ぐしゃぐしゃ | ナノ

この世界にきて、もうどれくらい経っただろうか。最強だとか、モテモテ逆ハーレムだとか、そんな有りがちなトリップ特典みたいなものは貰えなかったみたいだけれど(あってもちょっと困ったかもしれない)、別世界からやって来たわたしというイレギュラーな存在はこの世界であっさりと受け入れられていた。

わたしがここにきて初めて会ったのは、あの有名海賊漫画ワンピースに登場するかの大将青雉こと、クザンさんだった。けれどそれを説明するには、会った、という言い方では少し語弊があるかもしれない。何故ならわたしはこの世界にやって来た時、スプラッタ映画宜しく正にグロテスクな肉塊の状態だったのだ。つまり、合った、といったほうがどちらかというと正しい気がする。脳漿が飛び散り、目玉が片方零れ落ち、手足は自由な方向に曲がったりひしゃげたりの兎に角目を背けたくなるような凄惨な死体だった、とクザンさんは言っていた。そんな聞いただけで吐き気を催すような死体が、自分の部屋にいきなり現れて潰れた蛙のように床に落下し辺りを赤く染めたというのだから、その死体であったわたしは本当に申し訳ない限りだ。

わたしがこの世界にくる前の最後の記憶は、自分が死ぬ瞬間のことだった。その瞬間は、全てがスローモーションに見えた。繋いだ手を振りほどいて道路に飛び出した妹に、大型トラックが迫っていた。それを視界に捉えた瞬間、わたしの体は咄嗟に動いて妹を力の限り反対側の歩道に突き飛ばしていた。少し強く押しすぎたかな、怪我しないかな。ゆっくりと動く世界の中で、やけに大きく鳴り響くクラクションを聞きながら、わたしは心の中で妹に謝った。それが、元いた世界での最後の記憶。

それからはあやふやなもので、わたしは気づいたらクザンさんのお部屋のソファに寝かされていた。あのトラックの大きさ、それに近づいてくる速さ、絶対に死んだと思っていたのに。目を覚ましたら神妙な面持ちのクザンさんに顔を覗き込まれていたのだから二重の意味で驚いた。生きてる、そして、何故かワンピースのあのキャラが目の前に。びっくりし過ぎてガバッと起き上がり、クザンさんの顔面に頭突きを喰らわせてしまうまでがワンセット。そうして名前を名乗ったりここがどうして生きているのか、ここにいるのか分からなくてパニックになったりでかくかくしかじか有り、わたしは海軍本部元帥であるセンゴクさんのところに連れて行かれた。クザンさんがわたしが部屋に現れた時の様子をセンゴクさんに語り始め、わたしはその日三度目の驚きで気絶した。

目が覚めると、今度は見知らぬ部屋のソファに寝かされていた。見知らぬ、と言ってもクザンさんのお部屋と連れて行かれたセンゴクさんのお部屋しかその時は知らなかった。後に分かるその部屋は、なんてことはない仮眠室だった。

「ああ、目が覚めた?」

その声はクザンさんのもので、わたしは少しホッとした。声のした方を振り向くと、クザンさんが壁際でアイマスクを押し上げたところだった。なんと、今のは気配だけでわたしが起きたことが分かったのだろうか。この世界に来たばかりのその日のわたしは、驚くことばかりだった。

「あの、ここは」
「仮眠室。なまえちゃん、話の途中で気絶しちゃったんだけどさ、覚えてる?」
「なんとな、く、う」

そうだ、わたしが気を失うほど驚いてしまった理由。思い出した途端に胃の奥から何かが込み上げてくるのを感じて、慌てて口元を抑える。あらら、大丈夫?と声を掛けながら、クザンさんがわたしの背中をさすってくれた。

「あの、わたしが……その、凄くスプラッタな状態で現れたって……ごめんなさい」
「……どうしてなまえちゃんが謝るのよ。なりたくてなったわけじゃないんでしょ」
「だ、だっていきなりそんな、き、気持ち悪いのが部屋に現れて、しかも、」

しかも、再生した、だなんて。そう、わたしはクザンさんの目の前で飛び散り、クザンさんの目の前でまるで逆再生を見ているかのように元の人の形に戻ったらしい。まるで意味が分からなかった。だって、普通の人間は、壊れたら元には戻らない。死んだら生き返らない。それならわたしは普通、ではなくなってしまったというのか。何故か、そのことがどうしようもなく怖かった。

「……なまえちゃんは、暫くここに居ていいことになったから。俺含めた三人の大将の監視付きだけど。他の奴らは、なまえちゃんが落ち着いたら紹介するよ」

そう言ってクザンさんは、優しく、わたしの頭を撫でてくれた。それが無性に嬉しくて、でも恥ずかしくて、照れながら笑うと、

「……やっと笑顔が見れた」

だなんて。クザンさんが微笑みながら言うものだから、まだ来たばかりだけどこの世界も悪くないと思ってしまった。自分で言ってなんだか虚しくなるけれど、彼が本当にわたしに優しかったのは、恐らくこれが最初で最後だったのだと思う。

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