単発 | ナノ



まままよなかのおもちゃ箱

「若いねぇ」

と、呟く口もとはいやらしく歪んでいた。

「今いくつー?」
「えと……今年から三年生です」
「え? 高校? じゃないよね?」
「いや、大学……」
「あーそう。一番楽しい時期だ。酒もたばこも女もなー」
「……俺そういうのは別に……」
「たとえオイタしたってさー、その後いくらでも軌道修正できちゃうんだからさ」

その日のライブは中打ちだったため、観客を追い出し簡単に掃除をしたフロアに折りたたみテーブルとイスを並べ、スタッフと出演者だけで乾杯をした。元来社交的でない俺は打ちあげが得意でないため、バンドメンバーの影に隠れコーラをすすっていたのだが、遠慮せずに「どもどもども」ととなりに座ってきたのは初対面のオジサンだった。

その人はガレージロックバンドのギターボーカルで、メンバーからは「やっさん」と呼ばれている。焼けた肌も白っぽい短髪も細身のパンツも苦手因子なので絡まれないように距離を保っていたはずなのだが、いつの間にか酒と煙草の匂いを漂わせ隣りに座られてしまった。

「好き勝手やってられんのも今だけだぞ。俺とタメの奴らだって昔は客にビールかけたりケンカしたり平気でアンプぶっ壊したりしてたのに、みーんな結婚して大人しくなっちまって」
「……つまんないっすね」
「……そーなのよ」

面倒になって吐き捨てた言葉は周囲の笑い声の狭間に収まり、男は少し静かになった。そして泡の減ったビールを飲み干しプラスチックのコップをくしゃりと潰すと、続きを話すように自然に切り出すのだった。

「君ドーテー?」
「……は?」
「バンドの方は人気そうじゃん、ここの箱照明派手だから舞台上からでも客の顔見えるっしょ? 前の方にいた女の子集団とか皆可愛かったけど手ぇ出してんの?」
「……ちょっとトイレ行ってきます」

少し強引すぎるかもしれないが、社交辞令の会話も尽きたので立ち上がる。騒がしいフロアを離れ、薄暗い楽屋の男女兼用個室で用を足していると、ふいに背後のドアががたがたと鳴り、振り返ると閉めていたはずのドアがなぜか開いていてその向こうにさっきの男がいた。

「ちょ」
「どーもどーも」
「俺まだ入って……」
「うん知ってる」

俺は慌ててジーンズをあげ個室を出ようとしたが、男はおかまいなしに個室に入ってくると後ろ手に鍵を閉め出口を塞ぎ、そのまま俺の唇までふさいでしまったのだ信じられないことに。

「んっ……」

ねっとりしたキスは辛い酒と甘い煙草の匂いが混ざっていて不快でしかない。強引に突き飛ばそうとしたが、かえって壁に押しやられ、どうにか唇を離すことはできたものの今度は耳元に唇を寄せられてしまう。

「な、なんなんすか」
「ねぇ君ってゲイ?」
「なんなんですか本当に。俺鍵かけてたんですけどどうやって入ってきたんですか。先に答えてください」
「ここの出演者用トイレってボロすぎるからさ、外でちょっと手ぇ加えると開けられるんだよね。ハイ答えたから次俺の質問ね、君ゲイ?」
「……そうですけど、だとしたらなんなんですか」
「はは、あたったー。俺酔ってるときなんつうか嗅覚みてぇなのが働くからさ、あの子ゲイだろうなってすぐ分かんの。ドーテー? って聞いたときあからさまに顔色変わったから確信したわ」
「……だから?」
「だから、ちょーっと貸してよコレ」

慌てて履いたジーンズはベルトを締め切れていなかったので、少し力をかければ簡単にずり下げられる。その人は下着に手をつっこんで、後ろのすぼみに指を滑らせたのだ。思わずぞわりとしてしまったのが、悔しい。

「っ、意味わかんねぇ……!」

逃れるため少し強く抵抗すると、今度はほとんど強制するような有無を言わせぬ力で壁に身体を叩きつけられた。逃れられない。


薄暗いトイレ、至近距離で、男は心底楽しそうに笑う。


「お前さ、俺のライブ中自分がどんな顔してたか知ってる?」
「……は?」
「舞台上から見えたのよ、俺の曲聞いてるお前の顔。ああ勃起してんだろうな、って顔してた」


必死に押し込めた言葉たちはふとしたとき、表情や声色として表面化してしまう。そうだ気づけば抵抗しているつもりでも、俺は足を相手の股に滑らせ今後の展開への期待を隠せないでいたのだ。


俺はやっさんの頭をぐいと引き寄せ、乱暴に舌をからませた。


「んはっ……ダイターン……」
「ローションとか持ってるんですか」
「んー? あー……ねぇわ」

ぼんやりとしたやっさんの言葉を再びキスで塞ぎながら、ずりさがったジーンズのポケットから小さなボトルを取り出し、舌をぐちゅぐちゅにぶつけあいながら押しつけた。

「……はは、準備周到なのね。ポケットにいれていつでも遣えるようにって? ヘンタイじゃん」


片手でローションを出すときの目が、舞台に立つときの攻撃性を残していて、それだけで膝が砕けるような気がしてしまう。


先ほどの強引さで今度は壁の方を向けさせられた。言葉なんてなくとも次の行為は互いに想像がついているので俺は壁にすがりついてやっさんへ腰をつきだす。前戯なんてほとんどないまま突入した本番行為は当然ながらひどい痛みを連れ、引きつった喉元から出したくもない声がでる。

「ぅあ……っ、す……きぃ……!」
「え? なんだって?」
「すき、す、すきっ」

ああほら痛いからひどいことをするから、出したくもないのに声が出て、言いたくもない嘘くさい告白が漏れる。口をつぐみたいのにがんがん揺さぶられるからかなわない。本音だから、こらえきれない。

「なーにー?」
「すき、すきですぅ……!」


陰欝な中学時代に差し込んだ光の筋は音楽の力によるもので、クラスメイトにオカマ野郎と殴られても教師に目を背けられてもヘッドフォンのボリュームを上げれば逃れられた。衝動的な破壊欲求を肯定する音楽はそのまま俺の人格を肯定してくれているようで、全裸で気持ちの悪い踊りをしながら悲鳴と嗚咽の間のような声を上げるボーカリストが格好よくて格好良くて仕方なかった。かつてのその人こそが、やっさんだったのだ。


「すきぃ、すっ、すき、すきぃ!」
「はは、かっわいーなーお前……」

今の彼があの頃の尖った人とは別人であってもいい歳してモラトリアムにしがみつくクズ野郎でも、彼は俺の憧れの人だから、体液ひとつぶ零れるのだって惜しくて、声響いてんだろうなとかメンバー心配してるかなとかそんなんどうでもよくなって、快感に身をゆだねひたすら喘ぎ告白をする。

「あ、あっ、きもちい、すきです、きもち、あっ、んあ、すき、だいすき、あっ!」
「あー……やべ、いくかも……」
「いって、いってください、いっぱいだして、あっ、すきですっ!」
「ん……っ、あっ」

すぐさま、どくどく脈打つ感覚に襲われ、溜めこんだ精液が俺の中に注がれていくのが分かった。

ああ、やっさんイったんだ俺ん中気持ち良くてイったんだ。その事実だけで達しそうな俺が、今まさに絶頂への片道を登りかけたとき、後ろを満たしていたものがずるりと引き抜かれてしまった。

「んぇ……っ?」
「ふー……。じゃ、俺先に行ってるから、あっち戻ってから恋人面とか絶対すんなよ」

手元のトイレットペーパーで簡単に処理をしたやっさんは、マイペースにドアを開け、そのまま立ち去っていく。確かに自分は満足したのだろう。しかし俺は行為の最中で一方的に打ち切られたようなものだ。「貸して」って言われたから貸したのにろくに返してもくれず、内側には身勝手な男の欲望だけが残り、時間とともに溢れて太股を滑る。

「っざけんなクソッタレ……」

それでも彼は悲しいかな僕の憧れの人なので、泣きながらシャツを噛みながら、ドアも開け放したまま、去っていった彼の煙草の匂いを思い出して自慰をするしかないのだ。世界で一番惨めな自慰だ。







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