tns | ナノ

どうしようどうしようどうしよう、明日は真田の誕生日だ。もう一ヶ月も前から誕生日のプレゼントを何にしようか悩んでいるというのに、全くもって思い浮かばない。朝からずっとこんな調子で授業に集中できず、部活に集中できず。挙げ句の果てには私を悩ませる原因の真田にたるんどる!と一喝されてしまった。

そうこうして私が落ち込んでいると、理由を知ってか知らずか幸村にドンマイと肩を叩かれた。振り返れば、柳が何やら念入りにデータを書き込んでいたり、私を指差し身振り手振りで説明する仁王となるほどなるほどと頷く柳生、私と真田をチラ見しながら腹を抱えて笑うブン太と赤也、それを諌めるジャッカル、各々の視線が私に注がれていた。または、真田に。そう、私が真田を好きだということは彼らにつつ抜けなのだ。もちろん真田は当たり前のように気付いていないが。それにしても真田のことを考えて呆けていた私が真田に怒られたのがそんなにおかしいかいブン太に赤也。腹が立ったので手近にあったテニスボールを赤也のモジャモジャ目掛けて投げるとジャッカルの頭に当たった。二人はより一層激しく笑い、苦しそうに悶えているところを真田に怒られた。当然の報いである。

そんなこんなで部活は終わっていき、あっという間に帰宅を迫られる時間となった。あれからは真田に怒られるのを回避するためにとにかく必死にマネージャーの仕事をこなした。そのためかお咎めは無しだったけど、プレゼントを考える余裕も無かった。部活が終わり追われるものが無くなった私の脳内には誕生日とプレゼントの単語がふわふわと飛び交う。そんな頭のままだーらだーらと着替えを済ましだーらだーらと部室の掃除をしだーらだーらと部誌を書いていたらあれよあれよと部員はいなくなり、着替えの遅い(というより着替え始めるのが遅い)仁王でさえいなくなり、部室には私一人になってしまった。薄情な奴らめ。

窓の外ももう暗い。仕方がない、今日の夜に必死に考えて明日の朝にでも買いに行こう。帰るかと立ち上がりふと視界に入ったカレンダーを見て私は愕然とした。明日は日曜日である。しかも部活はオフ。これではプレゼントを用意することは出来ても渡すことは出来ない。何ておバカさんなんだろう、確かにこれはブン太と赤也に大笑いされるほどである。一気に気が緩み私は再び椅子に座り込んだ、のもつかの間。

「帰らないのか、みょうじ」

いきなり開いた部室の扉から真田が現れた。まだジャージを着ていて、そういえば彼が部活終了後すぐに先生に呼ばれていたこてを思い出す。まだ、帰っていなかったのか。

「あ、うん。今から帰るとこ」

また怒られるかも知れない、と慌てて立ち上がると真田はいきなりジャージの上を脱ぎ始めた。キャー!露出魔!目に毒!いいえ、嘘です!とにかくその無遠慮かつ無防備な行動に部誌で顔を覆い隠すと、そんな私を気にも留めずに彼は言う。

「もう暗い。駅まで送っていこう」
「え、でも悪いよ」
「精市や蓮二に、今日は一緒に帰れないからせめて駅まで送っていってくれないかと言われてな。お前がまだ帰っておらずに良かった」

一人で帰すには確かに危険だ、と真田は黙々と着替えている。私はといえば鳩が豆鉄砲を喰らったような気分になりながらも、心の隅でいち早く帰っていった部員達に感謝した。薄情とか言ってごめん。

「何を百面相している。さあ、行くぞ」

手にした部誌がスッと抜き取られたかと思うと、目の前には制服に着替えた真田が立っていた。え、ねえ、百面相していたつもりは無いんだけど。

もうすっかり陽も落ち込み、通い慣れた筈の通学路も別の場所のように見える。但しそう感じるのは、隣に真田がいるせいも無くも無くも無くも無い。つまり有る。

「真っ暗だね」
「そうだな」

そして非常に気まずい沈黙が流れた。今日はいつも馬鹿騒ぎしている赤也とブン太がいない。ついでに幸村も柳も仁王も柳生もジャッカルもいない。真田と二人きりの帰り道は、思い返せばこれが初めてのような気もする。

「少し肌寒いね」
「そうか?」
「うん」
「…………」
「…………」

何を、話せば良いのでしょう。違うの違うの真田、私がさっきからぎくしゃくしているのは真田と二人きりの状況が嬉しくて、でも緊張しちゃってみたいな感情からであって決して真田が苦手とかそんなことはないのよ、などと頭の中で一人思考を巡らせているといきなり身体がぶるりと震えた。は、鼻がムズムズする、は

「っくしゅん」

やばい完全に油断してた。鼻水は出なかったものの真田に寒いなら何故もっと着込んで来ないのかとお小言攻撃を受けてしまう。先日風紀委員が行った整容の検査でも真田は寒いならスカートを下げろ肌着を重ねろなどと注意し回っていた。ちら、と真田の顔色を伺うとやはり眉間にシワを寄せ、唇は何か言いたげに開いていた。

「ち、違うよ真田。朝は暖かかったからちょっと油断してただけで」
「馬鹿者。寒いなら寒いと言わんか」

あれ、さっき私肌寒いって言わなかったっけ。ふと疑問が浮かんだが真田の予想外の行動に考えていたことが吹っ飛ぶ。

「これを着ていろ」

いきなり真田が制服の上着を脱いだかと思えば上着はふわりと宙を舞い、立ち止まる私の肩に着地した。いわゆる幸村羽織りの状態で私の肩に乗る上着はとても大きかった。仄かに残る真田の体温に息が苦しくなる程心臓がドキドキしている。

「え、いいよ真田。真田が寒いでしょ?」
「構わん。女子が身体を冷やすな」

何これ夢かもしれない。真田とこんな風に一緒に帰って、寒くてくしゃみをしたら上着を貸してくれてその上身体の心配までしてくれるなんて。やばい完全にやばい、嬉しいとかもうそんなことじゃなくてにやけちゃう。たるむな私、たるむな!

「私のこと、女子だって知ってたんだね」

とにかく何かを話さなければ真田にバレると思い冗談まじりにそんなことを言えば、

「何を言っている。お前は女だろう」

と真っすぐに見つめられた。や、やめて見ないでかっこいい。

「だってさっき更衣室で私がいるのに着替え出すし」

負けじと見つめ返してそう言い放つと真田に変化が現れた。大変今更だし、真田は男だから気にするようなことでもないだろうに何故か慌てだした。みるみる内に赤くなる顔にこちらが戸惑ってしまう。

「ああ、あれは早く着替えるのに夢中で……みょうじ、見たのか」
「な、何を」
「裸を……」
「キモいよ真田」

結局そのあと真田は家まで送ってくれた。

今日は良いことあったな、とお風呂上がりのぽかぽかした頭で考えながらベッドに飛び込む。真田に家まで送ってもらっちゃった。真田に上着貸してもらっちゃった(返したけど)。短い時間だったけど、真田を独占出来たようで嬉しかった。

そばに投げ出された携帯のディスプレイを眺めていると、もう十一時半を過ぎていた。さて、そろそろ寝ようか。そう思い抱きまくらを手繰り寄せ目を閉じると、マナーモードにしていた携帯がブーッブーッと鈍い音を立てて震えた。メールかな?寝たことにしてシカトしてしまおうか。

「え、あ」

違う、電話だ。薄目を開け確認したディスプレイには真田くんと表示されていた。真田の後に続いた「くん」は、中一の頃の名残だ。ちなみに中三の今の今まで真田から電話がかかってきたことはない。だから、今目の前に起きてることは夢の中の出来事なんじゃないか。いやそんなことがあるか。思い直して恐る恐る鳴りつづける携帯の通話ボタンを押して耳に当てると、苛々したような真田の声が聞こえてきた。

「もしもし、真田?」
『遅い、何故すぐに出ない!』
「ご、ごめん……」
『……あ、いや。すまない、夜分遅くに電話したのはこちらのほうだった』

ああそうか、彼は苛々していたんじゃなくて私が電話に出なくて焦っていたのかも知れない。そう思うと少し余裕が持てた。これが幸村だったら私は少しも悪くなくても、なんで電話に出ないの?もしかして無視してたの?そんなことして明日どの面下げて部活に来るの?とノンブレスでまくし立てられてしまう。そんなときは素直に、申し訳ありませんでした幸村様。これが一番だ。

「で、どうしたの?……まさか、明日部活あるとか?」
『そうではない、明日は休みのままだ。みょうじ、明日は何の日か知っているか?』
「あ」

そうだ。気づけばもう数十分で真田の誕生日だ。帰りの出来事が大きすぎて今の今まで、すっかり忘れてしまっていた。プレゼント、全然考えてない。

『何だ』

電話越しに怪訝そうな真田の声が聞こえてきて慌てて「何でもない」と答えると、彼は質問を繰り返した。しかし何の日かと言われても、一度真田の誕生日であることを思い出したらもうそれしか浮かんで来ない。

『……分からんのか』

真田の声がややトーンダウンしたような気がして、焦る。どうしよう、駄目元で言ってみれば良いのだろうか。

「……心当たりは有ります」
『そうか。しかしお前のことだからどうせ金環日食の日などと』
「真田の誕生日でしょ」

小さく、息を呑む音が受話器越しに聞こえた。……ああ、そういえば明日は金環日食だってテレビで騒いでるなぁ。柳や柳生は日食グラス買ったって言ってたっけ。誕生日に日食だなんてロマンチックだなぁ、真田の割に。あ、そうだ誕生日プレゼントは日食グラスにしようか。……渡す頃には日食も終わってるけど。

『みょうじ』
「ん、なに」
『明日は何か予定が有るのか?』
「無い、けど」

真田へのプレゼントを買いに行こうと思っていました。なんて言えずに電話の向こうでそうかそうかと嬉しそうな真田に首を傾げる。なんでそんなことを聞くんだろう。まさか部員一人一人のプライベートまで把握して……?いやいや、無いな。

「でも、どうして?」
『そ、それはだな』
「うん」
『みょうじさえ良ければ明日、会わないか』
「……真田、それってもしかして」

デート、だったりするのでしょうか。もちろんそんなことは聞けない、否定されるのが嫌だから。だって否定されない限り私は彼と会う一時をデートだと思うことができる。だから彼への答えは当然、

『駄目か?気が乗らないのならば断ってくれて構わないが……』
「良いよ、会おう真田」
『本当か?』
「うん!」

イエスしかない。こんなせっかくの機会をふいにするほど私はお間抜けさんではない。そして真田に見えないのを良いことに、私の口元のニヤつきは止まらなかった。まさか真田が休日に会おうなんて、しかも誕生日に、他のどの女の子でもなく私を!浮かれるなと言われても無理な話だ。ふと、机に置いてある電波時計に表示された時刻に目が止まり、私はあることを思いついた。

『それではみょうじ、明日の時刻と場所を……』
「待って真田。……じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ご」
『……よん』
「さん、に、いち――」

カチ、音を立てて時計の針が十二の文字を指した。

「真田、お誕生日おめでとう」
『……ありがとう、なまえ』

真田の少し照れたような、けれど嬉しそうな声が聞こえて、私はそれだけで満足したような気分になってしまった。何てったって、彼に一番最初におめでとうを言えたのだから。でも真田の誕生日はまだ始まったばかりで、お休みの日なのに真田を独占することが出来る私はそれがたまらなく嬉しかった。

遅刻するな、電話を切った後にそんなメールが真田から届いた。スクロールすると余計な心配をしたくない、なんて文章があって私は目覚まし時計のアラームをいつもより一時間早くセットして眠りについた。

ハッピーバースデー真田!あなたがこの世界に生まれてきた今日という日が、最高の一日になりますように

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