あなたに捧げる曲 | ナノ


あなたに捧げる曲



いつもと変わらない朝。重い瞼と身体を起こし左側に感じる温かさに身体よりも先に心の中がほっこりとする。眠る彼女を起こさない様に身支度を整え、出掛ける前にキスを落とす。同棲を始める前からお決まりだった行為、だが扉を出てポストに鍵を入れなくなる行為だけが変わった。仕事場へと足を進めながら、携帯電話を手に取る。映し出された今日の日付、九月二十九日。いつもと変わらない一日が始まる。



















「お疲れ様でしたー」
「お疲れっす」
「お疲れちゃーん」

本日の仕事「まいど!アイドルらすべがす」の収録を終えた蘭丸と嶺二はスタッフに軽い会釈をし、スタジオを後にした。嶺二が蘭丸に纏わりつきながら後ろで騒いでいるが蘭丸は聞く耳を持たず楽屋を目指す。いつもより少し早歩きで辿り着いた楽屋に入ると大音量で音楽が流れている。

「うわっ……ってこれ、ランランの携帯の着信音だよね?」

嶺二の問いに答えず無言で鞄の中を弄り携帯電話を取り出すと、画面に映し出された「レン」と言う二文字。突然の電話やメールなどそこまで珍しくはないが、何でよりによって今日なんだよと思いつつ画面に触れる。

「……んだよ」
「あ、ランちゃん。よかった〜、すぐ繋がってくれて」
「何だよ、おれは今から帰るんだよ」
「うん、知ってるよ。だけどね、今すぐ来てほしい所があるんだ」
「はぁ?」

突然の提案も珍しくもない事だが今の蘭丸にとっては憤りが募るだけだ。早く可愛い彼女が待つ家に帰りたい蘭丸は無理矢理にでも電話を切ってしまおうかと思い、耳元から電話を離そうとした。

「切らないでよ、ランちゃん」
「……何でわかった」
「伊達に一緒に住んでないからね。お願いだから来てよ」
「だから、何で来なきゃいけねえんだよ! 理由を話せ。り・ゆ・う・を!」

蘭丸の地を這う様な声にレンは怯んだりしないが、代わりにため息をはぁとついた。しばしの沈黙が流れ、もう切ってもいいのかと判断し、今度こそ切ろうと画面に指を伸ばした。

「仕方ないな。……レディが大変なんだ」
「はぁ?」
「もちろんランちゃんのステデイのだよ。とにかく電話越しに説明するの大変だから今すぐ早乙女学園まで来てよ」
「……ちょっと待て。何で春歌が早乙女学園にいるんだよ」

レンの話を総合すると春歌が早乙女学園で何か大変な目に会っていると言う事は蘭丸でもすぐ理解出来た。だが春歌は本日、仕事は無く一日自宅で過ごすと言っており、それを知っているから早く帰宅したかったのだ。

「それも全部着いたら説明するからさ。ブッキーも早乙女学園に行くから一緒に来てよ。あ、ちょっと待って……ごめん、ランちゃん」
「はぁ? 嶺二も一体どういう……っておい!」

レンの発言に再び問おうとしたが、その前に電話が切れてしまいプープーと言う電子音だけが耳の中に残る。レンの煮え切らない態度にイライラしながらもレンの言う事に従おうと、くるりと後ろを振り返るが先程までいた嶺二はいない。楽屋を見渡すが嶺二の荷物はなくなっており、いつの間にか楽屋を後にしていたようだ。嶺二は普段から車で仕事場に来ており、走れば間に合うかと荷物を手に取り駐車場まで走りだす。
蘭丸は走りながらレンの言葉を思い返していた。『ブッキーも行くから』と言う事は、嶺二は早乙女学園に行くと言う事は決まっていたと言う事だ。収録前の雑談(と言う名の嶺二の一歩通行のおしゃべり)で本日は嶺二はこれで仕事は終わりだと言う事は何となくだが覚えていた。早乙女学園に行く用事など、仕事以外では考えられない。そして春歌が早乙女学園に行っていると言う事は何かが行われようとしているのかもしれない、と言う結論に辿り着いた頃には駐車場に到着しており、嶺二の緑色の車のハザードランプが点灯していた。

「ちょっと待て。嶺二!」

車の前に飛び出した蘭丸に嶺二はガラス越しでも分かる程に丸い瞳を大きく見開き、車を急停車させた。タイヤの擦れる音が駐車場に響き渡り、そこまでスピードを出していないせいもあってか蘭丸は車にぶつかる事はなく、かつかつとブーツの音を響かせながら車の扉を開け、助手席に乗り込んだ。

「な、何なの? いきなりどうしたの? ドラマの再現シーンでもしたかったの?」
「バカな事言ってんじゃねえ! 早乙女学園まで行くんだろ、おれも乗せてけ」
「えっ、ええええええええ!? な、何でランラン早乙女学園に行くの? ってか、ぼく早乙女学園に行くなんて一言も言ってない……」
「全部レンから聞いてんだよ! イイからさっさと車動かせ!」
「……はいはい。分かりましたよーだ」

口を尖らせながら嶺二は車を発進させる。がちゃりと車の扉にロックが掛かったのを最後に車内にはエンジン音しか響き渡らない。普段なら女と同様かそれ以上に喋る嶺二が口を開く事もなく、蘭丸も喋る気などは元よりなく腕を組んで窓の外をぼうっと眺めているだけだった。















「とうちゃ〜〜くっと」

嶺二がばたりと扉と鍵を閉めて沈黙は解かれた。蘭丸としてはこのまま一生黙っていても良かったのだが場合によっては嶺二に説明を求める事になるかもしれないので、黙っておくことにした。嶺二は何処か懐かそうに見つめているが蘭丸は頭を動かし目的の人物を探そうと必死だ。

「ランちゃん。ブッキー」

エントランスと思われる場所に嫌でも目立つ蘭丸の後輩である神宮寺レンが二人に向かって手を振っていた。蘭丸がレンの元へ足を進めようとする前に、嶺二が正に光の速さでレンに近寄り何か小声で話している。レンも嶺二も何処か困った表情をしているようだが、流石に会話の内容までは聞き取れず、蘭丸が更に二人に向かって足を進めると気付いた二人は不自然に身体を離した。

「や、ランちゃん」
「や、じゃねえよ! 意味が分かんねえんだよ。一体何なんだよ!」
「その、話すと長くなる様な短くなる様な……ま、とにかく一緒に来てよ。ブッキーもね」

まるで女にエスコートする様にウインクをして校内へと足を踏み入れた。かつかつと三種の靴の音が校内に響き渡るのみで、周囲を見渡すとどこも静まり返っている。今日は日曜日だったかと既に感覚を失い始めている本日の曜日を思い出しながら足を進める。嶺二に至っては「休みの日に練習している子はいないのかー」と何処か乾いた言葉を発し、レンは無言で足を進めて行くだけだ。

「さ、ここだよ」

レンが行きついた先は壁から突き出すプレートに「Sクラス」と記載されている。教室だと言う事は一目了然だが何故こんな所に用事があるのかますます訳が分からない。教室からほんの少しだけ漏れるピアノの音に誰かが練習しているのかと思ったが、レンが扉をがらりと開くとピアノの音はすぐに止んだ。

「ランちゃん、入って」

ドアマンの様に華麗に蘭丸を招き入れる動作をしたレンに従うがままに教室内へと足を踏み入れる。整列された幾つもの机と椅子。一段高く置かれた教壇と奥に鎮座する漆黒のグランドピアノ。そしてそのピアノの前に小さい何かが置かれている。置かれていると言うよりは座っていると言う方が正しいのかもしれないのだが、置物の様なそれに蘭丸は目が離せなかった。
扉を開けた音に驚いていたのか振り向いた固まっているそれは小さな少女だ。紅茶色の髪形に花の髪飾りを付け、ピンク色のフリルのワンピースを身に纏う姿は五歳位だろうか。だが蘭丸にとって少女の年齢や格好などはどうでも良かった。重要なのは少女の容姿だ。その容姿は蘭丸の可愛い恋人の春歌そっくりなのだ。大きな琥珀を何度も瞬きさせ、蘭丸をじいと見つめている姿は帰宅した蘭丸を見つめてくる春歌と同じ瞳の色だった。幾ら似ているとは言え春歌はこんなに小さくない十七歳の少女だ。年の離れた妹がいると聞いた事もないし、子供などいるはずもない。他人の空にとも考えたがあまりにも似すぎているその容姿に蘭丸はある一つの嫌な考えが過った。

「……こいつ」
「うん。もう分かったと思うけど、この子は……七海春歌なんだよ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

テレビであれば好リアクションだが今この場にテレビカメラはなく、ただ蘭丸の声に身体を大きく震わせた少女が目を潤ませるだけだ。

「やべ」
「ふ……ふえぇぇぇぇぇぇ」
「あーーー、ランラン泣かせたー。ゴメンねー、後輩ちゃん。よしよし」

蘭丸が気付いた時には既に遅く、小さな春歌は声を荒げて涙をぽろぽろと流す。咄嗟に嶺二が駆け寄り春歌にアイドルスマイルを向けながら優しくあやす。頭をぽんぽんと優しく叩くと、嶺二の笑顔に安心したのか次第に涙は止まり声も収まっていく。嶺二の行為には感謝もあるが、若干の苛立ちも覚えながらもレンの方へと振り向くと蘭丸が何を求めているのか分かったのか、大げさなため息をつき髪を掻きあげた。

「始まりはね、今日この早乙女学園でランちゃんの誕生パーティーをするつもりだったんだ」
「あーーーーー! レンレンなんで言っちゃうのーー?」
「いや、ブッキー。さっきも言ったでしょ、隠し通すの無理だよ」

レンの発言に再び口を尖らせながら発言した嶺二は春歌の頭を優しく撫でながら未だあやし続けている。もう声も聞こえないのだがら触らなくていいだろ、と内心思いつつも今はレンの説明を聞こうと視線をレンにのみ向ける。

「あれ……驚かないの?」
「いや、今日誕生日だって知ってたしな。収録後に何もないから嶺二が何かしてくんじゃねえかと思ってて、さっさと帰りたかったんだよ」

誕生日は仕事上祝われる事も多く、番組収録日と誕生日が重なる場合は収録後にケーキなどが用意される事は他の出演者たちで何度も見て来たし、実際に蘭丸も何度も祝われた事があった。今日はいつもと同じで特に何もない事から、どこかドッキリとして祝われるのではと考えてはいたのだ。流石に早乙女学園は予想外だったのだが、ばれていた事に残念がっているのか分からないがレンは肩を竦めていた。

「ま、そんな訳でレディにもランちゃんサプライズパーティーに協力して貰ってて、早乙女学園に来たのは良いんだけど……ボスの変な実験に巻き込まれて、この姿になっちゃったんだ」
「あの親父……!」
「今ボスとリューヤさんが元に戻る方法を見つけてるよ。で、レディは突然泣き出しちゃったからさ、シノミーが『七海さんはピアノが大好きですからピアノのある所連れてったら泣きやむんじゃないですか?』って言われて……現在に至るわけ」

レンの説明に納得できたのか嶺二は首を大げさに縦に振る。蘭丸は説明自体には納得は出来たが、春歌が元に戻らなくては意味がない。今日は自分の誕生日だから家に帰れば可愛い春歌がきっと何かをしてくれているのではないかと思い急いでいたのに、まさかこんなことになってしまっていたのかと思うと頭が痛い。どうすればいいのか分からず再び振り返り、春歌を見つめると春歌は再び肩を震わせ顔を崩した。

「あああああ、後輩ちゃん。泣かないでー!」
「あ、てめえ、嶺二! どさくさに紛れて抱きつくんじゃねえ!」
「ふえぇぇぇぇぇぇぇ」

嶺二としては慰めようと抱きしめただけなのだが、子供だとは言え春歌なのであれば可愛い恋人を他の男が抱きしめている状況に蘭丸が我慢できるはずもなく、再び声を荒げれば春歌が泣きだしてしまうのは当然だった。今度は春歌の背を優しく叩き、慰める姿は最早母親の様だ。

「もー、ランラン。こんな小さい子泣かしちゃダメだよ」
「おれは何もしてねえ!」
「んー、ランちゃんの顔が怖かったのかな……ランちゃん、笑って」
「急に言われて出来るか!」

そもそも笑えと言われたって笑えるはずもない。特にこの二人の前で春歌にだけ見せる笑顔は自分でも理解している程にだらしない顔であり、そんな姿を見せられたら終わりだと思うと表情はますます固くなる一方だ。横目で蘭丸を見つめた春歌は再び嶺二の胸に顔をぎゅっと押しつけ、蘭丸は恋人が他の男に抱きしめられているのを指をくわえて見ているしかないのかと怒りが募っていく。

「ランランさ……せめてメイク落とせば?」
「は?」
「いや、だからさ。メイク落とすだけで顔って変わるじゃん。このままだと後輩ちゃん、ずっとランランの顔見て怯える一方だしさ、うん」
「うんじゃねえよ。何勝手に納得してんだよ」
「でもいいアイディアだと思うよ。ここは芸能養成学校だし、メイクの授業とかもあるからさメイク落としあるはずだからさ、落としてきなよ」
「レン、てめっ……」
「はーい、ランラン強制退場! メイク落とすまで後輩ちゃんに近寄っちゃだめー」

二人に言い包められているが、嶺二の服を握りしめている春歌の手を見つめると嶺二の言う事も一理はある。何よりもすぐに目の前の男から恋人をひっぺがえしたいと言う気持ちが先行し、頭をがしがしと掻きながら、仕方がないと言わんばかりに部屋を後にし、レンも何かを思いついたのか後を付いて行った。


























「……落としてきたぞ」
「おー、ランランいいね、男前! あ、カラコンも取ったんだ」
「オレが取らせたんだ。いきなり左右の目が違うとレディも驚くと思うしね。これでいかがですか? レディ」

急に泊まりの仕事がある事も珍しくなく、蘭丸はカラコンの洗浄液やケースなどは常に持ち歩いていた。レンに言われるがままにしぶしぶと取り、メイクは全て落とされた。アイラインのない目元に同じ瞳の色、仕事がない日でも変わらないメイクをしているせいか、メイクを落とした姿に自分でも違和感を覚えるが、春歌の為だと言い聞かせグッと我慢した。レンの問い掛けに蘭丸をじいと見つめた春歌は先程と打って変わり、ぎこちないながらも柔らかく微笑み極上の笑顔を見せた。幼い少女の笑顔に不覚ながらもドキリとしてしまい、思わず顔をぱっと逸らしてしまった。

「あー、ランラン照れちゃってる。かーわーいーいー」
「うるせえ、嶺二!」
「……らんらん?」

発せられたのは普段より甲高い声は春歌からだった。その声に三人が春歌の方を見つめると春歌は可愛らしく首をこてんと傾げるだけだ。

「今の後輩ちゃん、だよね? あはっ、可愛いねー。らんらん、だって」
「……っ!」
「あ、ランちゃん照れてる」
「レン、嶺二! おまえら本当にだまっ」
「ランちゃん!」

再び聞こえた甲高い声の主を見ると「ランちゃん、ランちゃん」と言い続けている。イントネーションが気にいったのか、蘭丸に好意を抱いた証なのか分からないが、足をぱたぱたと動かしながら嬉しそうに蘭丸の名前を発する。その姿が酷く可愛らしく蘭丸は頬の熱を治める術が分からず、恥ずかしさのあまり顔を隠してしまう。

「いやー、後輩ちゃんがランランのこと好きになってくれて良かった。んじゃ、レンレン行こっか」
「は? ちょっと待て、どこに行くんだよ」
「どこって……ランランの誕生会の準備に」
「こんな時にか?」
「こんな時だからだよ。レディが戻った時に誕生会出来なかったら悲しむだろうしね。すごく楽しみにしてたからさ」
「そうそう、ひじりんが『黒崎さんの年齢分の段重ねケーキ作るんだ』って張り切っちゃってさ〜。シャイニーさんのせいで遅れた分、取り戻さないといけないからね」
「ランちゃんは、ここでレディと一緒にいて。誰も来ない様にはしてるからさ。じゃ、ごゆっくり」

何故か二人とも同時にウィンクをし、扉はぴしゃりと閉められた。恋人と二人きりだと言う状況ではあるのだが、その可愛い恋人は何も知らないであろう子供になっている。何と声を掛ければいいのか分からず、しばし沈黙が流れる……と思ったのだが、春歌は何度もランちゃんと呼び続ける。イントネーションが気にいっているだけだろうと思ったのだが、春歌を見つめると何か言いたげな表情をして蘭丸をじいと見つめている。

「ランちゃん、今日誕生日なの?」
「ん? あぁ、まぁな」
「じゃぁ、春歌がおたんじょうびの曲ひいてあげる!」

そう言った子供の春歌は小さな身体を動かしピアノの正面を向く。小さすぎる指を自分よりも大きな鍵盤に乗せ、すうと一呼吸したかと思えば指を走らせる。流れる曲は蘭丸の聴いた事がない曲だった。だが蘭丸は聴いてすぐ理解出来た。これは春歌の曲だ。春歌にしか作りだせないメロディ、心が浮足立つような、ざわつかせる曲。子供の時から既に開花させた才能を如何なく発揮しながらも、笑顔で楽しそうに曲を紡ぐ。そして曲が終わると再び蘭丸の方へ顔を向け、にこりと微笑んだ。

「これおまえが作ったのか?」
「うん。ランちゃんおたんじょうびおめでとうの曲」
「そうか……ありがとな」

屈託のない笑顔で嬉しそうに微笑む春歌に蘭丸も思わず笑みが零れてしまう。心なしか春歌の白い頬が桃色に染まった気がしたが、ピアノを弾いて疲れたのだろうと勝手に解釈し、腰を屈め春歌の視線に自分の顔を合わせにこりと微笑む。

「えっと……ランちゃんは、おとうさんとおかあさんとおいわいしないの?」
「ん?」
「春歌、おたんじょうびにはパパとママと、あとおばあちゃんとおたんじょうびかいするんだけど、ランちゃんはさっきのおにいちゃんたちとするの?」
「まあ、な。親父とお袋は今、側にいねえしな」

子供相手に何を言っているんだと思いながら、悲しそうな表情をした春歌を慰めようと先程の嶺二の様に頭の上に手をぽんと置く。置いた後に怯えるかと思ったが春歌は下を俯き動かない。どうしたのかと顔を覗き込もうとしたが、覗く前に春歌は顔を急にぱっと上げた。

「春歌、ランちゃんのおよめさんになる」
「は?」
「いっぱいすてきな曲つくってランちゃんにしあわせになってもらいたい。春歌がランちゃんの家族になる。春歌まだちいさいけど、すぐおおきくなるから!」
「……ぷっ」

春歌の突然の発言に驚きながらも、思わず笑みが零れてしまった。一生懸命言葉を紡ぎ、蘭丸の事を思ってくれている春歌の行為が嬉しくて吹き出してしまったのだが、春歌は恥ずかしい事を言ってしまったのかと思ったのか、顔を真っ赤にさせ再び顔を俯かせてしまった。

「分かった。待ってるぜ、おれの花嫁さん」

蘭丸は一言伝えただけで、先程の表情から一変しまた花の様な柔らかい笑みを零す。あまりにも可愛くて、愛しさが募って思わず唇にキスを落としてしまった。キスと言っても普段する様な大人のキスではなく、子供に愛情を示す様な可愛らしい触れるだけのキス。ちゅっと音を立て唇が離れた瞬間、ボンっと破裂音の様な音と煙がもくもくと上がる。突然煙に包まれた春歌に驚きのあまり、何も出来ず煙が消えるのをただ待つだけしか出来なかった。

「らっ、蘭丸さん!」
「春歌ぁ?」

煙が徐々に引いていき、視線の先には春歌がいた、先程の小さな少女ではなく、蘭丸が知っている春歌だ。何度も琥珀を瞬きさせる姿は先程の少女と全く変わらない。

(キスして戻るってベタすぎだろ……)

そんな事を思いながらも、今は春歌が戻った事に安堵し深く物事を考えるのは止めておこうと、春歌だけをじいと見つめた。

「わたし、どうしてここに……」
「覚えてないのか?」
「はい……って、蘭丸さん。ど、どうしてメイク落としてるんですか?」

本当に何が起きたのか分かっていないようで、春歌はきょろきょろ首を動かしたと思えば、蘭丸を見つめ顔を真っ赤にさせる。忙しない動きを可愛いと思いながらも、どう説明していいか分からず頭をぽりぽりと掻く。

「あー……それは後で説明する。ってか、おれの誕生会あいつらみんなで祝おうとしてたって本当か?」
「あ……ばれちゃったんですね。皆さんで蘭丸さんのお祝いしようってお話が出まして、その……わたしは最重要任務が任されていたのですが……あ!」

何かを急に思いついたのか、春歌は急にピアノの方へと振り向き、鍵盤に手を置く。春歌に声を掛けようとしたが、曲の事となると春歌の集中力はすさまじく蘭丸が声を掛けても無駄と言う事は分かっており、蘭丸は声を殺してじいと春歌を見つめる。
すうと一呼吸置き、春歌は指を滑らせる。紡がれた曲は先程の子供の春歌が弾いていた「ランちゃんおたんじょうびおめでとうの曲」だ。先程と変わらず楽しそうに、だが先程より愛情を感じる様な気がする曲に蘭丸は聴き入ってしまっていた。音の波に飲まれながらも、その身を任せ心地良い音楽に浸る。やがて音が止むと、先程の春歌の様に再び蘭丸の方へと顔を向けた。


「今の曲……」
「わたしの任務って蘭丸さんへ誕生日の曲を送る事だったんです。それでイイメロディがなかなか出なかったんですけど……今思い出したんです、小さい頃に一度だけ作った曲。誰か大好きな人に作ったんですけど、思い出せなくて……あ、その使い回しとかじゃなくて、でもこのメロディ蘭丸さんぽいかなって……きゃっ」

まくしたてるように話を続ける春歌に話しの途中だと言うのは分かっていたのだが蘭丸は春歌を抱き締めずには居られなかった。小さい頃からずっとおれを思っていてくれていたのかと、あの記憶が五歳位の春歌の記憶としてあるのなら、春歌は自分に二度恋をしてくれていたのかと思うと、色々な感情が溢れだして嬉しくなってしまう。ぎゅっと強く身体を握りしめると春歌も腕を背中に回して優しく抱きしめ返してくれた。

「蘭丸さん」
「ん?」
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
「あの……もしかしたらみなさん、来ちゃいますかも……」
「……誕生日だから、もう少し我が儘言わせろ」
「えっと……」
「もう少しこのまま」

小さな声で「はい」と返され、蘭丸は更に強く抱きしめ返した。髪を優しく撫で、耳元で愛の言葉を囁くと春歌はくすぐったそうに身を動かす。仕草の一つ一つが愛しくて、気付いたら唇にキスを落としていた。今度は先程の子供のキスではなく、深い深い大人のキス。唇が離れ、潤んだ瞳で見つめてくる春歌に思わず欲情してしまうが、夜まで我慢と言い聞かせ再び春歌を抱きしめた。

「いつか叶えてやるからな、おまえの小さい頃の願い」
「えっと、作曲家の夢はもう叶って……」
「そっちじゃねえよ。……まあ、いっか。その時になったら教えてやるよ」
「ふえ?」

必ず訪れる未来を想像し、蘭丸はもう一度春歌にキスをした。


その後、レンと真斗に呼ばれた蘭丸と春歌が会場に訪れた時、全員蘭丸のすっぴんに驚き、春歌が「見ちゃダメです!」と勢い余って蘭丸を押し倒してしまったのは、また別の話である。







蘭丸さん、お誕生日おめでとう!!!このあとしょうもねえパーティー抜け出して二人だけの世界にアイルロックユーしてください!!!



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