まぐわい注意




「っあ、ああんっ、はあっ」

いつもと同じホテルの一室で、同じような時の流れで、同じような声。することも全く同じ。

「っ、」

覆い被さって腰を振る年下の男は、徐々に律動を緩めて、余韻に浸る吐息を漏らす。あぁ、やっと終わった。この顔を見せぬよう、真横を向いて、心底冷えた表情をする。もう、癖だ。
満たされていたものが、気色悪く抜ける感覚。

「ニクスさん」

頬にキスをひとつして、呼びかけてくる。そんなこと、しなくたって返事のひとつやふたつくらいしてやるのに。

「どうした。足りないか?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何」
「ニクスさんは、いいんですか?」

何が、と言いかけて気がつく。行為の醍醐味でもある、まあその、絶頂に達する、要するにイクこと。もう、何度も言ったろうに。未だに気にしているらしい。
そんなこと、目的じゃない。私の目的は相手を快楽に導くこと。じっとして、あんあん言って、時を待っていれば、大抵好き勝手にしてくれる。私のことは、私だってどうでもいいのに他人が気にしてくれたって仕方がない。

「何度も言っただろう。私の事は気にしなくていいんだって。そんなことを言う暇があれば上を退け」
「……すみません」

いくら回数を重ねてみても慣れないもので、脚の脱力感が否めない。脱ぎ散らかした下着をきちんと着用して、ワイシャツを急いで羽織って、鞄をがさごそ探ってやっと見つけた安定剤を流し込む。そろそろ薬切らしてしまうな。
枕に顔を伏していると、つんつん、と横腹をつつかれる。どうしてこいつはこうも遠回しで面倒なのか。じろりとそっちを見てみると、もう既にきっちりと制服を着て、仕事の早いもんだ。

「……終わったならさっさと部屋を出ようってか?そうだな、ホテル代は佐久間くん持ちだもんな。悪かった。今準備する」
「違います……。大丈夫ですか?」
「何が?」
「その、色々と」

色々って何だよ。言いたいのをぐっとこらえる。何を言いたいのかはわかっているつもりだ。そこまで莫迦であるとは思っていない。何しろ、女は見た目も頭も必要なんだから。でもそれを聞くのは少し、気遣いってものが足りないんじゃないかな。

「私は全て大丈夫だけど、何一つ上手くいってない」

ほらみろ、黙って下を向く。自分の振った話くらい、返す言葉を探してからぶつけてみたらどうなんだ。私が余計な一言を付けて返したなんて思わない。どんな言葉が返ってくるかわからない。コミュニケーションって、そういうものだと思うから。

「ああもう……吸っていいかな」
「どうぞ」

鞄の所定位置から、煙草を取り出して、ライターで火をつけ、燻らせる。こっちも残り少ないのか。次、どうやって調達しよう。

「ニクスさんは、なんでこんなことしてるんですか」
「さあ。目標が何なのかさっぱり見失ったよ。最初からそんなものなかったのかもしれないけどね」

最初は、彼氏に貢ぐ金欲しさに卑しいおじさんに身体を売った。けれど、元々愛想がない私。可愛いげの少しでも捻り出せたならよかったものを、不器用な私はそれができなかった。だから彼氏にも、買ったものの金額やご馳走した金額で、愛情表現をしているつもりだった。それでなんとか繋いでいけたんだけど。
そうするうちに定期で相手をする人も居なくなって、新しい人を探せど、やれ面白くないだの、やれ愛想がないだの。散々だった。どうしても金が必要だった私は、自分の値段が下がったって、気にもしなかった。質が悪いのなら仕方ない。回数を増やしてこなしてみれば良いのだから。
そんなこんなをしている最中、彼氏と別れた。楽しくない、ただその一言で、全て途切れた。ショックが大きくて、どうしても耐えられなくて、この目の前の年下の男くらいあった髪をベリーショートに仕上げてもらった。
そうしているうちに、どんどん脳内の熱が冷めていった。少しだけ、物事を冷静に考えた。私とは。価値が見いだせない。
今までしてきた事は確実に私の価値を下げた。
安いって響き、大好きで、とても魅力的なものだと思っていたんだけれど、いざ自分にそんな値札貼ってみたら、ひとたまりもなかった。信念も、情念もなく前も見えずふらふらとしていたからこうなったのか。悲しく思うところもあるが、それを後悔しているかはわからない。まだまだ見えないことだらけ。

「でも、私は佐久間くんと出会えてよかったと思ってる」

たまたまSNSで知り合った。深いことは考えもせずに、金を出すと言うから相手をした。その時の金額は、他の誰よりも多かった。こんなガキンチョがどこで手に入れてきたのかは知らない。確かまだ、中学生だろう。私もほんの3年前までは、そうだったのだけれど。中学生なんて、親の財布盗ってきてんのか、それとも自身も身体を売っているのか。結構美形だし、その線はあるかもしれない。

「なあ、佐久間くんってさあ」
「何ですか?」
「身体売ってんの?」
「まさか……そんなことはしません」
「そうか」

そんなこと。貶されているのかとも思ったが、過敏になるのは良くない。
この歳から金かけて女遊びするなんて、大したことだ。将来大物になるんじゃねえの、と少し嫌味たらしく思う。

「ニクスさんは、やめないんですか?」
「やめないと思うけど」
「どうしてですか」
「働くのは性に合わない。せめて社会に出るほんの手前までは、マイペースで金稼いで、ってしたいんだよ」
「……そうなんですね」

ほんの、ほんの少しだけ、手放したくない。この男との縁が切れてしまったら、若干、落ち込むだろう。金の話ではなくて。人物そのものを見て、そう思う。私のやることなすこと咎めない。そうなんですか、それだけを言う。ただそれだけでも気に入ってしまうのだから、その点私はとても莫迦で単純だ。
くそみたいなやつらとは、何か違う。私を金で買って悦に入るのは同じなのに。何故、他とどう違うのかはわからない。見た目の美しさか、若さか、金額の差か。

「まー、佐久間くんの気にすることじゃないよ。進路のことでも考えておきな」
「……はい」

苦しそうに笑む。

「……どうしても、助けることはできませんか」
「は?」
「ニクスさん、を」

言わせない。言わせてたまるか。

「佐久間くん、それは私を愚弄する意味合いになるのはわかるか?」

私がひねくれているだけかもしれない。助ける。助け合うではなく。
哀れに、惨めに思い手を差しのべる。とことん相手が優位なのだ。頼んでもないのに、実行されてしまえば礼を言わされる。言わないとこちらに冷たい視線が突き刺さる。そうして相手はいい気分になるのだ。自分を良く見せようとする、いわばアクセサリー。

「……ちょっと言葉難しかったかな?必要以上に私と関わることないさ」
「でも俺」
「口答えしない。私は私だ。佐久間くんは今までと変わらなくていい。私が不要になったら近付くんじゃないよ」

少しだけ悔しそうにするその表情がどうにも美しくて、悔しかった。顔が良いとそれだけで存在する意義があるような気がするから。私には価値がないと、そう思わせるようで負けた気になる。
私は嫉妬しているのかもしれない。羨んでいるのかもしれない。全てを見た訳でもないのに。

「いつか、ニクスさんを幸せにしたいです」

一瞬、固まる。なんだそれは。かたりと動いた腕のせいで灰がぱらぱらりと落ちる。幸いにも煙草は灰皿の上。

「どういう意味だ」
「そのままの意味です」

まっすぐに言うものだから、カチンときてしまう。すぐに怒るのが、いけないところだ。

「ふざけるな!私が不幸そうに見えるのか!?私の何を知ってそれを言う!?」

ああ、勢い任せに言って少し悔やむ。私は不幸だ。それは自分で認識していることだ。しかし、もし私が幸せだと感じていたら?他人を勝手な不幸に染めて、ご都合主義なこと。

「ニクスさんが幸せか、幸せじゃないかはわかりません。でも、今よりもっと幸せだと思えるようにしたい」

真摯な瞳。部屋のライトの加減で、すこし暗く映る橙。その言葉は本当か?聞きたくはなかった。もしもそれが本当であれば、でも、やはり私には見合わないだろう。そんな本当の幸せがありそうな、甘い香りに誘われて私は何度傷ついた?欲望に忠実な本能であったがための、今だ。

「覚悟もないのによく言うこと」
「覚悟はあります」
「……聞きたくない。帰ろうか」

今すぐにでも赦したい。本音はうるさいくらい主張する。未だ帰りたくないと腕は震える。それでも無視して煙草を灰皿に押し付け散らしていたものを無茶苦茶に鞄につめて、倦怠感と違和感が支配する脚で立つ。

「さあ、やることは済んだだろう。延長することもない。帰ろう」

動かない。そいつは動かない。仕方なしに、腕を引こうと手を伸ばすと、ぐっと引き寄せられ否応なしに抱き締められる。

「ニクスさん、もうこれ以上は、やめてください」
「何を」
「こんなこと、もうやめてください。お願いです」

涙声なのは気のせいだろうか。心中が上手く表現できない。

「ニクスさんはあなたが思ってるよりもっと、価値のある人間だ。だから、もう……」
「なあ、佐久間くん……帰ろうや」

泣いてしまいそうで、泣きたくなくて、逃げ道を必死に探って掴む。この部屋から出られればさよならだ。もう、会うことはないだろう。

「嫌です」
「延長料金は」
「あんまり払いたくないです」
「じゃあ帰ろう、な?」
「……それも嫌で」
「どっちかにしな!」

怒鳴ると、腕を離す。でも、手だけはどうしてもといったふうに離さない。繋いだまま。

「俺はニクスさんが好きです!俺と一緒になってくれるまで、離しません」
「……一緒になったら離すんだな?」
「はい」
「じゃあ、この部屋を出るまでは一緒だ。それでどうだ?」
「……わかりました」

安堵と焦燥感が入り交じる。せめて、この部屋を出ても、魔法よ解けないで。


20141221
20150721 加筆修正


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