家からすぐ、走っていけば海は見えた。夜の海が大好きな自分にとってはこの家に住んでいること、フィッシュベルに住んでいることはとても好条件であった。月の明かりが照らす下、家と家の合間の階段をかけ降りて砂浜に出る。そこから広がる一面の海は、いつもと変わりないものだった。
こんな夜中に人目なんてあるものかと大の字になり寝転がって、左手で砂をすくってみた。それはさらさらとこぼれ落ち、元に戻る。それに意味なんてなく、今度は掴んで投げてみた。ふわぁ、と舞い、勢いを無くし自然に落ちてゆく。それをただ眺めていた。

静かに聞こえるいつもと少し違う波の音。ほんの少し、違うだけ。それでも、それは心を焦らせた。自分の心の音を聴いているようで、不安要素が波の音と同化して、ゆっくりゆっくり近づいていつか自分を襲ってきそうな感覚が離れなかった。
近くに貝殻がないかと、上半身を起こす。右手の先を見やれば真っ白な丁度良い大きさのものが落ちていた。
ゆっくりと触れ、手に取る。幼い頃からしていたように耳にあて、そこから聞こえる音で落ち着きを取り戻す。

音が聞こえるのは、貝が海で住んでいる間に貝殻が海の音を記憶するからなのだと教わった。昔はそれを信じ、なんてロマンチックなんだろうと心をときめかせた。海は素敵だ、より一層海が好きになった。
本当はそうじゃないことを知ってもなおそれをやめることはしなかった。

ずっと、頭を巡っていたのはとある旅人のこと。ずっと前から仲良くて、幼馴染みで、砂遊び、海遊びもして。互いに良い成長をしてるな、なんて思っていたらいつの間にか旅人になってしまっていたような彼のことを。この先どうなるかわからないけれど、一緒に船乗りになりたかった。だってそう約束したから。きっといつか目的を果たせばきっとフィッシュベルに留まっていてくれるだろう。

(ニクス……)

音の中にぼんやりと、声が聞こえた。大好きな幼馴染みの声だ。
きっと気のせいだろう。彼は、アルスは今ここには居ない。どこか見知らぬ世界で、やるべきことをやっているんだと思う。それが本当に世界にとって、アルスにとって必要な物なのかは知らない。ただ待つだけでも、全然構わないのだから。

「ニクス」

今度は上から聞こえた。どういうことだろうか。貝殻をそっと砂浜に戻し、振り向くとそこにはいつもと変わらぬ幼馴染みの姿があった。

「ただいま」
「なんで、アルス。次いつ帰ってくるかわからないって言って……」
「早くに戻ってこれた、それだけだよ」

思わず手を伸ばし、抱きつく。勢いでそのままアルスが砂浜に背中からダイブするようになり、自分とアルスから笑い声が漏れた。

「おかえり、アルス」

20140227


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