山羊の寝床 | ナノ

 4-2

「降りて来てくださいよ〜」

「美味しいお菓子がありますよ〜」

「悪魔様〜」

「じゃあまずはそのわきわきした手をやめろ!!触ろうとすんな!!」

「おい、その背中の羽は鳥の物か。コウモリの羽とどう違う」

「お前から焼き殺すぞアホーキンス!!」

きゃあきゃあと黄色い声を浴びせられても、それはみーんな男の野太い声。
おれは船の1番高い所(マストの上の…見張り台かこれ)にしがみついたまま下を威嚇する。さっきのように瘴気の炎を吐けば、また「すげー!」の歓声。もうお前ら頭おかしいだろ!

「おいアホーキンス!」

「なんだ」

「率直に聞くぞ。おれは帰れるのか」

「それはついてはおそらくお前の方が詳しいだろう」

…その通り。
おれも魔界や魔術に関して博識とは言えないが、少なくとも素人のこいつよりかは、ちょっとは分かってる。
だけど、だからこそ聞きたくもなるってもんだろう。

悪魔がこっちに呼ばれるっていうのは、人間が呼び出すための書を開いた時点からもう契約が始まっていると言って良い。そこには掟だったり理だったりがあって、呼ぶ方も呼ばれる方もそれに縛られる。

それなのにホーキンスはそれを無視した。

…今のはこいつが勝手にルールを破ったみたいな言い方だが、本来無視なんてできるものじゃないはず。儀式が失敗すれば、良くて何も起こらないが、悪ければ理に引きずり込まれたりその場で死んだり。
異界の異形を呼ぶことには、それくらいの覚悟がいるってことなんだろうな。

「さっきの質問だが、反対に俺が聞こう。お前はあちらに戻れるのか」

「………」

「魔方陣を消せばどうなる」

「…たぶん何の意味もねえよ」

「ならこちらでお前が死ねばどうなる」

「…そんなもん消えるだけだアホ」

「契約破棄の方法は」

「…その契約さえちゃんとしてねえのに破棄も解消もあるかよ」

「その翼は使わないときはどこに隠している。見えないだけなのか」

「…そりゃあお前これは……どさくさに紛れてんじゃねえよ!!」

「船長、悪魔様怒らせちゃダメですってば!!」

ああもう分かって来たぞ。こいつのこの雰囲気。
馬鹿にしてんのかってくらいのフリーダムっぷり、こいつこれが素だ!!
気になるから触るし、自分が知らないから聞く。周囲の状況を気にしないで、好きなように行動する厄介なタイプか。

「お前、周りから面倒臭い奴って言われるだろ」

「……そうなのか?」

「いやもう慣れまし…ごほん!えっと、いやー俺たちはそんなこと考えませんよ!」

めちゃくちゃ思われてるらしい。しかも慣れられてるらしい。相当か!!

「よく分からないが、面倒なのはお互い様だ」

「ああん!?」

「お前がそこから降りて来ない限り、俺たちはお前を気にする」

…降りても気にするくせに。
ギロリと見下ろしてみても、ホーキンスは無表情に、他のクルーたちは心配そうにこっちを見ている。さすがに空気を読んだようで、俺を触ろうとわきわきしていた手は引っ込めている。出来るなら今後も見たくない。

「こっから降りてどうすんだよ。お前のぱちもんの魔術書めくって帰り道探せってか?」

「可能性は0じゃない。だが、そこにいるなら限りなく0に近い」

「これからの街で、もっとちゃんとした本や資料も手に入るかもしれませんよ」

「ぐ…うううう…!!」

「だから、まずは降りて来い」

ホーキンスがこっちを見上げたまま、両手を背後にまわした。ノータッチってか。
それを見たクルーたちもホーキンスに倣い、慌てて両手を隠す。
悪魔に完全に無防備な姿をさらすこいつらを、今なら焼き払うこともできるだろうに。

悔し紛れにそう言ってやると、不思議で仕方ないと言わんばかりに首を傾げる。

「俺たちがここで全員死ねば、お前は帰る手立てを失うと言って良い。
悪魔と言えど、何の糧も知識も無しにこの海を越えられるとは思えない」

「ぎ、ぎいい…だあああどちくしょう!くたばれ!!」

「だから俺たちがくたばったらお前は」

「分かってるわバカ!いちいち反応すんな!!」

しまっていた翼をまた開いて宙に飛び出すと、小さな歓声があがった。
蹄で木の床を軽く叩いて、ホーキンスの前に降り立つ。手は背後にまわったままで、さっきまで俺を見上げていた目で、今は見下ろすかたちでこちらを見ている。
…まばたきしてんかこいつは。

「良いか、これ以外に道が無さそうだからこうするんだからな!」

「分かっている。それが最良の判断だ」

本当に、これしか道が無いらしい。俺、今朝(いつも夜だったけど)普通に起きて学校行って遊んでたはずなんだが!!どうしてこうなった!!ホーキンスのせいだよちくしょう!!
腹をくくってその場に座りこむと、こっちに来てから1番大きな歓声があがった。

目の前に何かを差し出されたので見てみれば、ホーキンスが手袋を外した手を出している。真っ白で、血が通ってるのか少し疑った。
友好の握手のつもりか知らないが、誰が!!

ぷいっとそっぽを向いて尻尾ではたくと、「良いなあああ!!」と何度目かの歓声。

もう俺お前らのこと何にも分からんわ!!




「悪魔と安全に契約したいなら、まず君が人間をやめれば良い」


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