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呟かれた言葉に鳳は表情を歪めると勢い良く顔を上げた。視界に映ったのは、肩を震わせながら俯く名前の姿。涙を堪えているようにも見えた。
その姿に鳳の胸には針で刺されたような鋭い痛みが走った。
「……長太郎は俺の事、嫌いなんだろ」
「ち、違う!」
名前の問い掛けに今度はかぶりを振って答えた。
「……名前の事、嫌いになんかならないよ」
「じゃあ何で何も言わないんだよ。言ってくれなきゃ……そういう意味で、とっちまうじゃん、か……っ」
到頭、嗚咽を漏らし始めた名前に鳳は罰悪そうに俯いた。
昔から争い事や暴力が嫌いだった鳳は今回の件でも多少なりの不快感があった。自分と宍戸の為と頭では理解していても、態度には露骨に出てしまっていた。
その結果、名前を泣かせる羽目となった。クラスの大半に陰口を叩かれている名前にとって、鳳は唯一の友人であり味方だった。普通なら彼が名前を守るべきだ。ましてや名前が陰口を叩かれる原因は鳳自身にもあるのだ。
「(……俺は、なんてことを……)」
自分の過ちに気付くと同時に、鳳は収拾のつかない自己嫌悪に駆られた。目の前には涙を指で拭う名前の姿があった。見るなり胸が心苦しくなった鳳は堪らず席を立ち上がった。
「名前、ごめん。俺、名前が跡部さんを殴ったことが許せなかったんだと思う。俺たちの為にしてくれた。それは分かってたつもりだったんだ。でも結果的には名前を傷つけた。本当にごめん」
正直な気持ちを伝えると、鳳は頭を深々と下げた。名前は鼻を啜ると涙を拭いながら顔を上げた。
「……じゃあ、俺のこと嫌いじゃない、のか?」
名前は鳳を見上げると、恐る恐る訊いた。涙で充血した目には不安の色が見え隠れしている。
「嫌いじゃないよ。寧ろ名前の事、好きだよ」
鳳はそれを取り除くように微笑むと、優しい口調で答えた。そして未だ流れる名前の涙を親指で拭った。それに安堵したのか名前は再び涙を流した。
「ねぇ、逆に名前は俺のこと好き? それとも、もう嫌い?」
その問い掛けに名前はかぶりを振った。
「嫌いなわけないだろっ……俺だって、長太郎のことが好きだ……、っ」
嗚咽を漏らしながら答える名前を鳳は黙って自分の胸元へ引き寄せると彼の頭をポンポンと叩いた。ごめんねと再度謝る鳳に名前は大丈夫とだけ答えると彼の胸に顔を埋めた。
「なぁ、なに教室で恋愛ドラマやってんだよ」
その様子を遠巻きから見ていた今田が呆れたように呟いた。今田の言葉で我に返った名前は慌てて鳳から離れると周囲を見渡した。クラスメートたちが二人を白い目で見ていた。あれほど名前に嫉妬していた女子たちまでも今では諦めの色を見せていた。
「いや、これは、その……!」
「はいはい、もういいからねー、もう今更何言っても無駄だから」
今田は名前を一蹴すると溜め息を漏らした。周りは未だに哀れむような蔑むような目で二人を見ている。
名前は助けを求めて鳳を見た。だが彼は頭を左右に振るだけだった。名前の顔は見る見るうちに青ざめていった。
そして数秒後には名前の嘆き声が教室内に響くのであった。
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