「ウォリ様!」
 しとしとと雨の降る午後、それは雨の匂いと共にやってきた。ノックもなく無遠慮に、施錠してないのを知っていて、扉を開けて大げさに腕を広げる。
「やっほう! ウォリ様ご機嫌いかが?」
「どしたの、ニクスクン」
 ご機嫌いかが。そんなものには答えない。答えたところでそれに対する返答があったことはないのだから。
 来るのはいいがうるさくするなともう幾度も注意したのだが、一向に聞き入れないというか、聞く気がないのだろう、そもそも。しかも、もう、言わずともわかっているだろう。それに少しばかり苛立っているのも。
「ウォリ様ぁ、聞いてくださいよ」
「だから、なーに?」
「うぇへへ、お客さんからねえ、あのねえ、ふふっ!」
 にやにやした顔で、るんるんとこちらに寄ってくる。此処エルガストルムに生存する人種としては、かなり珍しい、ひたすらに能天気で馬鹿、に、見える人間。どこか少しおかしいのではないかと常人なら疑うだろうが、此処には常人の方が少ない。
 狭い事務所内をスキップで移動し、最後にぴょーんと飛んで、ずいっと顔を寄せて言い放った。ふわりとバニラが香る。
「おもしろーい話教えてもらったんだ! ウォリ様は知ってますか? 6番街の」
 6番街と言えば、ひとつしか心当たりはない。数日前起きた殺人事件だ。被害者は男2名女4名。皆、殺害後に美しい和装で飾り立てられていたという。
「あー、うん」
「本当!? ウォリ様すごいですね! おもしろかったよねえ! ですね!」
 らんらんと目を輝かせ、同意を求められたところで、それをそんなに面白おかしい話のように思えなかった。少なくとも、こいつのようにはしゃぐまでには至らない。確かにこいつの好きそうな話ではあるが、自分自身殺人を興味深いと思ったことはない。
「あー……そうか? 俺ちゃんああいうのあんま興味ないんだわ」
「ええっ、そうなんですか? やだーめっちゃテンアゲで聞いちゃったじゃないですか……なんか、ごめんなさい」
 しゅん、と大人しくなるが、やはり少し勢いがなくなっただけのようで、ぴょこぴょこ跳ねて、ソファへどっかりと腰を下ろした。許可していないのに、これだ。許可をとるという思考はきっとないのだろう。注意したらそれこそ跳ね退くのだろうけど。
「きれいなカンザシ? でしたよう! 髪飾り! きんぴかできらきらしてました!」
「見たの?」
「ええ! 勿論!」
 上機嫌だ。
「ニクスクン……あんまそういうことに首突っ込まない方がいいんじゃねーの?」
「ンー……」
 いかにも考えていますといった風に顎に手を当てて目を閉じ唸る。そしてぱっと見開いた。
「俺は、自己責任で首突っ込んでまーす! 迷惑はかけません!」
 びしっと一直線に手を挙げて。
「たまに便利屋さんにも情報提供してますし! ね! 俺も便利な存在! つまり俺もある意味便利屋……?」
 ごにょごにょと、呟く真っ白の髪のそいつを見つめる。
 この頭のネジが数本飛んだふうな目の前の男はニクス・ガルシアという。
 家業のついでに、情報を拾い集めることを趣味とするらしく、時たま有益な情報を持ち込んではぎゃいぎゃいと騒ぎながら教えてくれる。そして、等価交換、と呟いて手を差し出すのだ。むかついたので、意味がわからないふりをして問うたところ、「小銭でいーですよ」と歯をむき出しにして笑った。
 頻繁でこそないものの、ふらりと現れる。落ち着きがないことが多く、視界に入れるのが鬱陶しいとニコラスには避けられ気味。そのこともあってか、ニコラスが居ない頃合いを見計らって訪れている可能性もなくはない。知る術があるのかは知らない。
「ニクスクンは好きなの、そういうの」
「勿論! ぼうっとしてちゃあ知れないことですからね。動いて! 知って! これって楽しいんですよそうなんですよ」
 こいつは、何かを知ることが、楽しいらしい。一度、聞いたことがある。本を読んで得る知識なんかはどうなのか、と。
「そんなの物足りないです」
 と答えた。書物なぞ、世の中に莫大な数があるだろうに、いくらエルガストルム内の制限がかかっているとはいえ、読めるものは数多く存在する。それで満足できない、ということならば、見る、知識を得る、吸収する、とはまた別の楽しみがあるのだろう。だから、さらに聞いた。一体何なら満足できて、何を求めるのか。
「そんなの決まってますよう。リスクです。リ、ス、ク! 図書館とかの本を読んでリスクを負うことはありますか? ありませんよね! 俺はね、知っちゃいけないことを知るのが楽しくて仕方ないんです!」
 だから、中堅組織のいざこざや政府のあれこれ、漏れ出るもの全てをかき集めて、にこにことしているのだ。 
「リスキーゲーム! ですね! 何のゲームか知りませんが。命張って楽しんでます!」
 そう、はきはきと答えたニクス。
「ニクスクン、情報屋とかにゃ、なんねーの?」
 くるくる指先で髪を弄びながらごにょごにょ呟いていたのをやめ、はっとこちらを向く。
「ンー? 情報屋ですかあ?」
 それは、かなり器用でないとやれないリスキーな仕事だ。言葉ひとつで、命を落とす可能性もあるのだから。今の一言で、勧めたつもりは、ない。
「無理ですね」
「へえ」
 意外だ。てっきり、やりたいと言うと思っていた。そのような意欲を、示すと思っていた。
「あんな高度な職、無理ですよ。そもそも、そんな職、エルガストルムには不向きです。やばくなっても、逃げ場、ないじゃないですか。俺は知ることでリスクを負って快感に浸るのは好きですけど、それを他人に教えて余計なリスク増やすのは御免です。それにいくらのお金がついてこようと嫌ですね」
「俺に小銭せびるのは」
「ただの気まぐれですよう。小銭入れ落としてアーク・ロイヤル買うお金ないときとか……あとは……えへへ。便利屋さんに来る口実とかっ!?」
 胸ポケットからアーク・ロイヤルを取り出して、小さく左右に振る。
「……なるほどねぇ」
 こいつとの付き合いは、幸か不幸か、長いものになりそうだ。


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