ラヴ・ミー・テンダー | ナノ

いつにもまして天気の良い日の午後、暖かな春の陽射しを受けながら窓辺に立ち、門を見下ろす。今日は恋人であり部下であるなまえ含む三人が任務から帰還する日だった。だが、報告にあった予定到着時刻より既に一時間過ぎていた。舌打ちをして乱暴に椅子を蹴り飛ばすと、ものすごく痛い。そうだった、この椅子は石造りだ。

「痛ぇ、チクショウ!」

溜まっていたイライラが爆発し、ぶつけようのない怒りが湧いた。思わず机の上の書類を手で薙ぎ払う。そんな俺の荒れた様子を見て、ファンクフリードが心配そうな声でパオと鳴く。

「ああ、すまん。ファンク」

こちらに伸ばされた鼻に手を差し出すと、その長い鼻を絡めるように揺らめいた。少し、平穏を取り戻す。しかしそれもすぐに乱される一時的なものだとはまだ知る由もない。

「ぷるぷるぷる」

机の電伝虫がけたたましく騒ぎ、思わず飛び上がる。驚かせるな馬鹿野郎、そんな悪態をつきながら受話器を取ると聞き慣れた部下の声が聞こえてきた。

「こちら、ロブ・ルッチ」
「おお、ルッチか。随分帰りが遅いじゃねぇか、何かトラブルか」

通話の相手は今か今かと帰りを待ち望んでいた部下の内の一人、ルッチだった。昨日の時点で無事任務を完了しエニエス・ロビーに帰還すると連絡を受けたが、それから一切の音沙汰が無かった。まあ、いつも通りなら任務終了以降の連絡は不要としているが。

「それが、少々不味いことになりまして。報告しようか迷ったのですが、帰る前にお伝えしたほうが良いかと思い……」
「なんだ、お前にしてはやけに言葉を濁すじゃねぇか。らしくねぇ、言ってみろ」

普段なら簡潔に物事を述べるルッチが、いやに尻切れトンボというか、そんな話し方をする。彼らの帰りが遅くなっていることと関係があるのは明らかだ。

「……では、報告致します。なまえが任務中に一度頭を強く打ったのですが、」
「あ?おい、そんな報告受けてねーぞ」
「すぐに立ち上がることが出来、意識もはっきりしていたので任務を続行させました。その後一応ドクターにも診て貰いましたが脳波にも以上は無いとのことでしたので報告を致しませんでした。次からは報告します」
「……ふん、異常が無いなら良い。次から気をつけろ。で?話の続きは」
「先程話した通り、脳に異常はありませんでした。しかし、帰り際になって記憶障害の様な症状が出始め……いや、ハッキリ言いましょう」

記憶障害、という言葉に心臓が大きく高鳴る。なんだ、凄く、嫌な予感がする。そこで言葉を区切ったルッチに、言葉を急かすことも出来ずただ嫌な汗が流れた。

「なまえは、長官のことを覚えていないようです」

ぐら、と世界が揺れるような感覚がして、受話器を取り落とす。なんだって?なまえが、俺を、覚えていない?そんなバカな、そんな物語のような話があってたまるか。なまえが俺を忘れるなんてそんな、そんなまさか。

(長官、行ってきまーす。良い子にして待っててね)
(バっ、バカ言ってねーで早く行け!)
(はい照れない照れない)

任務前にしたそんなたわいのないやり取り。何も考えられなくなった脳に、浮かんできたなまえの笑顔が残像のように焼き付いた。

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