素直じゃない | ナノ

5. 恋のはじまり


あれからは本当に私の身に何も起こる事なく、平和な日々が続いている。
峯さんの言葉は半信半疑だったけど、どうやら本当にちゃんとあの女達に言い聞かせたみたい。

『今日の街角ズームインは、"本気の恋、した事ある?"です。それでは早速街の人たちに聞き込みに行ってみましょう!』
リビングの大きなテレビからそんな声が聞こえてきて、私の淹れたコーヒーを片手にそれをぼんやりと眺めている峯さんをつい見てしまった。
峯さんは"本気の恋"とやらをした事がなさそうだから。
「峯さんは……どうなんですか?」
キッチンから質問を投げかけると、コトッと小さな音を立ててマグカップをテーブルに置き、ソファの背もたれに寄りかかった。
「そもそも人を好きになった事がないな」
「え?!」
あまりのぶっ飛んだ発言に思わず大きな声が出た。
だって……確か峯さんはもう二十代後半だから一つや二つ、本気の恋をしていたっておかしくないのに。
人を好きになった事さえないなんて、大人になってから聞いた事がない。
少なくとも今までの女性達は峯さんに好意を寄せていたけど、それに対して何とも思ってなかったの?
「かわいそう……」
ポロっと本音が出てしまい、咄嗟に手で口を隠すも時すでに遅し。
「かわいそう? それは俺の事を言ってるのか?」
苛立ちを覚えた峯さんはソファから立ち上がり、キッチンカウンター越しに私を睨んできた。
「いえ……あの…………はい」
この場をうまく逃れる言い訳が思いつかず、最終的に肯定してしまう事となる。
だって、好きな人と一緒にいるだけでも幸せなあの気持ちを峯さんは知らないって事でしょ?
別れたばかりなのに会いたくなったり、メールだけでも飛ぶほど喜んだり、何をするでもなくただくっ付いてイチャイチャしたり……そういうのを経験した事ないなんて寂しいな、かわいそうだなって思ってしまう。
「恋って辛いこともあるけど、それ以上に幸せを感じられることの方が多いから……それを知らないなんてかわいそうだなって思っちゃいました。気を悪くさせてごめんなさい……」
「…………」
難しい顔をして私を睨む峯さんの目を見る事ができなくて、私は目を泳がせながら唇を噛んだ。
「そもそも、俺の事を本気で好きになった女を見た事がない」
吐き捨てるように言って、峯さんはカウンターの端に飾ってある小さい観葉植物を指先で撫でた。
その姿は何だかいじけている子供の様にも見える。
「峯さんがドライすぎるんだと思いますけど……。もう少し心を開いて自分から歩み寄れば、峯さんに惹かれる人はたくさんいるんじゃないかな」
言った後に自分で恥ずかしくなってしまったけど、それは私の本心だったから別にいいかな。
この家にいる時に私に見せている姿は割と自然体な峯さんだと思ってる。
からかわれて嫌になるときもあるけど、たまに見せるだらしない部分とか幼い一面とか、グッとくる時は結構あるから……カッコつけないで素の峯さんを見せたらちゃんと好きになる人はたくさんいると思うけどな。
「……まさか処女のなまえさんにそんな事を言われるとは思わなかったな」
「なっ……! 馬鹿にしないでください!」
口喧嘩みたいになったらどうしようとヒヤヒヤしたけど苛ついた表情は消え、いつの間にかニヤリと笑みを浮かべるいつもの峯さんに戻っていた。
ホッと安心したのも束の間、いつも通りの峯さんに戻った途端、キッチンに足を踏み入れて私の後ろに立ってきた。
「じゃあなまえさんが俺の恋人になるか? なまえさんなら家のことを任せられるし、面白いから一緒にいて飽きなそうだ」
「なっ、何言って……!」
腰に手を回して誘惑するようにうなじにキスをすると、ピクッと反応する私を面白そうに眺めてきた。
「なまえさんの"はじめて"は誰にも渡したくないな……」
「っ……峯さんにも渡しません!!」
甘ったるい視線に耐えられなくなった私は全身を使って峯さんを押し返し、背中を押しながらリビングのソファへ無理やり座らせた。
「もうご飯できますから、ここでおとなしくしててください!!」
「ハッ……相変わらず強気な人だ」
顔を真っ赤にしてキッチンに戻って行く私の後ろ姿にボソリと言った言葉は聞き逃さなかったけど、あえて何も触れずご飯の支度に戻った。
甘いマスクから放たれる誘惑に何度も身を任せてしまいそうになるけど、毎度何とか乗り切ってきた私にやっと峯さんに対しての免疫がついてきたのかもしれない。
美人は三日で飽きるとも言うし、いい加減峯さんの顔や言動に慣れていちいちドキドキするのを卒業したいものだ。









俺は今、なまえさんの自宅アパートの前に立っている。
別になまえさんに会いに来たわけじゃない。
今日明日が休みだと言うのになまえさんは昨日俺の家に手帳を忘れていったから、出かけるついでに届けに来ただけだ。
仕事の予定が書いてある手帳だと言う事は、俺の家でなにかある度に書き込んでいるのを見て知っていた。
休みの日でも、ないと困るだろう。
だが、いざ部屋の前に立つと『休みの日にわざわざ届ける程のものでもなかったんじゃないか?』とか『家まで来るなんて気持ち悪い』とか思われるんじゃないかと色々な事が頭をよぎる。
別に、からかい甲斐のある家政婦にどう思われた所で何もない。
なのに俺はなかなか部屋のインターフォンを鳴らす事ができずに立ち止まってしまう。
なんであんなどこにでもいそうな普通の女にこんな思いをしなきゃならないのか、俺自身さっぱりわからない。

「誰ですか」
ドアの前でインターフォンを押そうか押すまいか悩んでいると、二十代前半の若い男が俺を怪しむように見ながら恐る恐る声をかけて来た。
俺より背が低いとはいえ平均よりも背が高く、気怠そうだが顔が整っているその男はどんどんこちらに近付いて睨みをきかせてきた。
「さっきから見てたけどアンタかなり怪しいんだよね。用があるなら俺が聞くけど?」
インターフォンを押そうか悩んでいるところを見られていたらしく、完全に不審者扱いされてしまった。
この男はなまえさんの彼氏だろうか?
そういえばちゃんと付き合ってる人がいるかどうかは聞いた事ない。
わざわざ付き合ってる人がいると言ってくるようなタイプでもないし、俺はずっといないものだと思い込んでいたようだ。
「いえ、どうやら部屋を間違えたようです。では失礼」
逃げるようにその場を立ち去ると、その男は特に追いかけてくる様子もなく事が大きくならずに済んだ。
アパートの前に路駐していた車に乗り込み、ハンドルに腕を乗せて大きくため息をつく。
「何やってるんだ俺は……」











「なぁ、もしかしてまた変な男につきまとわれてんの?」
弟の康太は漫画を貸してと私の部屋に遊びにきて早々、顔をしかめながら聞いてきた。
「え? 今は何もないけど……何で?」
「実はさっきさ、スーツを着たデカくて怪しい男が姉ちゃんの家の前でウロウロしてたんだよね。心当たりない?」
「スーツを着たデカイ男……?」
それを聞いて峯さんが真っ先に思い浮かんだけど、峯さんが休日にわざわざ私の家に来るはずないし……一体誰だろう?
「何かのセールスじゃなくて?」
「違う。怪しいから陰から見てたんだけど、姉ちゃんの部屋のインターフォン押そうとして辞めたり頭抱えてため息ついたりマジで怪しかったんだって! また前みたいに変な奴に好かれちゃったんじゃないの?」
大学時代にコンビニでバイトしていた時、常連でいつも声をかけてくれてた男の人がしつこく誘って来たり、しまいには家までついてきたりして怖い思いをした事がある。
警察呼んで注意してもらったらその男は怖くなったのかそれから一切私の前に姿を現さなくなったけど、しばらくの間は怖くて弟に送り迎えをしてもらっていた。
「今はそういう感じの人いないんだけどな……何だろう、怖い」
「部屋を間違えたとか言ってたけどあれは多分嘘だと思う。警察に連絡する?」
「まっ、待って! 本当に間違えただけかもしれないし……もうちょっと様子見るから大丈夫。何かあったらすぐに康太に連絡するから、ね」
「…………うん。ちゃんと危機感持てよ」
「心配してくれてありがとね。気をつける」
弟の康太は優しくて姉思いのいい子だからすごく可愛い。
まだ若いけど、中学の頃からずっと付き合ってる彼女がいるからその子と来年結婚するみたい。
私も、結婚したいなぁ。
お目当の漫画を渡すと弟は喜んで立ち上がり、「何かあったらすぐに連絡して」と言って家に帰っていった。
一人暮らしで暇してるからもっとゆっくりしてってもいいのにと思いつつ見送り、静まり返った部屋でさっきの事を思い出して少し怖くなってしまう。
今は明るいからいいけど、夜が怖いなぁ……。
ビクビクしてたものの撮りためていたドラマを再生して見始めたらすっかり見入ってしまい、あっという間に夜を迎えた。

お風呂から出て夕飯もさっと済ませ、バラエティ番組を見ながらくつろいでいると、テーブルの上に置いてあった携帯がブルブルと振動しはじめた。
「え?!」
携帯の画面には、登録しておいた峯さんの名前が表示されている。
今日明日はお休みなのに、一体どうしたんだろう。
ドキドキしながら携帯を手に取り、画面を横にスライドして耳に当てると、耳元から峯さんの低くて掠れた声が聞こえてきた。
「休日にすみません。今大丈夫ですか?」
いつも私に対して敬語を使わないのに、何故か電話越しでは別人のように丁寧に話しかけてきた。
何かあったのかと少し怖くなってしまう。
「はい、大丈夫です。何かあったんですか?」
「……いえ、何でもありませんよ。今何をしてましたか?」
「部屋でテレビを見てましたけど……」
何でもないなら電話をかけてくるはずがない。
峯さんは一体何を言いだすつもりなのだろう。
「そうですか。今から私の部屋に来てくれませんか? もちろん、別途料金はお支払いします」
「え?! なっ、何で急に……何かあったんですか?」
「さっきから言ってるじゃないですか、何もありませんと。暇なのでお酒に付き合ってもらおうかと思いましてね」
何それ……
もしかして、誘ってる?
前に私の処女がどうだとか言ってたけど……。
「先に言っておきますが別に何もしませんよ。つまみでも作ってくれませんか」
「……高くつきますよ?」
「フッ、金ならいくらでも支払います」
お金を払うというならこっちは小遣い稼ぎができて好都合だし、信用は薄いけど何もしないと言ってるから行く事にした。
昼間に弟から不審者の話を聞いて少し怖いのもあったから、どこかホッとしてる自分もいる。
峯さんはすでに飲んでいるという事だから、私は身だしなみを軽く整えた後タクシーに乗って峯さんの自宅に向かった。









峯さんの自宅に着いてインターフォンを鳴らすと、インターフォンには出ずにいきなり扉が開いた。
「急に呼び出して悪かった」
「いえ……」
毎朝見る姿とは全く違う雰囲気に思わず唾を飲み込んだ。
七分丈の黒いVネックから覗く鎖骨と、風呂上がりなのかまだ少し湿って前に降りている前髪が、峯さんにしか出せない色気をこれでもかと放っている。
おまけにいつもと違う香水の香りが鼻をくすぐって、意識するつもりはなかったのにあっという間に心臓の動きはスピードを増した。
もう10時を回っていて近くにやっているスーパーがなかったから、コンビニで生ハムとかチーズとかおつまみになりそうなものを購入し、それらをアンティーク調の小皿に移し替えてから峯さんの座るリビングへと運んだ。
「ごめんなさい、こんな物しか用意できなくて」
「気にしないでいい。なまえさんはどれを飲む?」
テーブルの上には赤ワインや白ワインなどお洒落なボトルのお酒が何本も並んでいて、その中でひときわ目立っているピンク色の細長いボトルのお酒に目を引かれた。
「これ可愛い……!」
「ああ、それはピーチとラズベリーをミックスしたスパークリングワインだ。やはり女性はそういうのが好きなんだな」
クスリと笑って峯さんはピンク色のボトルを手に取り、すでに用意されていたグラスに注いでくれた。
「じゃ、乾杯」
「か……乾杯」
隣同士に座ってる私達は体の向きをお互いの方に向けて、カツンと硬くて心地よい音を響かせながら乾杯をした。
何だか気恥ずかしい。
いつもは明るくて朝のニュースの音声が流れているこの部屋が、抑えめにされている照明と真っ暗なテレビのせいで全然違う場所のように感じる。
流れている音楽は誰の曲かわからないけど、峯さんはジャズが好きなのかな?と思わせた。

「わっ……これ凄く美味しい!」
実はあまりお酒は得意じゃないんだけど、甘過ぎず爽やかな味わいと見た目の可愛さに、ついテンションが上がってしまう。
これを峯さんが飲むとは思えないから、きっと女性を家に連れ込んだ時用に買ってあったんだろうけど……。
「こっちも美味しいですよ」
そう言って私の口元にグラスを持ってきたけど、キツイアルコール臭に一瞬クラッときて思わず顔を逸らした。
「むっ、無理ですそんなの! そんなアルコールキツイの飲んでる事に驚きです!」
「ハハ、なまえさんはお酒が弱そうだ」
たった数口飲んだだけなのに既に頬がピンク色に染まる私の顔を見て、峯さんは笑いながら再び持っていたグラスに口をつけた。

「そういえばこれ、忘れてたぞ」
急に立ち上がるから何かと思ったら、峯さんの部屋の前にある棚から私の手帳を持ってきた。
「え?! やだ、私すっかり忘れてて……ありがとうございます」
ソファの横に置いてあった鞄に手帳をしまって再び峯さんの方を向くと、気のせいかどことなくそわそわしているように見えた。
何か言いたい事でもあるのだろうか。
「何も考えずに呼び出してしまったが……彼氏は大丈夫なのか?」
「彼氏?」
突然何を言いだすのかさっぱり意味がわからなくて、キョトンと峯さんの顔を見ると、眉間にしわを寄せて「え?」と動揺した顔付きになった。
「別に隠さなくたっていい。本当は付き合ってるやつがいるんだろ?」
「…………いませんけど……」
自分で言って悲しくなってきたけど、いないものはいない。
なんでいつの間に私に彼氏がいる設定になってるんだろう?
私、そんな風に思わせるような事言ったっけ。
「……そうか」
腑に落ちない顔で「そうか」と言われても、こっちも納得がいかない。
彼氏がいてもいなくても仕事には関係ないからいいのかもしれないけど。
「あの……違ったらすみません。もしかして……今日私の家に来ました?」
「……!」
それを言った瞬間の峯さんの反応ですぐに分かった。
やっぱり、弟が言ってた不審者は峯さんだったんだ。
「いや……隠してたわけじゃないんだ。たまたまそっち方面に用事があったから手帳を渡しに寄ったら、なまえさんの家に男が来たから引き返しただけだ」
「男?……あ、康太の事ですね。あれは弟です」
「弟?」
弟と聞いて峯さんは目を丸くして驚いた顔をしてたけど、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。
「峯さんだったなら安心しました……。はぁ、本当に良かったぁ……」
「どういう意味だ?」
コンビニの常連さんにストーカーもどきの事をされた話をしたら、自分が不審者に間違われていた事に少しショックを受けてるようだった。
私は胸のつっかえが取れて、とても晴れ晴れした気分だけど。
「弟に言われてからずっと怖かったんです。正体が峯さんだったと知れたから、今夜は安心して眠れそう」
脱力してソファの肘掛にもたれかかり、吸い込んだ息を大きく吐き出した。
「疑いが晴れたなら良かったが、俺としては何だか気分の悪い話だ」
「あはは、ごめんなさい」
ケラケラ笑いながら峯さんを見れば、私につられて峯さんも笑いだして場の空気がぐっと和んだ。
私の家の前でインターフォンを押そうとしたのを辞めたり、頭を抱えて悩んだりしてた事は、峯さんの前では知らないふりをしておこうと思う。
家の前でそんな事をしてたのかと想像すると笑えてくるけど、私のために手帳を届けに来てくれた事が何よりも嬉しい。

それから私達はお酒を飲みながら会話が弾み、気付いたら峯さんのお家に来てから3時間も経って夜中の1時を回っていた。







「ん…………わっ!」
会話がひと段落ついてソファに寄りかかったらそのまま眠っちゃったみたいで、自分自身に驚いた私は大きな声を出して飛び起きた。
「ごめんなさい! 私、寝てましたよね……」
私の隣で飲んでいたはずの峯さんはいつの間にかメガネをかけて、お酒が片付けられたテーブルの上にノートパソコンを開いて仕事をしているようだ。
「そのまま寝てていい。明日何か用事はあるのか?」
「ないですけど……こんな所で寝てたら仕事の邪魔ですから」
そう言うと峯さんは私の上にいつの間にか掛けられていた薄手の毛布をもう一度私の体にかけ直し、「邪魔じゃない」と言って再びパソコンに体を向けた。
帰らなきゃと思っても一度寝てしまうともう睡魔には勝てなくて、峯さんの優しさに甘えて再び眠りについてしまった。









アラームはかけてなかったけど、いつもの癖で6時に目が覚めた私は、隣で一緒になって眠ってしまっている峯さんを起こさないようにそっと私が使っていた毛布をかけ、こっそりと洗面所を借りて最低限の身だしなみを整えた。
それから音を立てないよう静かに朝ご飯の支度を始めたけど、やっぱりどうしても音が出てしまうから峯さんが起きてしまった。
「すみません起こしちゃって……。朝ご飯用意しておくので、部屋で寝てて大丈夫ですよ」
「いや、もう起きるから平気だ」
峯さんは垂れた前髪をかき上げてそのまま伸びをすると、顔を洗いに洗面所へ入っていった。
頼まれてもないけど勝手に朝ご飯作っちゃって大丈夫だったかな?
それに、起きたならさっさと帰った方が良かったかもしれない。
色々考えていたら顔を洗い終えた峯さんがキッチンカウンターの前にある椅子に座り、朝ご飯の支度をする私を眺めてきた。
「あの……昨日は寝ちゃってすみませんでした」
「気にしないでいい。こっちこそ休みの日まで付き合わせてすまない」
「私は全然大丈夫です。何も予定入ってないんで」
まだ寝起きだからボーッとしてる峯さんに、暖かいコーヒーを淹れてカウンター越しにマグカップを渡すと、「ありがとう」と受け取って一口コーヒーをすすった。
するとまたキッチンにいる私をじっと眺めてきて、やりづらいなと感じた私はチラチラと峯さんの方を見ながら、「なんですか?」と声をかける。
「なんだか……ふと、結婚したらこんな感じなのかなと思ったんだ」
「え?」
幸せそうに笑みをこぼす峯さんを見て、私の心にズキュンッと矢が撃ち抜かれたような衝撃が訪れた。
結婚なんて御免だと言っていた峯さんが、まさかそんな事を言いだすなんて。
「結婚も悪くないかもな」
それだけ言って峯さんは立ち上がり、ドキドキして何も言えないでいる私をキッチンに残して「着替えてくる」と寝室に入っていった。
卵焼きを焼いていた手が完全に止まり、焦がしてしまいそうだから一旦火を止めた。
「結婚……かぁ……」
いつかはしたいと思っている結婚。
もし峯さんと結婚したら……
そんな事を想像して一人顔を赤くしながら悶える私は、はたから見たらかなりマヌケな顔をしてるだろう。
昨日の夜、峯さんは最初に言っていた通り私に手を出す事なくただ楽しくお喋りをして、眠ってしまった私に毛布をかけて寝かせてくれた。
いっぱい話したはずなのにまだまだ話し足りなくて、峯さんの事をもっと知りたくて、ずっとこのままいられたらな、なんて思ってしまった。
私、峯さんの顔だけじゃなく、中身にまで心惹かれている。
……これは恋なのかな?
まだハッキリとはわからないけど、確実に峯さんの事を男の人として意識している自分がいた。






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