この身と本と [ 5/94 ]

ちっちゃな島に少ない住人、豊かとは言えない商店街。
住人はみんな良い人だけど、言ってしまえばここは退屈極まりない島だ。

そんな島に限って、ログが溜まるまでの期間は1ヶ月。

ええ〜マジかよ〜。
立ち寄る海賊はみんな口をそろえてこう言いやがる。
うるせえなしょうがねえだろ。こういう島なんだよバカ。

豊かじゃないんだから、島を荒らしても何の得にもならない。
憂さ晴らしくらいにはなるだろうけど、どうしたって彼らがここに1ヶ月しばりつけられるという事実は変わらない。ご愁傷様だ。

そんな島なもんだから、私の働く本屋は、たいてい彼らの溜まり場になったりする。
まあ本を見に来るわけだから、酒場で1日中いるような人たちよりかはマシだし、買ってくれるなら海賊だろうが島民だろうが関係ない。
本を読みたいなら歓迎するし、喜ばしいことだ。
私自身が本の虫だから、海賊なんて職業でありながら、難しい古書や面白い小説を買っていく彼らが嬉しくてたまらなかったりする。
物騒な人たちだが、本が好きな人に悪い人はいない、らしい。(でも海賊だよなあ)

だから、私は今日もあの人が来てくれないかと待ちわびている。

この島に到着し、ログが溜まるまでの期間をたまたま港に居合わせた私から聞いて、船員たちは例のセリフを吐いたが、ただ一人だけ。
「仕様が無いさ、休養だと思うしか無い」
そう言って、私の頭を撫で、ありがとう、と。

あらー、近年稀に見る人の良い海賊さん。
いや、私まだ15年しか生きてないけどね。

そのまま彼らは町へと物資の補給へ向かった。
1ヶ月は長いよー?と心の中でつぶやいて、バイト先の本屋へ行けば、さっきの人の良い海賊さん。
人の良い海賊さんはドレークさんというらしい。
ああ、あなたが本を求めるなら大歓迎だ!!

あれから毎日ドレークさんはうちの店にやって来る。
いつも黒い服装(動きにくそうだ)にこれまた黒いマスクそしてやっぱり黒い帽子をかぶって、棚の前で本たちを睨むのだ。
私はそれを時々眺めながら、レジカウンターの中で本を読む。
私にとってはこの店は大きな小さな図書館のようなもの。
毎日違う本を手に取ってカウンターに座る幸せ!(お客さんごめんね)

「チアキ、今日はこれを」

「はいな。あ、これ私も読みましたよー」

「いつもみたいに、そのカウンターの中でか?」

「そりゃあもう」

うっしっしっし、本屋の店員の特権ですからね。
そう言うと苦笑されてしまった。むっ。
今日彼が差し出したのは古い航海日誌。
うちはこんな島にあるわりには大きな店なので、大きな町にも負けないぐらいの本を取り揃ている。
そのほとんどが買われることもなく棚で眠っているのだから、可哀相な話だ。
だから私がこうやって読んであげているのだ。
うっしっしっし。

「ドレークさんは読書家ですね。毎日買ってくれてますもん」

「船に増えすぎると困るんで、いつもはセーブしてるんだが・・・」

分かります、分かりますとも。この島ですからねえ。
娯楽も少なく、豊かとも言えず。
海賊にはここはあまりにも窮屈で退屈でしょうよ。

「チアキは今日は何を読んでいるんだ?」

「偶然にもドレークさんのそれの同著者なんですね」

「ああ、と言うことは俺のこれの3つ前の物、だな」

「おおお、ドレークさん素敵すぎる」

「茶化すな。本の厚さと表紙の色で分かっただけだ」

いやいやいや、苦笑してますけどあなた素敵すぎるだろう!
本の虫としては、手を取ってお仲間ですね!と喜びたい。
いや、海賊(しかも船長らしい!)の彼に本の虫はあまりにも失礼が過ぎるか。
彼なら苦笑で済ませてくれそうだが、やっぱりやめておこう。

それじゃあ、と片手を上げて出て行くドレークさんを見送ると、彼の仲間たちが何人かやって来る。
彼らはなぜか自分たちの船長と一緒には店内に入って来ない。
船長に対する遠慮なのか、それとも本好き同志の暗黙の了解か。
船長であるドレークさんが店を出て、はじめて彼らは店内に足を踏み入れる。
一度どうしてなのかと聞いてみたが、頭をかいて苦笑するばかりで誰も答えてくれなかった。

そうして彼らは、船長と同じように大変行儀が良い。
たいていの海賊は、本好きであってもマナーの悪い人はいくらでもいる。
それなのに彼らときたら、本を優しく丁寧に扱い、私にもまた優しく丁寧に接してくれる。
これは大変に嬉しいことだが、彼らはなんだか海賊らしくない。
本を愛する海賊。うん、素敵な響きだ。みんながそうであれば良いのになあ。

きっとまだまだログは溜まらないだろうから、私はなかなかに嬉しかったりする。
彼らはきっと明日も明後日も、ここに来てくれるんだ。


「チアキ、チアキ」

「・・・あ、ドレークさんいつの間に」

「店員としてどうなんだ、それは」

「あなたたちは悪さなんてしないから良いのです」

「そりゃあそうだが」

はじめて会った時のように頭を撫でられ、悪い店員だ、と笑われた。
手袋越しの手は大きく、腰には大きな獲物を携えている。
この優しい手であれを握るのか。
そう思うと、やっぱりこの人たちも海賊なんだなあ、と実感した。

「ところでチアキ」

「はいなドレークさん」

「お前は生きていくには何が必要だと思う?」

「自分の身と、あとは本があればそれで良いのです」

即答。
そんなの決まっているでしょうがドレークさん。
とんだ本狂いだと笑っていますが、たぶんあなたも似たようなものでしょうに。
こうやって毎日本を買っていくあなたが本狂いでなくて何だと言うのか!
あ、海賊の船長だった!

その日もドレークさんを見送り、しばらくして彼の仲間たちがちらほらと店に現れる。
そして彼らは全員が私にこう言った。

「明日にはログが溜まっちまう。この1ヶ月間ありがとう」

忘れていたのだ。
1ヶ月は1ヶ月。
時が過ぎるのは当たり前のことであり、楽しい時間はあっと言う間に過ぎるものだということを。
そうか、彼らはもう29回もこの店に訪れ、そしてドレークさんは29冊の本をこの店で買ってくれたのか。
やはりあなたは素敵な人だ、ドレークさん。

「チアキ、今日この島を出る」

「らしいですね、今日は本はどうします?」

「今日は、チアキが選んでくれ」

さみしいな、かなしいな。
その真っ黒な姿は、明日にはこの島には無いんだね。
だから、私は思い切り本を選んでやった。
あれもこれもこのシリーズもあの大作もいつか読んだ絵本も。
あなたが船旅で絶対に退屈なんてしないように祈りながら。

「これで全部か?読みたいと思う本や過去に読んだお気に入りは?」

「うっしっし、全部ぶちこみましたよドレークさん」

本の山を抱えて(片腕で!!)、きょろきょろと見回すドレークさん。
大丈夫です。あなたが好きそうなものも全部ぶちこみましたからね。
しかし何十冊あるんだあれは。選びすぎた。
それを片腕で持つあなたは素敵すぎる。

「そうか、後悔はないな、チアキ」

「後悔なら1つ」

「なんだ?」

「私はあなたを好きになりすぎた」

そうだ、なりすぎてしまったんだ。
本好きで優しくてあんまり海賊らしくなくて真っ黒でマスクで実は恐竜になれたりして(初めて見せてもらった時は狂喜乱舞してしまった)、あなたは素敵すぎたもんだから。
だからかなしい。
私はあなたがいなくなった、この本に囲まれた私の城で明日も本を読む。
その明日がかなしかった。

「チアキ」

「はいなドレークさん」

「心配するな。お前はその身と本があれば生きていけるんだろう?」

「はいな、そう言いました」

「なら船の上でだって生きていける、ということだ」

「そうですね。・・・ドレークさん?」

本の山を抱えた腕とは反対の腕で、ひょいと抱えられた。
ただし本よりもずっと優しく丁寧に。
ああ紳士な人。じゃなくて。

「お前の読みたい本は全部この山の中にあるんだな」

「ドレークさん」

「お前の生きる環境は整ったわけだ、チアキ」

夜には出るぞ、と港に歩くあなたはなんて素敵な人。
この小さな島はあなたにも私にも小さすぎたんだ。

「チアキ」

「はいなドレークさん」

「俺だって、好きになりすぎた」

本も、あの店も、お前も。
そう言って本と私を抱えなおすあなたは、何度も言うが素敵すぎるよドレークさん。
うっしっしっし!!


この身と、本と、あなたがあれば。


「船長がいる間は店に入れなかったよな」
「そうそう、あの空間甘かったよなあ」
「片方は本ばっか見てたけどな」
「船長9割チアキの方見てたな」

「ドレークさん、この続きはどこに」
「(本ばかりで構ってくれない・・・)」



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