拾った人魚姫 [ 10/94 ]

「ドレークさん、見て見て」

「ああ、似合ってるぞ」

新品らしいシャツを着た小さな姿にそう言って頬を撫でれば、ぱっと笑って駆けて行った。
きっと他の船員たちに見せに行ったのだろう。

あの小さな子供、チアキを拾ったのはちょうど1年前。
気まぐれなグランドラインの気候に注意しながら、いつものように航海を続けていた。
すると見張りの一人が声を上げた。
正面に船が見える!!
そう言われて、さあ海賊か海軍かと誰もが身構えたが、望遠鏡を借りて見てみれば、どうやらただの商船のようだった。
正面にあったそれは、こちらに気付いたようで進路を反れ、こちらの船から少し離れたところですれ違った。
大砲は届かない距離だったが、肉眼であちらが見える。
物資に困っているわけでもなかったので、手を出さずにそのまま行き違うつもりだった。
だが。

どぼん

あちらの船が、いきなり何かを海に落としたのが見えた。
商船とはいえ油断はできないので、ほとんどの船員がそれを目撃した。
海に放り込まれたのは、明らかに小さな子供。
誰もが驚き、あ、と無意味に手を伸ばす。

思わず海に飛び込みかけて、寸でのところで自分が海に嫌われていることを思い出した。
泳ぎの達者な者に海に飛び込ませ、全員で二人を船上に引き上げた。
小さな子供は、ただただきょとんとした顔で

ビックリした。

とだけ言って気を失った。

その後意識の戻ったチアキに話を聞くと、あの船に親が乗っていたらしく、気が付いたら海に投げ込まれていたらしい。
おそらくは口減らしか厄介払いか。
しかし、それを海賊船とすれ違いざまに行うとは、同情のつもりなのか。
あまりに軽率で横暴な仕打ちに、チアキはやはりきょとんとしたままだった。
そんなチアキをまた海に放り込むことなどできるわけもなく。

自分が海軍にいた当時の部下が船員の大半を占めるため、彼らも自分と同じ考えだったらしく、チアキはそのままこの船で保護することになった。
その時は次の島まで、ぐらいの考えだったが、その島では海賊が忌み嫌われていたため町に出ることができず、その次の島では逆に海賊たちを歓迎する無法者たちの島だった。

じゃあ次の島まで、また次の島まで・・・

そんなことを何度かくりかえすうちに、チアキは完全に船員の一人になっていた。
進んで手伝いはするし、頭も良いようで、戦闘や会議の邪魔はいっさいしない。
そんなチアキに誰もがほだされ、いつの間にやら島に着いても誰もチアキを手放すとは言わなくなった。

「ただいまドレークさん」

「他の奴らはどう言ってた?」

「似合うって。可愛いぞーって」

海の男たちが、揃いも揃って子供にデレデレと。
微笑ましくも可笑しい光景を思い浮かべるが、自分もその一員だと気付いて苦笑してしまった。
億単位の懸賞額を誇り赤旗と恐れられる自分も、どうにもこの子には弱い。
気付けばいつだって頬が緩み、柔らかい頬に手が伸びてしまう。
その度にくすぐったそうに笑われるものだから、結局そのままもみくちゃにしてしまう。

「船長、また船が見えた」

入り口から顔をのぞかせた船員が、チアキに気付いておお、と声をかけて笑う。
それにチアキもうん、と返し、本題を忘れかけた。
船はいつかのように商船らしく、やはりあの時のように大砲の届かない距離を保ちながらも徐々に離れていくらしい。

「行ってくる」
小さな姿が部屋を飛び出し、あっという間に姿が見えなくなる。
これもいつものことだ。

他の船が見えると、いつも甲板に走り、柵に身を乗り出してむこうの船を睨みつける。
最初は自分を捨てた親と船を探しているのかと思ったが、自分のように誰かが投げ込まれないかと監視しているそうだ。

やはり親が恋しいか、と少し寂しく思っていたところにこのセリフはあまりにも攻撃力が大きかった。
その場にいた誰もがチアキ−!と腕を伸ばし、小一時間チアキは代わる代わる船員たちに愛でられ続けた。(もちろん俺も加わった)

今日も離れて行く船を睨みつけ、柵をつかんで動こうとしない小さな姿。
どうやら満足したらしく、ふう、と一息ついて傍で一緒に見守っていたこちらの服をつかむ。

「もしチアキのような奴がいたら、チアキはどうするんだ?」

「助けてあげる」

あれ、結構ビックリするから。と真剣な顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。

「でも次の島で降りてもらう」

「ん?一緒にはいてやらないのか」

「うん、ダメ」

チアキは優しい子だから、俺たちがそうしたように、ずっと一緒にいてあげるの、ぐらいは言うと思っていたが。(まあそう言われても困るが)
どうやら違ったらしく、難しい顔をしながらこちらを見上げてくる。

「ここにいて良いのはチアキだけだから、ダメ」

「!!」

「だから、誰か助けても降ろしてね」

難しい顔をしたまま、服をつかむ手に力がこめられた。
そのつもりだ、と頬を撫でれば、笑って手を添えてくれた。

言われずとも特別はお前だけ。
こんな良い拾いものは、海は広いと言ってもお前ぐらいのもんさ。
もしお前の親に会うことがあれば、船員と俺で一発ずつ殴った後、笑顔で礼を言ってやる。
もちろんお前を返す気なんて誰にも無いが、問題なんて無いだろう?


拾った人魚姫を、そっと懐に忍ばせた


「チアキ、次の島で町に行こう(何か買ってやろう)」
「え、やだ」
「!!(ガーン)」
「やだよ、降りないからね」
「あ、違う、降ろすわけじゃ」
「ずっとここにいるの!!」
「・・・ああ(なでなで)」


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