SHORT | ナノ

「クザンさぁん、起きましょうよ。ねぇ」
「うーん、あと五分」
「それで起きたことないじゃないですかぁ」

わたしの部屋に遠慮なくごろりと横になって、アイマスクまで着用しちゃっているこの男のひとは、いわゆる家庭教師というやつだ。このひとはいつもこの調子で、部屋に入ってくるなりすぐ寝てしまう。けれど、起きているときはとても丁寧に勉強を教えてくれるし、とてもユーモアのあるひとなのでわたしは気に入っている。

「あ、そうだ、ほらここ、ここわからないです。お仕事してください」
「……ずずず」
「ふむ。最終奥義、おかあさんを召喚するか」
「どれ、どこがわからないの。先生に言ってみなさい」
「わぁ、なんてわかりやすいひとなの」

まるで最初から起きてました、みたいな顔をしてしれっと座り直したクザンさんに思わず噴き出す。このひとは、雇い主であるわたしのおかあさんに非常に弱い。現金なひとである。

「こら、大人をおちょくらないの」
「いたた、大人なら仕事してくださいよ」
「大人にも休みたい時はある」
「仕事中以外にお休みください」

テーブルを挟んで、ごち、とおでこにクザンさんのおでこがぶつかる。負けじとぐりぐりと下から押し返すと、これまた大人気なくぐりぐりと押し返された。ほんと、このひとは大人なんだか子どもなんだかわからない。男のひとは幾つになっても子どもと聞くが、このひとを見ているとそれがよくわかる気がする。

「仕方ないじゃない」
「何がですか」
「落ち着くんだもの、この部屋」
「勝手に落ち着かないでください」

なにを言い出すかこのひとは。パッとおでこを引くと勢い余ったクザンさんが態勢を崩し、テーブルの角にお腹を強打していた。みぞおち、みぞおち、と唸りながら、そのままテーブルに突っ伏す。

「あららら、大丈夫ですか」
「……なにそれおれのマネ?ていうかなまえちゃん、全然心配してないでしょ」
「自業自得です」
「そんな子に育てたつもりはない」
「育てられたつもりもない」

じと、とした目でクザンさんがわたしを見上げた。はぁ、とわざとらしくため息を吐いて、テーブルに広がる彼の髪の毛に手を伸ばし、その癖のある髪をくるくると指先で弄ぶ。

「そんな目をしてもダメです」
「なにがダメなの」
「なんでしょう」
「ちゅーとか?」
「したいんですか?」
「したい」
「どうぞ」
「いやいやいや」

怠そうに体を起こしたクザンさんが、テーブルに頬杖をついた。さらに深いため息まで吐いたものだから、首を傾げるとデコピンされた。すごい、痛い。なにしやがるんですか、とおでこをさすりながら抗議する。呆れた、と言いたげな顔で彼がまたため息をこぼす。ひとの顔を見てそんなにため息を吐かないでほしいものだ。

「しあわせ逃げますよ」
「なまえちゃんさぁ、こう、危機感とかそういうものは持ち合わせてねェの?」
「クザンさんを信頼してるので」
「……あ、そう」

それ言われちゃあな、とクザンさんは笑った。わたしはそれを見て目を丸くする。このひと、笑うんだ。笑ってるところ、初めて見た。いつも表情筋を動かすのも怠そうにしているし、たまに見せる表情と言えばなんだか気難しそうな顔だったり、呆れたような顔だったり、困ったような顔だったりするから。なにがツボに入ったのか、と考えてみても、よくわからなかった。

「それで、ちゅーするんですか?」
「……おれ、なまえちゃんのそういうところ嫌いじゃないよ」
「わたしもクザンさん、嫌いじゃないです」
「おじさん、本気にしちゃうよ」
「どうぞ」
「いやいやいや」

クザンさんは顔を両手で覆って、あー、とか、うー、とか意味のない声を出し始めた。大人の理性、というやつが働くのだろうか。いつだってわたしは、彼を拒んだことはないというのに。しばらくすると、考えるのをやめたのか、再びクザンさんは横になって目を瞑ってしまった。

「大人って、難儀ですね」

隙あり、と彼のおでこにキスをすると、彼の自然に閉じていた唇がゆるゆると動いた。なにかしゃべるのかな、と少し待ってみたけれど、クザンさんは寝たふりを決め込んだようだった。けれど、その耳は真っ赤に染まっていて、ああ、こんなに可愛いというのに、自由にさせてくれない大人とは、クザンさんとは。ずるい、そう呟くと彼がまた笑った気がした。

いい大人、
いい子ども

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