそうに映っていた。
自分を見て、自分の事を想って泣いてくれている彼女に申し訳ないと思いながら、酷く嬉しいと感じてしまう。悪いと謝る前に蘭丸は春歌を緩く抱きしめた。

「あぁ、飾ろう。飾りつけした事ねぇから下手くそかもしれねぇけど、たくさん飾ろう。だから……美味いクッキーたくさん焼いてくれよな」
「ふぁい」

掠れた返事は抱きしめられた胸の中で消えてしまいそうな程の声だったが、蘭丸にはどんな言葉よりも響いた声だった。
小さな部屋では大きなツリーは置けない。だけど子供の頃見たツリーより負けない位に綺麗にたくさん飾り付けしような。
そう思いながら未だ震える春歌を再び抱きしめると、春歌も小さな手にゆっくりと力を込めて抱きしめ返してくれたのだった。











ツイッターでジンジャーブレッドマンは誰の?と回ってきて、蘭丸だったら美味しいと先走って書いてぷらいべったーにアップしましたが、その後本当に蘭丸の物だと分かり書きなおしました。
メッセージはツイッターで回ってきたのですが、仕事の休憩時間中に見て泣きそうになりました。家族話は卑怯だからやめてくれ…。
ちなみに本物も見に行きましたが凄く綺麗でした。あとメッセージは知ってても泣きそうでした。
蘭丸…ギルティ…。



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