単発 | ナノ



munch munch




僕には放っておけない子たちが何人もいて、それは子供でも異性でもない。

実家兼現職場である肉屋を出て、商店街をまっすぐ行くとファンシーな白壁の建物が見えてくる。ドアを開けると小さな鈴が鳴り、カウンターにいた細身の女性が顔を上げた。

「まみさんこんにちはぁ」
「あら、三波くんいらっしゃーい」

まみさんはいつも通り店中に響く爽やかな声で迎えてくれ、そしてそれに反応するようにまどろんでいた猫たちが足元に歩みよってきたので、たちまち身うごきがとれなくなった。

「わ、ちょっと待って動けない」
「もー、みんな三波くんがだいすきだからねぇ」
「はは、僕がいっつもお土産持ってくるの知ってるからでしょ。今日のお土産はささみですよ」
「いつも悪いねぇ、ありがとー」

手提げをまみさんに渡すと、猫たちは一斉にまみさんに興味を移した。ささみが皿に載せられると、次はその皿に集まっていく。そしてとっくに忘れ去られた僕だけが立ちつくすことになる。

「ほんとゲンキンだなあ……」
「三波くんのご飯美味しいからねぇ、みんな必死になっちゃって。あっコラ、とらない! けんかしない!」

この猫カフェの猫たちは、もとはノラだった子たちがほとんどだ。まみさんは放っていられないたちなので、里親探しを兼ねてこのカフェを開設した。まみさんの行動力にはいつも目を見張ってしまうけれど、お土産片手に通い詰める僕も結局同じタイプの人間なのだと思う。

「あのさ、もういっこお土産あるんだけど」
「あぁ。一番の問題児は二階にいるよ」

らせん階段をのぼった二階は、居住スペースになっている。しかしまみさんは隣り駅北口のアパートに彼氏と一緒に住んでいるので、ほとんど使われるはずがない。本来なら。そう、本来なら。

「エサの時間ですよぉ」
「猫扱いしてんじゃねぇ……」

部屋は真っ暗で、ひびき君の匂いがこもっていた。電気をつけて声をかければ、ベッドの上の塊がもぞもぞ動いて布団の隙間からじろりと睨まれる。

「お腹空いてないの捨て猫ちゃん、ほら歯ぁ磨いて顔洗って、もう昼過ぎだよ」
「あー……腹は減ったあ……」
「今日はお仕事ないの?」
「んー……たぶん」
「多分って」
「なんかあったらまみさんが呼びに来るはずだから、来てないってことはいいんじゃね……」

部屋の隅にはトイレと小さな洗面台があり、ひびき君は時々そこで風呂だって済ませてしまう。徒歩数分の僕の家にくればお風呂にあったかいお湯をはって柚だって浮かべてあげるよと言っているのに、遠慮の好きなひびき君はまだ一度もうちへ来たことがない。僕がお土産を持ってくることを辞めれば、きっとそこで関係も終わる。

「うま……」
「今日はお客さんでローストビーフ予約してた人がいたからね、大目に作って持ってきた」

そのくせ、僕が声をかければ素直に立ち上がって色素の抜けたぼさぼさの髪を整え歯を磨いて顔を洗って、テーブルの前で正座して僕が用意するのを待つ。ガツガツとした食いっぷりはいつも気持ちが良い。母親に内緒で、冷蔵庫の中身を与えているような気分でひびき君の完食を見守る。

「ごちそうさん」
「はーい。ひびき君いっつもきれいに食べてくれるからうれし……」

部屋に散らかった衣服などを畳んでいるあいだに、ひびきくんは食事を終えたらしい。一息ついているひびき君を振り返って空いた皿に手を伸ばしたとき、手首をがしりと掴まれた。顔を上げるとすかさず、ひびき君の唇に迎えられローストビーフソースの味を感じた。

「……ひびき君」
「あ?」
「いいって、こういうの」
「だめだって」
「なんで」
「借りは返しておきたいんだよ、ちゃんと」

そうしてベッドに引きずり込まれて、ひびき君の丁寧なお返しがはじまる。ねこが恩返ししてくれる現実なんてありえないと思っていた、そうでもないんだなあと初めて知ってからずいぶん経つ。年寄りみたいに思いを巡らせているうちひびき君の赤い唇は僕の股間に接近していた。

「あー……ちょ、そ、そこは本当にいいよひびき君……」
「何言ってんの、好きじゃんここ」

ひびき君はもうすっかり僕の好きなところを知っていて、じゅるじゅるがぽがぽ吸うのよりも息を吹きかけ焦らし焦らしてぱくりといく、僕の弱いやつを習得している。ベッドに寝かされくわえられてしまったら、僕も男だったことを思い出さざるを得ない。

ひびき君がこのカフェで住み込みバイトをはじめたきっかけも、公園で野宿しているところを店主のまみさんに声をかけられそのまま住みこみで働くようになった、というのだから笑ってしまう。まさに捨て猫だ。その頃の僕はこのお店に、もちろん猫目当てで通っていて、初めて会ったひびき君の儚く物哀しげな表情に見惚れた。翌日から一層足繁く通い始めた僕に、まみさんは「かわいいでしょ。看板息子よ」と笑ったから耳まで赤くなった。

そして今、恥ずかしいくらい元気になってしまった僕自身を確認すると、ひびき君は男らしくばさりと服を脱ぎ散らかし、なんの迷いもなく全裸になって、横たわる僕に覆いかぶさってきた。

「え……乗ってくれるの?」
「またとぼけちゃって、三波さん大好きでしょ。きじょーい」
「ん、あ……っ!」

ひびき君より先に喘ぎ声を漏らしてしまうのはいつも通りのこと。とは言え恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。だって僕はついさっきまで、いいよいいよとひびきくんを拒否していたはず。

「あは……、三波さん、さいきんオナニーとかもしてなかっただろ」
「ふ……っ、な、なんで分かるの……?」
「すっげ、どくどくしてて、いつもよりパンパンに膨らんでるから」

ずぶずぶと入っていく僕を受け止めて、ひびき君は恍惚の笑みを浮かべる。笑いながら、じっとりした目で見下ろされると僕の胸の中でさっきまで存在しなかった怪物が活動をはじめる。ひびきくんの腰を掴んで下から突き上げたら、彼は身体をそらして大きく反応した。

「んあぁっ! ちょ、三波さぁん……!」
「ん、ふっ、んぅ……」
「あ、あぁっ、ね、ねえっ、もちょっと、手加減してぇ……っ!」

いくらひびき君が可愛くったって可哀想だって、少しご飯を分けたくらいでお返しされるなんて思ってもみなかった。しかも身体で。でもひびき君は毎回律儀に返してくれるし、中はいつもとろとろで手や舌もとんでもなく巧みで、それはつまり可愛くて可哀想な彼が、唯一見つけた愛される方法だからむげにできない。

「あっ、はぁっ、んぁ! み、三波さぁん!」
「ひびき君……僕のことすき?」

僕は言葉で拒否しながら、本当は求めている。可哀想な彼のため、食べ物なんて一番分かりやすいものをちらつかせて手に入れることを望んでいる。

「ひ、ひぁあっ……!」

ひびき君は答える代わりに、中の刺激だけで派手に射精をした。ぴゅっぴゅと飛んでいく濃い精液の、素直な反応に僕も限界を迎えてしまう。お互い声をもらしながら達し、汗ばんだ身体を重ね合った。そして脱力感に侵されつつ、互いの快感をすくい合うように、処理も半端なままどさりとベッドに倒れ込む。

暑いなあ、とか、だるいねぇ、とか思うけれどうまく口にできないくらいぼんやりしていたから、階段をどたどた駆け上る音への反応も遅れた。あわてたのは、ドアが開け放されてから。

「あ、ごめんお取り込み中?」
「……おー……どうしたのまみさん」
「ひびき、昨日の伝票どこおいた?」
「あーごめん、多分レジの後ろだわ」
「あー。あそこか、ちゃんといつもんとこ戻してよ」
「ごめんごめん」
「じゃ、おじゃましました」
「あーまみさん」
「んー?」
「あと一時間くらいで下降りてくから、それまでじゃましないでね」
「はいはい」

階下で仕事をしていた人が飛び込んできた理由もあまりにまっとう。簡単すぎる理由で理性を飛ばして欲に溺れていた僕の、反省材料には十分。

「……死にたい」
「まじでー? 心弱ぇなあ」
「も、もう帰るよ僕……」
「えーなんでー」
「自分の店もあるし……」

いまさら処理をして身支度を整えたって、それはなんの弁解にもならないのだけれど、背中を丸めていそいそとパンツを履く。

そのとき、とん、と背中に重みが乗った。振り返ると、ひびきくんが背中に張り付いて、甘い目で僕を見上げていた。

「俺、あと一時間ずっとさみしいじゃん……」

出た。捨て猫が、愛されるために差し出す角度。声。言葉。僕はこれに弱すぎるのだ。

こんな風に懐かれたら、ひびき君はひょっとしたら、僕が店に来た気配に気づいていながら寝たふりをして、エサを持ってドアを開ける瞬間を心待ちにしていたのでは、なんて、都合のよい妄想に取りつかれる。

「もーなんでここでデレるのひびき君は!」
「まー仕事あるなら仕方ないけどさ」
「ない! 仕事なんてないよ!」

華奢な身体を抱きしめて再度ベッドに飛び込めば、スプリングが大きく軋んでこれはさすがに階下にも響いているはず。でもまみさんも猫たちもきっと知らんぷりしてくれる、ため息をつきながら。








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