単発 | ナノ



13階段もうすぐです

社会人になってようやく覚えた酒と煙草はやっぱりあんまり美味しくはない。それでもそこに助けを求めるのが大人の定石だから、情けなく酔いつぶれることでもって自分のプライドをキープする。

「やだあ、どんだけ飲んだのよクサぁい」

玄関を開けた瞬間、みぃちゃんはあいさつより先にそう言った。いつものように「けんちゃんかわいい会いたかったわ!」と抱擁されるだろうと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。階段を上って二階の自室に着いてもまだ、みぃちゃんの眉間にはしわが寄っている。

「アンタがうちに来てほしいなんて甘えるのはじめてのことだから舞い上がってきちゃったけど……ただの酔っ払いだったのね。アタシの純心返してほしいわ」
「ん……水とって。冷蔵庫の」
「冷蔵庫ぉ? どこよ」
「ベッドサイドの……黒いやつ」
「あぁ、これ? スタイリッシュすぎてわかんなかったわ。……はい。それにしても立派な御宅ねぇ。ご実家なの?」
「父と二人暮らし」
「あぁ、お父様官僚なんだっけ」

家族について自ら話した記憶はなかったのだが、きっと今日みたいに酔っぱらった日に、不要なことをもらしたのだろう。ウィークな話題は、隠し通したいのについ口を滑らしてしまうから不思議だ。隠し通せなかったことをごまかしたくて、一度は水で鎮静させた身体にまたアルコールを注ぎ込むと、みぃちゃんがグラスに手を伸ばしてきた。

「あら、いーお酒飲んでるんじゃないの。アタシも頂いていーい?」
「ん……だめ」
「なによケチねぇ」
「そんなことよりさあ……」

グラスをテーブルに置いて、空をつかんだみぃちゃんの手のひらを握りこむ。そのままみぃちゃんをベッドまで引っ張って、転んだふりをして押し倒して、間違えたふりをしてキスをした。みぃちゃんの顔はまた曇った。


「酔っぱらって身体が寂しくなったから呼びつけたの? ……サイテーね」


吐き捨てるように言わないでほしい。ぞくぞく背筋が震えて勃起しちゃうから。


「気持ちいいことしてほしいなら自分の口で言いなさいよね、アタシよりよっぽどボキャブラリーあるんだから」
「ん……っ、して……」
「なにを?」
「そこ、の……引きだしの……」
「これ? ああ……これをどうすればいいの?」
「そ、それ、おれの中に入れてください……」

引きだしに乱暴にしまいこまれたアナル用のローターを引っ張り出して、みぃちゃんはいよいよ蔑むような目をした。俺はその目を見たら、いてもたってもいられなくて、自分で服を脱いでしまうのだった。それがスイッチみたいに、みぃちゃんもがばりと大胆に服を脱いで乱暴に俺にのしかかってくる。

「あ、あ、ま、まってみぃちゃん、ローションがあっちに……っ」
「うるさいわねぇ。どうせアタシが来るまでのあいだに中も洗って準備してるんでしょ?」
「え、な、なんでわかるの……」
「アンタみたいな変態の相手ずっとしてあげてるんだから分かるに決まってるでしょ。ねぇ動かないで、入んない」
「あ、あっ……! あぁあ……!」

みぃちゃんの言葉や動きがどんどん雑になっていくとき、おもちゃのモーター音が思考を揺さぶって、さらに強弱の波を持った震える部分が内側の壁を震わせて、どこにいるのか分からなくなる。そのときいつも、なぜか父の顔を思い出す。

「ずいぶん気持ちよさそうねぇ、もう先っぽから出ちゃってるわよ」

ベッドの上で足をがばりと開きあられもない恰好をしているこんな状況なのに、父を思い出すのだ。


厳格な父に言われるままに勉強をしても勉強をしても、希望の大学にはいよいよ届かなかった。


誰でも入れるマンモス大学を卒業し、大手商社に入社すると俺よりもレベルの低い学校を卒業した同期が、驚くべき早さで好成績を収め「幹部候補」の称号まで勝ち取った。この頃はじめて酒を飲んで記憶を飛ばす経験をした。

分かっていたはずだ、学歴に固執しても仕方がない。父の教育を盲目的に信じて競争社会にどうにかしがみついても、少しでも疑問を抱いている奴はすぐに振り落とされる。

「あっ!あぁーっ!あぁっ!」
「アンタほんっとにこのおもちゃ好きねぇ。そんなだらしない声出してもだえちゃうくらいたまんないの?」
「んあ、あ、だ、だって、みぃちゃ、見てるから……っ」
「何言ってんの、あんたが見てほしそうにしてるから付き合ってるだけじゃない。ジャマならちょっとコンビニでも行ってくるけど」
「え、やだ! やだやだいかないでみぃちゃ……っ」
「ふふ、うそよ。もっとかわいいとこ見せて? やらしいとこも全部見てあげるからね」

だから俺はみぃちゃんが好きだ。みぃちゃんは学歴も才能もなんにも気にしないで、好きなように生きている。ごくフツーのサラリーマンである俺をかわいいって言ってくれる。誰でも着るスーツに興奮して、脱がせたいといやらしい声で言う。情けない俺の愚痴と弱音を笑い飛ばし、そういうとこ前向きで好きよって言ってくれる。こんな俺なのにいいの、って思う。俺もみぃちゃんが好き。すき。だいすき。

「あ、もぉこれ、いい……」
「なあにワガママねぇ、あんたが入れろって言ったんじゃないの?」
「ん、そうだけどぉ、もぉいらない……っ!」
「じゃあ、ちいっとも気持ちよくないの?」

ちいっとも、という子どもじみた表現が俺には馴染みにくい。みぃちゃんは俺を甘やかしてくれる。誰の子どもでもない俺を拾い上げて、赤ちゃんみたいに甘やかしてそれからちゃんといじめてくれる。

「もっと気持ちいの、いれてぇ……」

アルコールが抜けてしまわないように、いつまでもドロドロの状態でいられるように、わざと呂律の回らないしゃっきりしない発音で、言った。みぃちゃんはうれしそうに笑って素早く服を脱ぐ。正常位の状態で、ローターを抜いてぽっかり空いたその部分に、すでにそそり立っていたものをあてがう。

「あぁあ……っ!」
「ん……せまぁい……」

最高にうれしくて気持ちよくて今にもとんでしまいそうなこういうとき、父さんが帰ってくればいいのに、と、心底思う。

フェミニンな男の人にケツをいじくり回されて、チンポ突っ込まれてあんあん言っている俺を見て、失望して怒りに震えて怒鳴り散らして金輪際顔も見たくなくなるほど徹底的に打ちのめして見捨ててほしい。そうでもしてくれないと、俺は自分の人生をまるごと呪ってしまいそうだ。

「あっ! あ! も、もっとおく、奥ぅ!」
「えー? もっとぉ? もう無理よ、これ以上どうしろってのよ」
「お、お願い、もっと長いの、深いので、奥まで、奥までがんがんしておねがいしますからっ!」

だから大きい声を出す。その声を聞いて自分が気持ちよくなるため。みぃくんに興奮してもらうため。父に絶望してもらうため。大きい声で、おちんぽとかおまんことかきもちいとかおっきいとかむやみに発音する。そうしたら、階下でドアの開く音がした気がした。

「あっ、んあぁ! きもち、きもちぃ、みぃちゃんきもちいよお、みぃちゃんのおっきいおちんぽきもちいぃ!」
「ん……っ、うるさいお口ね……!」

奥までチンポを押し込みながら、みぃちゃんは俺の頬をひっぱたいた。とても痛かった。父さん産まれてきてごめん。でも俺をこうしたのは父さんだ。階段を登る音が近づいてくる。俺は射精までの絶頂を駆け抜ける。







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