「乱数ぁ、早いな」
「ニクス、遅いよう!」
「は? まだ5分前だろ」
 待ち合わせのカフェ。行きつけのそこで待っていたのは最近話題の飴村乱数。なんでって、俺が聞きたい。毎度よくわからないままに待ち合わせている。つい最近、ファッション関係の集まりで初顔合わせ。何故かえらく気に入られあれよあれよという間にこうして茶をしばく仲になってしまったのだけれど。
 仕事に有益な情報をやりとりする訳でもなければ、プロジェクトを組もうなんていう話も皆無。ただ駄弁るだけだ。
 席に浅く腰かけ、テーブルに肘をついた乱数が足をぱたつかせながら言う
「まーいいや。ニクスのぶんも注文したからねっ」
「何を」
 椅子を引いて向かいに座れば、それはもちろん、と続けた。
「メロンソーダだよっ! ニクスの髪の毛の色だよねっかわいいよねっ!」
「ちょま、俺炭酸苦手っつかそんな甘ったるいのって……」
 確かに俺は白金のミディアムスタイルに、浮かれたバカみたいにインナーカラーに薄い緑を持ってきてはいるけれども。
「えー? だめなの?」
「いやだめだろ普通に。飲めねえよそんなもん」
「でももう注文しちゃったから遅ーい!」
 にやあ、といたずらっ子のような笑みを浮かべる。こういうところが、よくやるなあと思うところ。自分には真似できそうにないから。
 参った、と顔に手を当ててから、提案した。
「もうそれ来たら乱数が飲めよ。奢ってやるから。俺に注文しなおさせてくれ」
「ひとくちくらい飲めば? てゆーか、なんで炭酸苦手なの?」
「痛いだろ、あれ。口の中ぱちぱちして」
 言うやいなや、乱数は口もとを抑え、くすくすと笑っている。こちらが眉を顰めた途端にそれをやめ、けらけらとあからさまに笑いだした。
「あははっ、ニクスおもしろーい! 炭酸痛いんだ? かーわいい」
「いや、馬鹿にされてんのわかるから普通に」
 この場合のかわいいは嬉しくも何ともないだろう。むしろ癪だ。それでも乱数は構わず喋り続ける。
「あっ! ニクスのネイルかーわいい! ボクも何かしてもらおっかな」
 最近新しいデザインにしたネイル。男がネイルをするというのはまだまだ少数派だが、モデルの仕事をしている以上、自身の意志としてもネイルに関心があるしある程度綺麗に整えておかなければいけないのも事実。
「キリン模様にしてくれって言ったらジラフ柄ですねって言われてめちゃくちゃ恥ずかしかったわ」
 左右一本ずつをジラフ柄に、それ以外はチョコレート色で統一してもらった。
「それはニクスが悪い」
「なんでだよ意味は同じじゃねーか」
 またもけらけらと笑うので、恐らく俺はかなりぶすくれた顔になっているのだろう。つやつやと光る爪でこつこつとテーブルをノックする。そうすれば乱数も同じようにしてみせた。またくすりと笑う。
 そうこうしているうちに、乱数が注文した飲み物がやってきて。
「お待たせしました、メロンソーダとオレンジジュースです」
 目の前に置かれたそれら。俺の前にはメロンソーダ。それを乱数の方へ押しのけて、注文いいですかと声をかければ店員は応じた。
「アイスコーヒーひとつ」
「かしこまりました」
 軽く頭を下げ去っていく店員を横目に乱数が呟く。
「今のオネーサン、カワイイ」
「おいおい、やめろよ……ここ俺の行きつけなんだから変なことすんなよ」
「やだなあ、ボクってば、そんなに信用ないの? それよりさあ、ボクもネイルしたーい!」
 切り替えが早いというか、単に子供っぽいだけのこいつ。
「どんなのにすんの」
「うーん……」
「乱数って原色使い上手いイメージあるからその辺推したいけど、季節考えるなら難しいかもな。秋はどうしてもアッシュグレーとか、ボルドーとか、スモーキーグリーンとか。落ち着いた色味になりがちだし」
「似合うかなあ」
 自身の爪を眺めながら言う。ネイルベッドも長く、全体的に細っこく形は悪くない、どころかとても綺麗なその指先。
「どうだろうな。そのコートには間違いなく似合わんと思うけど。モノトーンもありかな。あ……マスタードイエローベースなら乱数にも似合うと思うぜ。季節感も外さない」
 妙にしっくりきた理由は恐らく、乱数のチームのイメージカラーもイエローだというところだろう。
「いいね! そーしよ! 早速予約しーちゃおっ!」
 言ってすぐ、携帯を取り出しするすると操作してて電話をかけ始める。
「オネーサン! こないだ、ほんと楽しかったよー! でねでね、お願いがあるんだけど、ボクの爪キレイにしてほしいんだ! 明日空いてる? えーほんと? じゃあ行っちゃう! 十二時? わかった、また明日ね!」
 さくっと要件を済ませたようで、ぴ、と通話を切る。
「予約とれたか?」
「うん! 明日早速行ってくるよっ」
「そりゃ良かった」

 その日乱数は延々とネイルについて語り散らかして(俺は途中で飽きてしまって相槌を打つだけになってしまったが)、オネーサンとの約束があるから、と、まるで男の俺は要らないとでも言うようにばし、とテーブルに札を置いて「じゃあね」と言い残し去ってしまった。
 会計をしながら、前回も同じような状況だったことを思い出す。毎度こうなのか、それは少し困るな。むしろ俺じゃなくたって。
 それでも、俺の携帯には乱数からのメッセージがしっかりと入ってくるのだけれど。

20181105


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