SHORT | ナノ

気づいていた。慈悲深くて愛に満ち、「救いの神」と謳われるマスターの本当の姿。以前この島で起こったガス爆発事故を起こした張本人であり、その事故で苦しんでいた海賊の囚人たちを助け嘘を吐いて自分を救いの神へと仕立て上げ、更には治療と称して幼い子供たちを麻薬漬けの実験体にするような最低な男。堪らなくなってモネさんにそのことを聞いてみたら「そうよ」と、ただそれだけ。マスターが最低な男であること、ただその事実を肯定するだけだった。わたしが真実を知ってしまったことを咎めたり、口止めしたりしないんだろうか。そう言いたげな顔をしてしまっていたのか、モネさんはわたしを見ていつものようにくすりと笑った。マスターの秘書であるモネさんも、悪いひとなのだろうか。いつもやさしく紅茶を淹れてくれたり、子供たちと楽しそうに笑って遊んでいたり、仲良くなれたと思っていたのはわたしだけだった?マスターのことだって、好きだと思っていたのはわたしだけ?嘘だと思いたかった。その事実を知ってからもわたしはその”最低な男”と、時折子供の様に拗ねたり甘えてきたりするそのひとを重ねられないでいた。

「幻を愛していたのかな」

どうしようもなくなって漏れたその言葉は、少し離れたところでこちらに背を向けて実験をするマスターには届かない。

気づいている。なまえがおれの息をするように吐き出していた嘘に気づいていることくらい。モネが困った顔をして「全部バレちゃったみたい」と報告してくるよりもずうっと前から。なまえがおれを見る目、おれを呼ぶ声、おれに触れるその触り方で。でも、軽蔑されると思っていた。なまえが全てを知ってしまったと気づいても俺が焦らないのは、なまえが変わらないからだ。なまえはおれと違って善人だ。そのなまえが全てを知ればおれを嫌いになるに違いなかった。なまえの目は、声は、その温もりは、おれを許すと言っていた。愛されている、そして同時に、真綿で首を絞めるようにじわじわと彼女を苦しめてもいる。だが、傷つくことを選んだのはなまえだ。傷ついて尚、おれを愛すると。そのことに気づいてから、妙に安堵した。

「全部忘れちまえ。そうしたらまた幻を見せてやる」

手の中の試験管をくるくると回す。中の液体が淡い紫から濃い色に変化してゆく。その反応を確かめたあと、ふっと息を吹きかけると液体はまた淡い紫に戻った。その反応が妙におかしくて堪らなくて、うっかり漏れ出たその言葉はなまえには届いてはいけない。

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