雪の中に咲いた花 | ナノ

雪の中に咲いた花




帰り道、俺とリヴァイ部長は手を繋いで帰った。恥ずかしいのにはかわりないけれど、それ以上になんか幸せなんだ。
まだちらちらと雪が降る中、俺は甘酒、部長は缶ビールを片手に歩道の隅に寄って歩いて、雑談を零す。


「そいえばリヴァイ部長、いつの間にビールなんて買ってたんですか」
「お前が甘酒並んでるとき」


あぁ、そうだったのか。
途中いきなりどこかに消えていきなり戻ってきてびっくりしたんだ。なにか一言言ってくれればいいものを、だなんて考えても今となっては後の祭りだからと言葉をぐっと呑み込んだ。

最初リヴァイ部長が甘酒に渋ったのは並ぶからだったらしい。そんなことを言ったらお詣りなんてもっと嫌だったんじゃないかとは思ったが、それは言わないことにした。俺の甘酒呑みたいアピールをことごとく交わしまくってたのに、何故か参拝が終わったら自分から甘酒売り場の方へ歩いていったときは何事かと。
なにが部長を動かしたのか解らなかったしそりゃあ驚いたけど、やっぱり嬉しかった。
俺を置いてどっか行っちゃうし、かと思ったらあっさり戻ってくるし、それでも文句ひとつ言わずに俺の我が侭を聞いてくれるこの人は、俺には勿体ないくらいに、優しい人。
繋ぐ手をきゅっと握ると指先に軽く力を入れて握り返してくれる。可愛い、可愛すぎる。アルコールが入って微かに上気した頬とか缶の縁に添えられた唇とか。すごく綺麗で俺の劣情を煽…いやいやいや、道端でなに考えてんだ俺!
ちょっとだけ缶ビールになりたいとか考えてしまった自分が情けなくてしょうがない。
除夜の鐘は人間のあらゆる煩悩を消し去るものだと昔から聞かされていたが、絶対嘘だ。今の俺の脳内は煩悩塗れだ。しょうがない、部長曰く俺は一年中発情期の犬らしいからな。
そんな犬畜生はどうにかして己を満足させて煩悩を取り払おうと必死になっていた。


「部長、甘酒呑みます?」
「あ?あー…甘酒苦手なんだ。酒粕がな…どうも好きになれん」
「へぇ、意外」


そうか?と呟いて部長はビールをグビッと仰いだ。
なんだ、甘酒とかこういうの結構好きそうかと思ってたのになあ。やっぱりまだ部長の知らないとこ、いっぱいあるんだな、と改めて考えさせられた。部長はゆっくり知っていけばいいと言ってくれたが、生憎俺にはそんな大人な余裕はない。若者はせっかちなのだ。俺の知らないリヴァイ部長がいるってだけでもどかしくなる。

…そういえば、と。このあとどうするか決めていなかったことに気がついた。

このままお開きになってしまうのだろうか。せっかく繋いだこの手を、あと少しで離さなくてはいけないと思うと。勿論そんなの嫌だ。でも、リヴァイ部長が帰りたいと言ったら。まぁそのときはしょうがないけど、でもやっぱり。もうちょっとだけ、一緒にいたい。

不意にかけられたエレン、という声。それにハッと我に返って自分より小さな愛しい人を見下ろした。薄く光るダークグレイの瞳が揺らめいて、やけに扇情的に見えた。


「どうかしたか?」
「あっ、いえ……あの!えと、…」
「………」


もごもごと口籠もる俺をただ見上げ、知らずのうちに止まってしまった足を動かす気配もなく俺が切り出すのをじっと待ち続けてくれた。
何かと言って、この人は俺の想像以上に、俺に甘いんだと思う。無自覚なのかは解らないけれど、いきなり唇を奪ってしまったときだって後から咎められることもなかったし。中々事に及ぼうとしないもんだからてっきり嫌なのかと思ってたけど案外あっさり寝させてくれたし。ただ単に優しいだけなのかもしれないけど、俺はどうしてもその優しさに付け込んでしまう。
別にそれを利用しようとか、そういうような考えは全くないが。なんだかどこか心苦しい気もする。それを解っている上でやめない自分を許せなくて、でもやっぱり彼の優しさが、愛おしくなってしまう。今もきっと、こう言ったら彼は断らないだろうから、と。卑劣な考えで彼を誘うんだ。




「…寒い、ですし…部長の家より俺ん家の方が近いから……来ませんか?」

「……ん、行く」


一拍の間を置いて視線をやや前方に傾けたあと、少し俯きながら口許をマフラーに埋めるように小さく頷いた彼の手を握り締めて、彼が少し出遅れるカタチで。
雪が舞い散る暗い夜道を互いの温もりと街灯の灯りだけを頼りに、ゆっくりと歩き出した。


―――



リヴァイ部長ほど稼ぎがないとは言え俺だって一端の社会人だ。最近できた3LDKマンションが現在の俺の住まい。駅から遠い分家賃もお安めで平社員の俺にとってはかなりお得な物件。
ものも少なめな部屋でも毎日の掃除を怠っては綺麗好きの大好きなあの人からダメ出しを食らうと同時に俺の評価が下がってしまう。
だからというわけではないが、日頃しっかり掃除をしていたお陰でこのような事態にも対応できた。…はず、なんだけどなあ。




「…お前、いつもどこ掃除してんだ」


靴棚の上の隅へ赤みがかった白い指先を、埃を集めるように滑らせた彼が深く溜め息をついた。アルコールが入っていたとしても掃除に対する彼の目は曇りはしないらしい。


「ナメた掃除しやがって…クソガキが」
「す、すいません、以後気をつけます…」
「まあいい。……水くれ」
「はいっ!今すぐ!」


若干覚束ない足取りで俺の前を歩くリヴァイ部長を遠慮がちに追い越してキッチンへ急ぐ。グラスを取り出して水を注ぐ間、ソファに腰を下ろした部長はコクコクと船を漕ぎはじめていた。壁に掛けられた時計を見やると短い針が指しているのは1の手前。眠くなるのも無理ないが、いつもきっちりしているリヴァイ部長がコートも脱がずマフラーに頬を擦り付けながら転た寝とは。

普段の部長からは想像もできないほどこんなに無防備な姿、絶対に他のヤツらには見せない。俺だけが知ってる、リヴァイ部長。伏せた長い睫毛が落とす影が肌の白さをより一層際だたせている反面、頬をほんのり染める朱が色気を醸し出していた。眠っているだけでここまで胸を高鳴らせるなんて、これが大人の魅力というやつか。
内側から湧き上がる欲を抑えながら、ゆったりと寝息を立てはじめてしまった部長の前に水の入ったグラスをわざとらしくコトン、と音を立てて置くと目が覚めたのか、数回瞬きをしたのちとろんとした目許を擦りながらグラスを手に取った。


「部長、眠い?」
「……ん…だいじょうぶ…」
「無理しないでいいですからね」


コクッと咽を鳴らせて水を呑む部長の隣に冷蔵庫の中で冷やしていたビールを片手に腰掛け、上下に動く白く晒された喉仏を横目に俺も缶のプルトップに手をかけた。プシュッと小気味良い音を立て冷たい液体を咽に流し込む。甘酒で温まった身体の熱がさらに上がっていくような感覚をアルコールのせいだと思っていたが、どうも違うような気がして。
何気なく視線を隣のリヴァイ部長に投げかけると、少し潤んだ切れ長の目が。俺をじっと見上げていた。

薄く開いた薔薇色の唇が甘い吐息をはいて、心臓が跳ね上がる。ソファの重心が前に出された部長の手に傾き、俺の身体も自然と部長の方へと傾いては缶をテーブルに置いて空になった両手で、僅かに熱を帯びた頬へとあてがい目を瞑り。愛らしい小さな花の唇を柔らかく塞いだ。



「…ん……っ」
「は、ぁ…ぶ、ちょう…」

自ら絡ませてくる熱い舌に吸い付きながら柔く噛むと、重なった唇の隙間から甘ったるい声が上がる。うっすら目を開けると悩ましげに顰められた眉と閉ざされた瞳が扇情的に映り、互いの粘膜を深く重ね合う度に欲望が掻き立てられて舌の動きが激しさを増していく。
静かな新年の夜にぴちゃぴちゃと水音が響き二人をより興奮させるこの状況は。やっぱり俺の煩悩は払われることはなかったらしい。きっといくら鐘をつこうが俺の、この人に対する煩悩は永遠に拭われることはないだろう。
徐に離していく唇から引く銀の糸は俺とリヴァイ部長を繋ぎ、部長は欲情しきった顔をしていた。ああ、だめだ。そんな顔されたら、抑えられなくなる。


「ん、はあっ、リヴァイ部長……リヴァイさん…!」
「あ、んん…えれ、エレン…なあ…エレン…」
「…はい?」





「エレン…今…すごく、シたい…抱いて……ッ」


涙目で懇願するリヴァイさんの手は俺の袖を握り、カタカタと震えていた。





To be continue...


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