ある日の幸せ | ナノ


ある日の幸せ




※春歌が妊娠して蘭丸と結婚しています。









静かな院内の中を甲高い少年の声が春歌の前を横切り、手にした文庫本から思わず目を逸らし少年を目に移す。母親と思われる人物にたしなめられたかと思えば手を繋いで歩きだす。その光景に春歌の胸の中が温かくなる。離さないでと言わんばかりに固く握りしめている小さな掌を愛おしいと思いながら、再び文庫本に目を戻した。

「黒崎春歌さーん」
「あ、はい」

奥から名を呼ばれ、鞄に文庫本を入れゆっくりと立ち上がる。ぽっこりと膨らんだお腹を一撫でして「大丈夫だよ」と心の中で呟きながら春歌は歩きだした。



















「ただいまです」
「おかえり」
「あっ、蘭丸さん。おかえりになってたんですね」

春歌が出掛ける時には仕事で不在だった蘭丸の姿があった事に春歌の表情が明るくなる。昨夜は番組の収録が長引いて泊まりになってしまい会うのは一日ぶりだ。たった一日会えなかっただけで寂しく感じてしまうなんて情けないと自身をたしなめつつも一人で過ごした夜を思い出しながら蘭丸を見つめればやはり寂しかったと言う想いが溢れ、思わず蘭丸を抱きしめてしまう。一瞬驚いた表情をしながらも蘭丸は春歌の柔らかな髪を撫でつむじにキスを一つ落とした。

「……大丈夫だったか?」
「はい。この子は元気です!」
「バーカ、おまえの事だよ。ま、こいつの心配もしてたけどな」

春歌に抱きしめられながらも、春歌の膨らんだお腹をゆっくりと撫でる。ほんの少しくすぐったく思わず身を捩らすが蘭丸から離さないと言わんばかりに緩く抱きしめられ春歌は蘭丸の胸に甘える様に顔を擦り寄せた。

「今日定期健診に行ってきて……赤ちゃんは健康そのものです」
「ん、そうか。一人で大丈夫だったか?」
「はい。最近は体調もいいですし、わたしも健康そのものです」
「ちょっと前までつわり酷かったもんな。無理はすんなよ」
「大丈夫です! もう一人の身体じゃないですから無理しないです!」

満面の笑みを見せると、蘭丸は吸い寄せられるように春歌と唇を重ねた。触れるだけの軽い、だが頬、耳朶、首筋と何回もキスを落とされる。軽い子供相手のようなスキンシップに幸せを享受しながら春歌はうっとりと目を細めた。

「おまえ本当可愛すぎ…っ。とまんなくなる」
「と、とめなくてもいいですよ」
「は?」

春歌の言葉に蘭丸の唇は止まる。春歌の妊娠が発覚してから蘭丸は春歌とセックスはしていない。発覚してから事務所への説明やらで忙しくもあり、また春歌のつわりも酷く体調がすぐれない日が多く蘭丸も春歌を抱こうと言う気にはなれなかったのか、長く春歌とのスキンシップはキスと抱きしめるだけだった。春歌自身はそれで嬉しくもあり満足もしていたのだが、蘭丸自身が満たされているのか心配ではあった。浮気を疑ってはないのだが、ただでさえ華やかな芸能界に身を置いている蘭丸に好意を寄せる女性が後を絶たないのは春歌も知っており、一抹の不安を覚えているのは事実だ。
そんな春歌の想いを知らず目を丸くしている蘭丸に再び広い胸に顔を寄せぎゅっと抱きしめた。

「あの……お医者さんから安定期に入りましたし、その……あんまり激しくしなければ、その……してもいいと言われまして、蘭丸さんがしたいのなら、わたしも、したいです」

たどたどしいながらも言葉を紡ぎ想いを伝える。色々と注意点は言われたのだが医者から言われた事は事実であり夫婦生活を円満にする為だから恥ずかしい事ではないと笑顔で言われたのだが、やはり恥ずかしいものであり春歌は頬を朱に染めながら更に蘭丸に身を寄せるも肩を掴まれ離されてしまった。

「ら、蘭丸さ……」
「あんまり身体くっつけんな。その……腹押してたから」
「あっ、す、すみません」

一瞬、蘭丸に拒否されてしまったのかと思い残念に思ってしまった事、母親になると言うのにお腹の事を返りみず言ってしまった事も含めて自身をたしなめる。一瞬にして張り詰めた空気にしてしまった事を後悔し顔を俯かせてしまう。空気を変えようと今日の夕飯のメニューを何にして欲しいか聞こうと顔を上げなるべく笑顔を見せようとした瞬間、春歌の身体がふわりと浮いた。当然急に宙に浮いたと言う訳ではなく、蘭丸が春歌を横抱きにしていると言う事に気付いたのは蘭丸の顔がすぐ目の前にある事に気付いてからだった。

「あ、あの、蘭丸さん……?」
「んだよ、おまえが誘ったんだからな。してもいいって」
「いっ、今すぐと言う訳では無くて…それに夕飯もまだですし……っ」
「飯は後で作る。それに腹に負担掛ける訳にいかねえからな……っと」

蘭丸が取りこんでくれたのか出掛ける前に干していたシーツは既に綺麗にベッドに敷かれており横たわると柔らかな陽の香りがした。ぎしりと床が軋む音がしたかと思えば蘭丸が春歌の上に覆いかぶさっていた。なるべく腹に身体を付けない様にして。

「激しくしなきゃいいんだろ?」
「はい……あと避妊はちゃんとする事と、お腹が張ったらすぐに止めてくださいって言われました」
「分かった。あとは……」

視線のすぐ先にあった蘭丸の顔が離れる。何をするのかと蘭丸のふわふわの銀髪を追えば顔を腹の前に寄せ優しくキスをされた。突然の行動に春歌が「ひゃっ」と声を出せば、くすりと笑う蘭丸と目が合うがすぐに蘭丸の視線は腹に戻された。

「今からその……おれが入るけどビックリすんなよ。おまえも春歌も傷つけない様にするから」

春歌に愛を囁く時とは違う別の声色。春歌が幼い頃、泣きやまない自分をあやしてくれた父親に近い優しい声で話しかけ春歌の腹をゆっくりと撫でる。ぴくりと腹が動いたのは春歌が動いたからなのか赤ん坊が動いたからなのか春歌には分からなかった。もしかしたら同時だったのかもしれないが、動いた理由の感情は同じだろうと春歌から自然と笑みが零れた。

「……優しくして下さいね。お父さん」
「当たり前だ。愛してるぜ、春歌。それと、おまえもな」

蘭丸の言葉に腹の中がぽこぽこと動いたのを実感しながら、春歌は蘭丸の唇を優しく受け止めたのだった。











いい妊娠の日(1124)にぷらいべったーにあげた蘭春夫婦の話。季節描写を書くと大体何月に生まれるって分かる方もいると思うので、背景描写などはカットしました。皆さんのご想像にお任せします。早く結婚しろ、蘭春…!続きは気が向いたら書くかもです。



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