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公園でみょうじを見かけた。水色のワンピースに白いカーディガンという出で立ちで、春らしい格好をしていた。何をするわけでもなく、ただ無表情で虚空を見据えていた。彼女の前を弾むボールを追う子供達が駆け抜ける。そのうちの一人の女児がみょうじの目の前で派手に転んだ。だが彼女は微動だにしない。一瞥しただけですぐにまた目を反らしてしまった。女児は近寄ってきた友達に囲まれすぐに立ち上がりまた溌剌と走り出した。

入り口に立ち尽くしたまま、俺は記憶の中の彼女を思い出していた。お世辞にも真面目とは言えない生徒だったが、不真面目な訳でも無かった。笑みを絶やさず、いつも周りには彼女と同じように笑顔を携えた友達やクラスメイトがいた。委員会や部活動も疎かにせず、ややスカートは短めだったが特に校則違反もしない。楽しい学校生活を送る分には模範的な生徒と言っても過言ではなかった。――それももう、過去のことになってしまったのだが。

気付くと、公園内に足を踏み入れていた。みょうじは先程と変わらず、ここではないどこか遠くにいってしまっているようだった。強ち間違っていない表現だろう。

だから、目の前に立っても彼女はなんの反応も示さなかった。だがしばらくして己に落とされた影に気付いたようで、ゆっくりと顔を上げた。

「何か、ご用ですか」

気付くと四肢が微かに震えていた。武者震い以外の、恐怖に震える感覚は久しぶりだった。懐かしさを愉しむものでもなく、己を叱咤する。元クラスメイトを前に何故、何を恐れる必要があるというのか。

「すまない。何か用事があった訳では無いのだが」
「あなた、歳はいくつ?」
「……みょうじと同じ年齢だ」
「そう」

私のことを知っているのね、と彼女が視線を目の前の空間に戻した。無論、俺とみょうじの間には何も無い。不安定な居心地の悪さを感じ、俺はそれを振り払うように言葉を紡いだ。

「覚えていないだろうが、俺達はクラスメイトだった」
「ふうん。私って、どんな子だったの?」

台詞からすれば積極性を感じる質問だが、目の前のみょうじは何とも興味がなさそうな表情を浮かべていた。やはりどこか釈然としない。記憶を失った経験は無いが、自分のことを知りたがるものではないのだろうか。それともやはり、知らない人間に、知らない自分の話を聞かされるというのはやはり苦痛なのか。だが今彼女は確かに俺に聞き返した。みょうじなまえとはどんな人間だったのかについて。

「みょうじは……みょうじ、は」

――なんだ。訳が分からない。どうして、声が出ない。彼女は知りたがっているのだ。俺の知るみょうじなまえについて。簡単なことだ。俺がみょうじを見て、感じてきたことを言葉にすれば良いだけだというのにどうして俺は、こんなにも、震えが止まらないのだろう。自分が酷く弱い人間になった気がした。

「あなた、私のこと好きだったのね」

みょうじが立ち上がり俺の頬に手を伸ばす。彼女の指先はひやりと冷たかった。彼女は光の無い目で俺をじっと見つめていた。俺が影を作ってしまっているからこんなにも暗い目をしているのだと、己に言い聞かせる。やがてみょうじは背を向けて、そのまま入り口に向かって歩きだした。思わず伸ばした腕は彼女を掴まえることなく静止した。彼女の発した言葉に、俺の頭がついていけなかったからだ。

彼女は確かに、「真田くん」と言った。そうして、「またね」とも。

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