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健太郎の携帯からピロリロリ、といかにもな電子音が鳴る。健太郎は出ない。私も出るように促したりはしない。千石くんも、顔を真っ青にして俯いている。東方くんは自分の携帯のディスプレイをずっと眺めていた。暗がりでぼんやりと携帯が光っている。壇くんは既に疲れて寝てしまっていた。私は、と言えばやっぱり心霊スポットなんて行くもんじゃないと後悔していた。

つい、数時間前のこと。部活帰りに千石くんがいきなり心霊スポットに行きたいと言い出した。その心霊スポットとは最近学校中で噂になっている廃アパートのことだった。若い男の霊が出る、とか入ったらとり憑かれるとか、ありきたりな噂話だ。もちろん、私は断った。怖いのは嫌いだし、早く帰りたかった。健太郎も断った。そんなくだらないところに付き合う暇はない、なんて千石くんを睨んだ。東方くんも見たいテレビがあるし……なんて濁して、でも、壇くんがノリノリだった。「僕、心霊スポットって行ったことが無いから行ってみたいです!」なんてキラキラした目を輝かせて言う。止めた。即座に止めた。みんなで止めた。でも千石くんが「じゃあ二人で行こうか!」なんて言い出すから仕方がなく、二人よりみんなで行ったほうがなにかあっても安全だろうということになった。なまえは帰れ、と言われたけどこの流れで一人で帰るほうが落ち着かなかったから、健太郎の手を握って無理矢理ついていった。

廃アパートは予想していたよりは綺麗だった。ただ、その綺麗さが不気味だった。どこもかしこも綺麗なのに、誰もいない。廃アパートなんだから当たり前だけど、心霊スポットによくあるスプレーの落書きも、持ち込まれたゴミも無い。その廃墟に思わせない姿が、ただただ不気味だった。

適当な一室に千石くんが意気揚々と入っていく。私はしっかり健太郎の手を握っていた。健太郎も手を緩めずにずっと握っていてくれた。千石くんの叫び声が聞こえた後も。

「どうしたんだ!」部屋の玄関から伺っていた東方くんが慌てて中に飛び込む。壇くんは途中から怖くなっていたようでずっと私の制服の端を掴んでいた。「うわ!」東方くんの短い叫び声。ビクッと肩を震わせると健太郎は「大丈夫」と、全然大丈夫そうじゃない顔で笑った。しばらくして健太郎と私と壇くんの携帯が一斉に鳴ったかと思うと、千石くんと東方くんが真っ青な顔で走って出てきた。私達も走って、一番近い健太郎の家に逃げ込んだ。

一時間が経った。あれから私達の携帯は交互に鳴り続けている。一人を除いて。なんと千石くんが携帯をアパートにおいてきてしまったのだ。そして私達にかかってくる電話は全て、千石くんの携帯からだった。最初はイタズラかと思って健太郎が出たけど、機械のような音声が狂ったように「ミナミケンタロウミナミケンタロウミナミケンタロウミナミケンタロウ」と繰り返すので驚いて投げ出してしまった。それでも手の込んだイタズラかも知れないと思って、壇くんの携帯にかかってきた電話に東方くんが出るとその声は「ヒガシカタマサミヒガシカタマサミヒガシカタマサミヒガシカタマサミ」と繰り返した。原因を作ってしまった千石くんはすっかり落ち込んで「ごめん」と言ったきり喋らなくなった。

暗い雰囲気の中、健太郎が千石くんの携帯に電話をかけてみようと言い出した。健太郎なりに事態をどうにかしたかったらしい。「じゃあ、俺がかけるよ」と千石くんがかすれた声で言った。隣にいた私は、微かに聞こえてくる健太郎の携帯の呼び出し音に耳を傾けた。でも、出なかった。留守電に切り替わることもなくずっと呼び出し中のままだった。「……出ない」と千石くんが言った瞬間、千石くんの携帯が電話に出た。私はそれだけでも飛び上がりそうなくらい驚いたけど、同時に壇くんが起き上がったので思わず飛び跳ねて健太郎に抱き着いた。壇くんは眠そうに目を擦り、静かに千石くんを指差して言った。

「みぃつけた」

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