SHORT | ナノ

「なまえちゃん、悪いんだけどちょっと部屋までついて来てくれる?昨日夜中に急にコーヒーが飲みたくなって、自分で淹れたのはいいんだけどカップ片付けるの忘れててさ」
「あ、はい。もちろんです」

海軍本部直属の給仕としてお仕えするようになってもう五年。そこそこの経験を積んで、ようやく大将クラスの方々に食事のお世話やコーヒーなんかをお出しする仕事を任されるようになった。それはとても名誉なことで、また、彼ら大将達と接する機会も増えて今まで見えなかった側面を垣間見ることが多くなった。とくに、今私の半歩先を歩く彼、大将青キジさんは何かと声をかけてくれたり、失敗しても場を和ませてくれたりと、とても優しいひとだ。

「今度から、時間を気にせず呼んでくださって大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかんでしょ。なまえちゃんが寝不足になって次の日会議でサカズキの頭にコーヒーぶちまけてめちゃくちゃ怒られる、なんてことが起きたら困るし」
「い、今はそういうのは大丈夫、です」

そう?と前を歩く青キジさんが頭を掻いた。それは確か初めて大将以上の方々の会議で給仕をした時。余りにも緊張していて前の日によく眠れていなかった私が、自分の足に引っかかってすっ転び赤犬さんの頭上にコーヒーをぶちまけ、なんてことがあった。今でも思い出すたびに頭が痛くなる事件だ。あの時、縮み上がって平謝りするしか無いわたしに助け舟を出してくれたのは青キジさんだった。わたしはあの頃から、彼の存在を見つけるたびに、安心してしまう。悪い癖だ。

「歩くの早い?」

青キジさんが立ち止まり、振り返る。そう言われて気づけばわたしはいつの間にか小走りで彼を追いかけていた。彼はその長い脚で歩幅を広く取り、ゆっくり歩いていた。わたしも無意識に頑張って追いつこうとして、歩幅を広くしていたがそもそもの脚の長さが違うのだ。全くもって追いつかない。

「大丈夫です」

半歩後ろからそう返事をすると、唐突に青キジさんの手が伸びてきた。手もとても長いなぁ、なんて思っているとこれまた大きな手のひらが私の頭をガシガシ撫でる。驚いて声も出せずにいると、無理しない、と優しい声で言われた。ああ、わたしったらこの人が好きになっちゃうのかなと他人事のように思う。なんて罪な人なんだろう。

「オジサンはなまえちゃんが心配なのよ。だから、はい」

はい、と差し伸べられたのは先ほどまで私の頭を撫でていたその広い手。意図を図り兼ねて青キジさんを見上げると、珍しく顔を逸らされた。恐る恐るその手に自分の手のひらを重ねるとしっかりと握られた。じゃあ、行くか、なんて青キジさんが歩き出す。わたしも、はい、とだけ返事をしてついていく。彼はさっきよりもずっとゆっくり歩いてくれている。さっきまでどうしても縮まらなかった半歩分の距離が、今は繋いだ手のおかげで全く気にならなくなった。わたしの右手も、青キジさんの左手も、そこに心臓があるのではというくらい熱かった。


けれどそれでもいいのだと、おしえてくれたのはかれのひだりてだった。

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