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*流血はありませんが、若干の暴力表現があります










喜怒哀楽。
人の感情を4つにざっくり切り分ければ、誰でも知るこの言葉になる。

また、2つに分けるのなら正と負。
喜怒哀楽を正負で分けるなら、喜と楽が正、怒と哀が負になるだろうか。

…と、まあ。
ここまで感情うんぬんについて少し並べてみたところで、心理学なんてものはドフラミンゴは深く考えたことはないし興味もたいして無い。それでも彼は今の所こう思っている。

正を支えるのは負。その逆もまた然り。
使い古された言葉に言い換えれば、光があれば影がある。
貴族と奴隷がいるように。海賊と海軍がいるように。
どちらか一方だけが存在するなんてことは有り得ないし、もしも有り得たとしてもそれはドフラミンゴが想像するに、耐えがたい程の「退屈」だった。

ドフラミンゴは思考することは嫌いではない。緻密な計算や計画は好ましいくらいだ。
けれど、それをダラダラと語ることは嫌う。だから行動で示す。

「ハルアちゃん、今の気分はどうだい?」

「−っ、っ!っ!!」

ドフラミンゴが片足に少しだけ体重をかけただけで、床にうつ伏せで転がる体からぎしりと小さく嫌な音がした。
真上から本気で背中を踏み付ければ、大人の背骨だって踏み折る自信がある(やったことはまだ無いけれど)彼からすれば、こうして小さな子供の身体をギリギリ傷付けない程度に体重をかけることは思ったよりもコツがいることだった。

「やってみると案外難しいなあ、こりゃあ。ちょっとやりすぎれば踏み抜いちまいそうだ」

「ど、ドフラミンゴさ、くるしっ…っ」

「ンン?これくらいならまだ息はできるのか。ならまだ大丈夫だな」

「ドフラミンゴさん、っぐ!」

微妙な加減でまた少しだけ足に力を入れると、息を吸い込むこともできなくなったようで、口からは乾いた音しか出て来なくなった。
それでも何とか起き上がろうと腕や足に力を入れているようだが、ドフラミンゴの足がそれを許さない。

「ほら頑張れ。窒息死は汚ねえぞ?」

「−っ!−っ!!」

「…ああ、やっぱり顔が見えなきゃつまらねえなあ」

ぱっと踏み付けられていた足がどいた瞬間を見逃さず、大きく息を吸おうとするが、空気がのどにひっかかったようにほとんど入ってこない。
背中からどけた足でころりと体を反転させられて、今度は仰向けにされた瞬間に「本当にまずい」と警鐘を鳴らしっぱなしの本能に従って這って逃げ出そうとするも、体を起こす間も無く今度は腹に降りて来た足で床に抑え付けられる。

「やっぱりこっちの方が良いなあ!だが腹の方が気を付けねえと本当に踏み抜きそうだな…フッフッフッ」

その言葉通り力加減に気を遣っているのか、さっきと違って呼吸はできる。それでもひゅうひゅうとしか吸えない酸素ではすぐに頭が回らなくなってしまう上に、感じる痛みがさっきの比ではない。
仰向けになったことでドフラミンゴの顔が見えるようになったが、さっきまでの楽しそうに会話していた時の表情と何も変わらない。

「ぼく…何、か…しましたか…っ?」

「いやあ?俺は今怒ってる顔をしてるかい?してねえだろう?」

「じゃ、何で…」

「言ったろう。負の感情の無い人生なんてクソだぜって」

「…?…?」

「そんな分からねえって顔するんじゃねえよ…。俺はもう答えを言っちまってるのに」

涙で視界がぼやける中、ドフラミンゴの表情を伺うことももうできない。それでも声色が分かりやすくつまらなそうな雰囲気に変わった。
あとはもうお前が理解するだけだとでも言いたげなその雰囲気に、ろくにまわらない頭を無理やり動かす。

「ぼくに…それ、無い…ですか?」

「フフッそれって何だい」

「負の、かん…じょ…?」

声を出すたびに空気が逃げていく。いよいよ吸うこともできなくなり、視界どころか思考ごと白くまたたく。
ドフラミンゴの言う、自分に足りないもの、欠けているもの。
彼が言った「負の感情」そのままでは答えにはならないらしく、足がどけられることはない。

「ハルアちゃんはよく笑うよなあ。楽しそうにしてるところならよく見る。嬉しくても笑うんだろ?
今は泣いてるなあ?どうした、笑わないのかい」

そう言いながらも足は変わらず腹の上にある。
ドフラミンゴは考えろと言う。なのに頭を動かす酸素が無い。
可愛い、好き、愛していると囁く。その割にやっていることはハルアには優しくないことがほとんど。そしておまけとばかりに周囲を怒らせる。もはや何が目的なのか分からない。

ハルアも前々から思っていたことだが、ドフラミンゴの言う愛はハルアの知っているものとはかなりずれている。

理不尽。
訳も分からないまま遠のく意識をつなぎながら、その一言が浮かんだ。あまりに理不尽。あまりに勝手。
ふつふつと、踏みつけられた腹から熱い何かが湧いてくる。痛みとはまた違う熱に、酸素が届かない頭がいっそう大きくガンガンと鳴る。

たすけて!誰かたすけて!

自身の腹の上にのさばる足からではなくて、この得体の知れない、腹の中のものから逃げ出したい。煮えるような凍るような、何かが腹から喉へ上がっていこうとする。
たすけてほしい。この何だか分からないものが恐ろしい。

「喜怒哀楽って言葉くらい知ってるだろう?」

きどあいらく。もちろん知っている。
まさに読んで字のごとく。
人の感情の喜びと怒りと哀しみと楽しみの4つ。

ドフラミンゴは、何かが欠けているのだと言う。そしてその何かとは負の感情?

あっ

ガシャン!と頭の中で何かが崩れ落ちて割れたような気がした。
いよいよ酸欠で脳が死に絶えたのかと思ったが、一気に喉に流れ込んだ空気で我に返る。
足がどけられたのだと気付くのには少し時間がかかった。そんなことより今は呼吸である。

「−っか、げほっ!げほっ!!ドフラミ、げほげほ、お、おえ」

「色気ねえなあ…。分かったかい?難しい話じゃねえはずだろう」

突然どけた足を、ベッドに腰掛けたまま自然な流れで組みながら、ドフラミンゴはやれやれと溜息を吐いた。過呼吸寸前まで深い呼吸を繰り返す小さな体を眺めながら、それが落ち着くまで口を閉じた。

「…はあっ、ド、ドフラミンゴさん、げほっ
…でも、まさかこんなこと」

「んん〜?」

「ぼくには、いえ。ぼくは…
怒ることが、できない…?
喜怒哀楽の、怒が、無いって言うんですか…?」

「…フフフ」

ぎしぎし軋む体では立ち上がることができず、その場にへたりと座り込んで見上げてくるハルアに、ドフラミンゴは今までで一番優しい顔で微笑んだ。



愛ゆえです。愛ゆえです。愛ゆえなのです。




あとがき
久々なのにバイオレンス。ドフラさんは好きな子の痛がったり苦しむ顔を見るのは好きじゃないけど、ためになる苦痛()だと思うと何のためらいもなくバイオレンスふるうドゲスミンゴさん。
就活による休止明けに書いたものでしたが、内容も文もかたーい!かたーい!!あとおもーい!!ドフラさんの愛もおもーい!!
管理人:銘


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