愛しきその手の温もり | ナノ

愛しきその手の温もり




「リヴァイ部長っ!」


マフラーを口許まで引き上げて佇む俺の目の前に現れたそいつは、犬さながらに尻尾を振り乱しキャンキャン鳴きながら駆け寄ってきた。
星の輝く寒空の下。犬もといエレンは白い息を吐きながらお待たせしました、と呟いた。俺が到着したのはほんの2分前のことで、別にそこまで待ってないと言うとにっこり微笑んで俺の手を取った。


「じゃあ行きましょうっ」


俺の手より遥かに温かいエレンの手に包まれて、それをカイロが入ったポケットにすっぽり収められると二人並んで歩き出した。

―――エレンは俺の部下である。
何ヶ月か前にいきなり告白されて、そのときは俺もなにがなんだか解らなかったが、まぁ色々あって今はめでたく恋人同士という関係にある。勿論俺もエレンを慕っているというカタチであるが、それは追々話すとして…。
3日程前だったか。仕事の帰りにエレンから初詣へ一緒に行かないか、と誘われた。
初詣なんて、もう何年も行ってない。独り身だった俺は誰かと行く気にもなれず、かといってひとりで行くのもなんだか気が引けるものがあるしで、ましてや人に誘われるだなんて。久しぶりで。恋人と行くことなんて初めての領域だ。断る理由も特になく、エレンの誘いに了承した。

そして現在に至る。鳴り始めたばかりの除夜の鐘が静かな歩道に鈍く響き渡る中、成人済みの大人二人が若い恋人たちのように歩いているというのは。最初こそは気にしなかったものの、神社に近づくにつれて人が増え、俺たちをちらちらと見てくる輩も増え始めた。笑うヤツこそいなかったが、それが逆に恥ずかしい。
エレンはなにも感じないのだろうか。見上げた年下の恋人は、なんというか。何食わぬ顔で今日冷えますねーだなんて呟いていた。
気づいていないのか、この空気なんかよりも冷たい周囲の視線が!鈍感にも程があるぞ。
肘でエレンの脇腹を軽くつつき、ん?と見下ろしてくるエレンに顎をしゃくり周りを見るよう促したところで漸く気づいたのか。顔を仄かに朱く染めて俯いてしまった。
不覚にも可愛いとさえ思えてしまったこの年下の恋人は。逃避行でもするかのように俺の手を引き小走りに駆け出した。

お前…それじゃ逆効果じゃないのか?
逃げるということは、周りに俺たちはそういう関係ですと暴露しているようなもんじゃないのか?
その証拠に、ほら。ついにクスクスと笑い出した声が俺の耳に届いたのだが。
聞こえているのかいないのか、エレンはただ真っ直ぐに神社へ向かって俺の手を引き続けた。





「…もー、知ってたんなら最初から言ってくださいよぉぉ」
「やっぱ気づいてなかったか」
「あうぅー…めっちゃ恥ずかしい…」


境内に入ったところでエレンの手が離れていった。少し……いや、かなり名残惜しい気もするがさっきのような目にあうのはごめんだ。なにより、俺よりエレンの方が恥ずかしくて耐えられんだろう。俺はというと、恥ずかしいのは同じだが、周りに気付かれない程度に目立たずこっそり握っているくらいならいいと思うし、できることなら勿論したいに決まってる。だが意外にもチキンだった俺の恋人は、たぶん、家に帰るまでは無理だ。
そんなチキンだが、俺をリードしようと頑張る姿は微笑ましいもので。大きな鳥居を貫いた長蛇の列の最後尾までコートの袖口をちょん、と摘んで誘導してくれた。そんなことしてくれなくてもひとりで行ける、そんなの解ってるが、こんな些細なことでもちょっぴり嬉しくなってしまうんだ。どこからかふわふわと降ってきたこの雪が俺の火照った頬を冷ましてくれると信じている。…やっぱりいい、前言撤回。寒いからこのまま暖かさを保っていたい。
…正直、さっきまでのエレンの手が恋しい。
必死に体温を保持しようと腕を抱きながら小刻みに震える俺の頭上から雪と共に白い息が降ってきた。


「…リヴァイ部長?寒いんですか?」
「ん、あぁ……ちょっとな」
「手ぇ出してください」
「手?……ほらよ」


家を出て少しして気づいたことだが、バカなことに手袋を忘れてしまっていた俺の手は触れた人間全てが凍てつく程に冷たくなっていた。カイロでもくれるのだろうか、エレンに向けて手の平を向けて差し出すと、違ったらしい。反対にして、と言われたので大人しくそれに従ったら。赤く悴んでしまった俺の指先がそっと温もりに包まれた。それだけでは飽きたらず、俺の手を白く染めるかのようにハーッと息を吹きかけ吹きかけ、両手で挟んでは擦り、また息を吹きかける。


「おい、エレン!んなことしたらまた…」
「貴方が寒がってるのにそんなの気にしてられないです」
「――ッ!……この…バカ…っ」


俺の罵倒なんてもはや耳に入らないと、冷え切った手を温めることに専念して白い息を吐き続けるエレンが。恋しい。
伏せた睫毛の隙間から覗く光の粒はまるで星空のような。すぐ近くにあるように見えて、実は何万光年も離れている星たち。
俺の手は、その星に手が届くのだろうか。エレンという存在は、果たして俺が触れていいような代物なのだろうか。…まあ、俺がどうこう考えたってエレンのことだ。きっと俺が嫌だと言ったって自分から近づいてくるに違いない。
俺はその優しさに縋ってしまう。今だって、振り払うこともできずにエレンの優しさに、温もりに、甘えている。でも…どうか。来年も再来年も、俺たちが知り得ないまだ未来の先も、どうか、エレンの隣にいられますように。


「部長?どうかしましたか?」
「ん?……いや、別に。エレンよ…お前…あったかいな」
「あったかいですか?」
「…あったかい」


本当は今すぐ懐に潜り込んで抱き締めたい。でも流石にそれはできないし、なにより手から全身に伝わる温もりと俺を見下ろす月色の瞳で、もう既に熱いくらいで。抱き締めたりなんかしたらきっとどうにかなっちまう。

俺の手を握り込むエレンが、もうすぐ新年ですよ、といって間もなく周囲からのカウントダウンが湧き上がった。

新年まで残り時間、あと10秒。


「リヴァイ部長、一緒に数えましょう!」
「…ああ」



――あと5秒。


――4秒。


――さん。


――に。




―――いち。



あけましておめでとうございます、エレンが呟いた声は歓声と拍手と溢れかえる着信音で掻き消された。が、俺にはちゃんと聞こえた。甘酒呑みたいですね!という言葉まで、一字一句間違えることなく。
その返し、確とエレンの言葉を鸚鵡返ししてやった。勿論、前者の方で。


「あけましておめでとう、エレン」
「おめでとうございます!あっ、ところで甘酒は…」
「ほらもうすぐで俺たちの番になるぞ、賽銭用意しとけよ」
「あれっ、甘酒……あっるぇ?」


徐々に進んでいく人の波に乗せられて鐘の鳴る方へ近づいていく。俺とエレンは一旦手を離し財布を取り出し、その中から10円玉を一枚握り締め財布をポケットに戻した。エレンも同様に、財布の中なら鈍い金色の小銭を出した。よく見たら穴があいているな。5円玉か、とどうでも良いような思考を巡らせていた俺の視線に気付いたエレンが、それを顔の横に持って俺に見せてきた。大して変わりはないどこにでもあるような、ごくごく普通の5円玉。
ちょっと綺麗になってはいるが…見せつけるほど綺麗でもない。


「知ってます?5円玉って、ご縁を呼ぶんだそうです!」
「そうか。お前は俺の他に新しいご縁を呼びたいと、そういうことか」


へへん、と鼻高々にうんちくたれるエレンをからかってやりたくて、柄にもなく頬を膨らませてそっぽを向いてやった。

するとまぁうるさいのなんのって。
すいません、あの、違うんですそうじゃなくて、こっち見て!部長ッ!!と次第に声に焦りを滲ませるエレンが可愛くて。向き直っては冗談だと笑ってのけると呆れたような、ほっとしたような表情をされた。
しかしそれは瞬時に優しい微笑みに変わった。
口角を緩く上げたエレンが俺の左手を取って熱を帯びたカイロを握らせて、10円玉が入った右手から賽銭を取り上げて俺のコートのポケットに突っ込まれた。
なにがしたいのか、小首を傾げると空になった俺の手の中にスルリと細い指が滑り込んではぎゅっと握り締めた。


「っ…、……エレン…いいのか?」


身体の奥がぶわっと沸騰して、自分でも解るほど酷く赤面した。繋がった手からエレンへと視線を移すと隣に立つ彼は斜め前を向いていて、耳は寒さか、それとも俺と同じなのか、赤く染まっていた。


「だって…寒いでしょ…?……あ、ほら、進みますよ」


もごもごと口籠もりながらも確かに伝えて、再び俺の手を引いた。チキンのくせしてたまに大人ぶって紳士に振る舞う優しい恋人に惹かれて、引かれて、躓かないように足並みを必死に揃えて隣を歩く。
見られてる。目立ってはいないものの、やはり誰かに見られてる。知人がいるかもしれない、近所の人間がいるかもしれない、エレンの同期のヤツらがいるかもしれない。
でももう、そんなの見えない聞こえない。エレンの触れてる右手に全神経が集中して、恥ずかしいけれど、今とても。幸せだ。

そしてとうとう俺たちの番になった。段差に気をつけながら賽銭箱の前に二人で立ち並び、エレンの手が離れていった。一礼して、まだ温もりの残る手でポケットの中のひやりと冷たい賽銭を取って、投げ入れて。パンパン、と手を打ち目を瞑った。




―――エレンと、ずっと一緒にいさせて下さい。



こんなに幸せな年越しは、生まれて初めてだ。エレンのおかげでいい年になりそうだ。


しょうがないから、甘酒並ぶのに付き合ってやるか。





To be continue...


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