その11-1 [ 17/50 ]

きらきら光りを受けて輝く缶。
フタに大きく『COOKIES』と書かれてはいるが、元の中身はとうの昔に消化されてしまったらしい。

「もう少しでいっぱいですね」

かぽん、と気の抜ける音を立ててフタを開け、ほとんどいっぱいになった缶の中身がさらに増やされる。
色とりどりの小袋や包装紙がぎっしりと詰まったそれは、またかぽん、と音を立ててフタが閉められた。

「ルッチ、尾が邪魔なんじゃが」

「黙ってろ」

びゅん!びゅん!と風を切る長い尾を、カクが嫌そうに手で払う。
払われた本人は特に気にするでもなく、柱の陰でこっそり身を潜めていた。
気にするという以前に、無表情な彼を代弁するかのような尾の動きに、その彼自身が気付いているかどうかすら怪しいのだが。

「・・・“餌付け”は順調かの?」

「じきにハルアの缶がいっぱいになる」

つまりは彼にしてみればすこぶる順調なわけで、彼の視線の先にいる子供とは真逆と言っていいような悪い笑顔でくつくつ笑う。

偶然通りかかった給仕の1人がその光景を見て、またやってんのかあの人たちは・・・と可笑しいやら呆れるやらで手に持つシーツを抱え直した。

「もうすぐだ・・・もう少しで、くく、くくくく・・・!」

「うわきしょくわる!」

缶を抱えて去って行ったハルアを隠れて見送り、手で顔を覆って笑うルッチに、カクが思ったことを遠慮なしで吐き出す。
そんなカクにハットリも同感らしく、若干明後日の方向を向きながら力無くクルッポーと鳴いた。

まるで数年かけて任務を完遂させたかのように静かにテンションを上げる男。

まるで長い時間世話をした植物が開花したかのように和やかに笑う子供。

天使と悪魔を並べてみました的な組み合わせだが、その悪魔が天使に首ったけだから困ったもので。

事の発端はいつだったか。
今から2週間ほど前、ハルアがまだCP9のことを様付けで呼んでいたころだったか。

カリファに頼んでまで手に入れたプッチの高級菓子を、も、もらいものなんだからね!別にあんたのためじゃないんだから!と顔を赤くしてそっぽを向いてハルアの手にいくつも菓子を落とすルッチに、遠慮しながらも嬉しそうに笑っていたハルア。

※一部、現実と回想に差があったことを深くお詫び申し上げます。

求愛行動兼餌付け目的で行われていた“駄賃計画”だったが、計画開始から1週間経ったころ、カクが気紛れで菓子の感想を聞いてみた。

「実はまだ1つも食べていないんですよ」

苦笑しながら返された言葉に、カクばかりでなく、こっそり聞いていたルッチも思わず無言になっていた。
1つも。
たった1つも。
毎日顔を会わせる度にいちいち理由を付けて捧げて来たものが、一切触れられることなく放置。
まさかの展開に驚きすぎて、壁に“飛ぶ指銃”を多用して給仕長に飯抜き宣言をいただいたのは余談である。

ちょwあの貢ぎ猫ざまあwwwとカクはあくまで紳士的に微笑んでいたが、その余裕も次の一言で崩された。

「もらった物は缶につめてるんです」

「・・・なんじゃと?」

「いっぱいになったらルッチさんとそのお菓子でお茶会を開くんです!」

「「!!!!」」

美食の島で穏やかなティータイムのために焼かれた菓子たちは、大変な遠回りをしながら2度も缶に幽閉されているらしい。
パティシエたちと菓子からすれば早く食ってくれよ!と言いたいところだが、なんとまあ可愛らしいことを言ってくれるのか。

カクはそこからは見えない曲がり角の向こうでしゃがみこんでしまったルッチは無視することにして、とりあえず彼の可愛がる弟分を全力で愛でることにした。

その日の晩、夕食の数がいつもより1人分少なかったのはやっぱり余談である。

あれからまた1週間は経ったか。
ついにハルアの缶はいっぱいに近付き、同時にお茶会の時期も近付いている。
常にルッチの懐には菓子が隠され、一度は甘い匂いに誘われた法の番犬部隊に襲われかけるという珍事件もあったが、それでも彼は菓子を携帯することをやめようとはしなかった。

愛の成せる技であったが、それ以来法の番犬部隊は彼に近付くことは絶対に無くなったとか。

計画実行から2週間経った今でも、ハルアが缶を冷蔵庫の奥でこっそり保管しているおかげで、今のところは楽しいお茶会が食中毒騒ぎになることは無さそうだった。

まあお茶会と言っても、声さえかければハルアはいつでも笑って用意をしてくれる。
実際、アフタヌーンティーや寝る前にいつも部屋に招き入れたりなんかもしているわけで。
だがこの件については重要度が違う。

ハルアが自分の意思で、ルッチにもらっても辛抱して貯め込んだ菓子で、(たぶん)ルッチのためだけに行われるお茶会。
しかも、本人はルッチには内緒で計画しているらしい。
こうやってこっそりと見られているとは思いもせず、少しずつ缶を満たしていく姿は、まるで手に入れた珍しいものを隠す子供のような、仔犬のような。


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