単発 | ナノ



コミュニケーション過多気味な君

アニメのキャラクターは、仲の悪い相手と話すとき分かりやすく下品な言葉で言い争う。世界はそういうものだと思い込んでいたけれど、どうもそうではないらしいと気付いた高校2年の夏。

現実の学園生活において、直接顔を見て悪口を言ってくる人間などまあいない。その代わりひそひそと聞こえるか聞こえないかの濡れた言葉がちらついて、クラスメイトが俺を見て変な笑いを浮かべている。この世界で分かりやすい反応は求められていないから、「俺、なんかした?」と聞いても「いや?」と小首をかしげられるだけ。


「あ、風間くん」

晴天の夕方、駅のホームで、チェアに腰をかけている気だるげなクラスメイトを見つけて、思わず声をかけた。切れ長の目がびくりと揺れて、俺をとらえる。

「風間くんもこの路線なんだ!すげー、みんなJRだからまさかクラスで同じ電車使ってる人いると思わなかったよ。俺、地元△△駅なんだけど風間くんは!?」

風間くんは驚いた様子でぽかんと俺を見上げていた。そこで俺は、自分の悪い癖を思い出す。

「あ、ごめん……」
「えっ」
「俺、空気読めないからさ。急に話しかけて一方的に喋ってスイマセン。反省。ごめんね気にしないで」

きっと風間くんは静かな時間を過ごしたいだろうと、一人ではじめた話を一人で完結させ、手を振りながらその場を去ろうとしたら腕をつかまれた。振り返ると風間くんは、はじめて見る赤い顔をしていた。

「あ、お、俺も、地元、△△駅」
「え! まじですか!」
「うん……っていうか何、空気読めないとか誰が言ってんの」
「いや、誰に言われたわけじゃないけど、でもなんつーか、雰囲気で分かるじゃん俺今めんどくさがられてんなとか、引かれてんなとか」
「そんなこと誰も思ってねぇよ。そもそも本当に空気読めないやつは『雰囲気で分かる』とか無理だから」
「あーそーか……なんか風間くんに言われるとほんとにそう思える」
「ほんとにそうだから! ……つーか、な、名前」
「あーごめん勝手に馴れ馴れしく呼んで。こういうとこがあんだよなー俺」
「いや、うれしい。名前覚えられてないと思ってたから……ありがと、三ツ谷」


偶然一緒に帰ったその日から、俺と風間くんは一気に仲良くなったのだ。

バスケ部に所属する風間くんの周りはいつも部活仲間が集まっていて、彼らは学園祭や体育祭などのたびにクラスを仕切っている。風間くんは自ら大きな声を出したりはしないものの、補佐役として重要な役割を担っていて、俺なんかとはまったく違う雲の上の人気者だ。そう思っていたのに。


「ん……っ!?」


どういうわけか俺は今、自宅で風間くんに覆いかぶさられ、キスをされている。


根暗な俺と、座っているだけでかっこいいと言われる風間くんに共通点はほとんどないと思っていたが、どうやら同じアニメが好きだったらしい。一気に意気投合して、「週末、三ツ谷の家に行きたい」と言われた。俺はすぐに快諾し、アニメのDVDと原作マンガを用意して風間くんが来るのを待っていた。

ただ、それだけのはずだったのに。


「っは、ちょ、ちょっ……!」
「は……三ツ谷、キスはじめて……?」
「え? あ、はい、はじめてですけど……」
「そっか、俺もなんだ。うれしいな……」
「え? いや、そ……んっ!」

風間くんはうっとりと俺を見下ろしながら、再び唇を塞いできた。頭がうまく働かないのは酸欠のせいか、突然ベッドに押し倒されて豆腐みたいな脳みそがぐわんぐわんゆれたせいか、汗をかいた風間くんの熱や興奮が粘膜を伝って俺に届いているのせいなのか。見るからにスポーツマン、という風間くんの体格を、情けない俺は引き剥がすのにも一苦労だ。

「ちょ、ちょっと待って!」
「……なに? 今さらやっぱりイヤだとか言わないでよ、やっとここまで来たんだから俺やる気満々だからね」
「え、いや、あの……待って、何、なにするの……?」
「え……? そっか、三ツ谷って純粋なんだ。だから最近の話がかみ合ってなかったんだね。そんなとこもかわいい」
「は……?」
「あのね、これから俺たちはセックスするんだよ」

ああなるほどセックスですね!俺も昔インターネット上で自分の好きなキャラクターがあられもない姿にされちゃってる画像を見てからセックスっていう存在を知って人並みに興味があったわけだけどそのセックスですね!


……なんて、言えるわけもなく。


「え!? 俺と!? 風間くんが!?」
「そうだよ。俺が家に行きたいって言ったのはそういうことだよ。三ツ谷が『いいよ! 準備して待ってる』って言ってくれたから分かってるもんだと思ってたよ」

確かに言った。だからDVDもコミックスも準備していたんだから。

「ちょ、ちょっと待って、まず俺たちって付き合ってたの?」
「それも忘れちゃったの? このあいだ、学校帰りに好きって言ったら『俺も好き』って言ってくれたじゃん。……そっか、三ツ谷は純粋だから、『じゃあ付き合おう』って言わなきゃいけなかったんだな。俺も余裕なくて……ごめんね?」

困ったことに、それも確かに言った記憶があった。なにかの話の流れで、俺が今ハマっているアニメの話をしたときだった。あのときの「好き」は、風間くんがアニメに対して言った言葉だと思ったのだ。はじめて見つけた共通点にうれしくなり「俺も好き」と、確かに返した。ハイテンション気味に。だけどそれは、こういうつもりではなかったのに。

「三ツ谷、不安にさせてごめんな。俺はとっくにお前の気持ちを受け止めてたし、付き合ってるつもりだったし、こういうことがしたかったんだよ」

ラブコメのヒーローのように、色っぽい声色で囁きかける風間くんの前で言葉を失ってしまう。そうしているあいだに手のひらがシャツの中にもぐりこんだ。乳首を触られて、「ヒエッ」とかわいくも色っぽくもない声が漏れてしまえば、もううかつに口を開けなくなる。

「はじめて駅で喋ったとき、うれしかったんだ。三ツ谷は俺のことなんか覚えてないと思ってたから……クラスにすげー明るくて俺とは正反対の奴がいる、って思ってたら電車でお前のこと見つけて、ストーカーみたいに同じ電車に乗ろうとしたりしてたんだよ。声かけられたとき、気持ち悪いって言われるのかと思ったから、親しく話しかけてくれて、名前も覚えててくれて……ほんとにうれしかった……」

俺は冴えないクラスの一員で、風間くんはそんな俺とは正反対の人気者で、俺がうかつに話しかけたら迷惑になるかもしれないと思って教室では話さないようにしていた。その分、電車が同じだからという明確な理由のもと一緒に帰るのが楽しかった。毎朝憂鬱な片道数十分の時間が短くて、もっと風間くんと話したいと思っていた。風間くんが俺の何気ない言葉で笑ってくれるのがうれしかった。


「大好きだよ、三ツ谷……」


そのとき、俺は生まれてはじめて魔法が使えた。ずっと憧れていたアニメのキャラクターみたいに、未来予知ができたのだ。俺はこのまま流される、風間くんのことが、かわいくてたまらなくなってしまう。


「あ、あっ……!」
「ここ、指いれると変な感じになるかもしんないけど、ゆっくりちゃんとやれば気持ちよくなるから」
「ん……っ、ほ、ほんと……!?」
「うん、がんばる、絶対痛くないようにゆっくりやるから俺にまかせて」

風間くんはなんでそんなところにためらわずに指を入れられるのとか、そもそもなんでローションを持ってるのとか、聞きたいことは山ほどあるけど聞けるわけがない。きっと風間くんはもっと早くから色んなサインを出していたはずだ。俺がいつもの「クウキヨメナイ」で無視していただけで。

「んあっ…!?」
「い、痛かった?」
「いや、だい、だいじょーぶだけど、なんか、へん……っ」
「あ、ここ? そっかここなんだ。ここね、男が一番気持ちよくなれるとこなんだって。もっと押してあげる、ほらここでしょ、ね?」
「え、あっ!? あ、ちょ、やめっ、んあっ!?」

太い指先が、俺も知らない身体の内側をぐいぐい責めて、俺は訳が分からないまま目をちかちかさせながら声を出してしまう。気持ちいい、だけど変な感じ、だけどそれでもいい。

「はあ……、三ツ谷、俺のも触って」

ふいに手をとられ、股間に導かれた。そこにはガチガチになった風間くんのものがあって、はじめて触れた熱さと固さが、内側を触られる度に高まる絶頂感との相乗効果で、頭の中をとろけさせていく。


「三ツ谷、ほんとかわいい、好き……入っていい?」


余裕を失った風間くんに、甘えるようにねだられれば断れるはずもない。いつも冷ややかな視線とともに、曖昧なコミュニケーションを繰り返されていた俺に、はじめてぶつかってきた人だ。

頷くと、手のひらの中にあった熱い風間くん自身が一度離れていった。そしてすぐ、さっきまで指が入りこんでいた場所に、その熱さが押し当てられる。


「んぐ、あ……!」
「ごめん、いたい? あ……っ、ごめ、ごめん……」

その瞬間の俺の口からはやっぱり可愛くもなんともない声が出て、風間くんは焦ったようにごめんを繰り返した。しかし、その合間に零れた「あ……」が、本当に気持ち良さそうな喘ぎだったから、俺の身体からも緊張がほぐれて、ずるりと一気に奥まで入り込んだ。

「うあ……っ!」

処女を失うその瞬間、やっぱり色気のかけらもない声を出しながら俺は妙に冷静な気持ちでいた。ああ、たった数時間前まで、大好きなクラスメイトでしかなかったはずなのに、友達としての好きと、本当に愛おしいは紙一重なんだなあ、とかそんなこと。


「三ツ谷、かわいい、好きだよ、あー俺ほんと、しあわせ、憧れの三ツ谷と、あ……っ」


そんな俺よりよっぽど感極まっている風間くんは、色っぽい声をあげながら目には涙さえ浮かべている。こっちのセリフだよ。クラス中から注目を集める憧れの風間くんが、俺なんかに覆いかぶさって情けない顔で情けない顔をして、こういう感情をいとしさって言うんだろうか。

「三ツ谷は? 気持ちいい? 俺なんかで、いい?」
「……うん。風間くんのこと、好きだよ」


正常位の状態で風間くんを受け入れながら、泣き顔を抱き寄せて背中にも腕を回す。アニメキャラでなく、目の前にいる人を心から想いながら好きだよ、と言ったのは初めてのことだ。スムーズに言葉になったから驚いた。







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