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ぼくはくま。
弦一郎くんのお部屋に住んでいる。けれどぼくのご主人はなまえちゃんで、ぼくは今預けられている。弦一郎くんの好きなチョコミントのアイスをイメージしたミントグリーンの生地に、チョコミントのチョコをイメージしたブラウンのステッチで構成されている。なまえちゃんお手製のぼくはいわゆるテディベアだ。不器用ななまえちゃんが指に針を刺しつつ作ってくれた。純和風な弦一郎くんの部屋には少しミスマッチで、なまえちゃんもそれを笑っていた。でも、いつからだっただろう。なまえちゃんが弦一郎くんの部屋に来なくなったのは。記憶を辿ろうとしても、ぼくには脳がない。ちょこんと耳が生えた頭の中には、ふかふかのわたとなまえちゃんの愛が詰まっている。
よく、わからない。

確か、なまえちゃんと弦一郎くんは幼なじみらしい。だから二人は毎日のように一緒にいた。二人が勉強したり、遊んだりしているのを見ているのがぼくは大好きだった。甘いキスだって、弦一郎くんには笑っちゃうほど似合わなかったけど、見ていて幸せな気分になった。口は縫い付けられているから、笑うことは出来ないけど。弦一郎くんとぼくの頬に、またねとキスをして帰っていくなまえちゃんの後ろ姿を、最後に見送ったのはいつだったかな。

いつも弦一郎くんは、眠る前に今より少し幼い弦一郎くんとなまえちゃんが写った写真を眺めている。もちろんその写真にはぼくも写っている。二人が付き合って一年の記念日に撮った写真だ。ぼくもなまえちゃんの顔をもっと見たいけれど、その写真が入った写真立てはいつも伏せられている。二人が笑う写真を見つめる弦一郎くんはいつも無表情だ。なまえちゃんにだけ見せる優しい笑顔を、また見たいのに。

今日も今日が終わっていく。写真立てを置いた弦一郎くんは、寝るのかと思ったらぼくに近づいてきた。笑っているよな、泣いているような、いびつな表情をした弦一郎くんがぼくの頭を撫でる。

「二人だけになってしまったな」

弦一郎くんの言葉の意味は理解出来なかった。ただ、不器用に撫でてくれる弦一郎くんの手がとても冷たく感じた。弦一郎くんが夜中に突然僕を遠くに捨てたり、でも朝早くに迎えに来たり、急に強く握りしめたり、かと思えば謝りながら撫で付けたりする理由は分からない。でもきっと、弦一郎くんはもうなまえちゃんに会えないんじゃないかということは分かる。けれどそんな弦一郎くんを目の前にしてもぼくにはどうすることも出来ない。

ぼくは、くま。
無知である。

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