はっきりと覚えているのは夕焼けに染まる草と影。そこで見たこともない大きな猫とじゃれあう一人の男の子。名は確かリュカ。紫のマントとターバンが特徴的な黒髪の少年。まだまだ幼く、先日父親と一緒にここサンタローズにやってきたばかりの子。その父親は、村人から厚い信頼を得ている、というのは自分は幼いながらも理解していた。自分の父も母も、その人を慕ってた。決して威張らない、とてもいい人だと。
そんないい人の息子ってどんなだろう、そう思った。村には自分と同じような年頃の子は少なかった。それもあり、興味を抱き声をかけたいのは山々だったけれど、声をかけるのはなんだか気恥ずかしく「遊ぼう」の一言も言えずに少し距離をおいて見つめていた。

そうしているとふと、こちらを向いて寄ってくる。続いて大きな猫も後を着いてくる。ばれてしまったのか、少し身動ぎをした。

「ねえ、きみは何をしているの?」

屈託のない笑顔で、問いかけてきた。

「夕陽を見てただけだよ。きれいだなって」

咄嗟に出た嘘がこれだった。素直に君を見てました、なんて言ってしまったらとんだ変人だと思われても仕方がない。目の前には発言を疑わず、笑顔がある。

「確かに夕陽、きれいだね。ねぇ、名前なんていうんだい?もし良かったら、一緒に遊ぼうよ!」

そう言うと猫も可愛らしくぐるる、と鳴いた。自分は、頷き、そして問いかけた。

「俺、ニクス。その猫、噛まない?」

視線をやるとリュカにすりよりいかにもなついているというのが伝わってきた。それをリュカは気にする様子はなく答えた。

「よろしくねニクス!こいつはプックルっていうんだ。大きいけど、乱暴なことはしない。僕の友達さ!」

先程にも増して笑顔で言うから、妙な説得感があった。
それから、三人(正確には二人と一匹)で遊んだ。何をしたかはよく覚えていないが、日没が近かったことから少し経ってから家に帰った気がする。けれど、その日だけには留まらず、次の日も、そのまた次の日も。かけっこをしたりだとか、教会のシスターを巻き添えにして遊んだり、泥まみれになったりだとか。毎日が色濃く思えて、充実していて、すっかりリュカとプックルが大好きになっていた。
しかし、その充実した日々は長くは続かなかった。
その年、遅めの春がやってきた頃、リュカは行ってしまったのだ。父、パパスさんの用事についていくのだとか。突然家に来たかと思ったら、ただそれだけを告げて行ってしまった。どこへ行ったのかもわからない。また戻ってくるよ!そんな言い種だったが、それ以来彼と一度も会っていない。

ーーーそんな事を思い出しながら、懐かしんでいた。はぁ、とため息をつく。自分はその後、まだ幼いながらも思い描いていた将来の夢、どこかの国の兵士になるため両親と共にサンタローズを離れた。その後、サンタローズはラインハットにより焼かれたということを耳にした。詳しいことは何もわからなかったがその時に、リュカのことを思い出したりもした。

それから更に数年を経て、憧れの城の兵士になることができた。サンタローズからはるか遠く、アイララ大陸に存在するグランバニア王国に兵として仕えた。そうして今日に至る。
世間知らずの自分は、ここで働いて何週間かというところで知ったのだ。先王、デュムパポス王が、あの、パパスさんであることを。確かなことを聞いたわけではないが幼い頃の記憶と照らし合わせてみれば明確だった。そして必然的に解った。リュカはこの国の王子、リュケイロム・エル・ケル・グランバニアだということ。

あの時、合点がいった瞬間はなんだか現実味がなかったなあ、と。もう一度ため息をつく。質素な兵士の待機部屋でひとり、頬杖をついてぼうっとしていた。すると物凄い勢いで扉が開き、同期の仲間が慌てた様子でやってきた。その顔はどこか嬉しそうでもある。

「おい!ニクス!王子が、リュカ王子が帰ってきたぞ!」

不思議と驚きはしなかった。記憶の中であの笑顔がふんわりと浮かぶ。また、会える。俺のこと忘れてるかな、帰ってきたということはきっとリュカは王位を継ぐ。そうなったら国王と兵士、身分が違いすぎるけれど、きっと、また昔のように笑ってくれる、そんな気がした。

「わかった、今いく」


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