何でこんなことになったのか、と思うことがしばしばある。薄い筋肉のついた、お世辞にも柔らかいとは言えない身体を抱きしめながら思う。優しく髪を撫でて、額に唇を寄せると、抱きしめた身体が、ゆっくりと身じろぎした。

「悪い。起こしたか?」
「いえ、大丈夫です」
 
 緑の瞳が眠そうに瞬いてから、こちらを捉える。すまなそうに目を伏せると、身体を起こそうとした。

「ギュンター」

 名前を呼んで、注意をこちらに促す。

「何でしょうか、レイン様」

 眉を寄せてこちらを向いたギュンターに、いつものように名前を呼ばれた。どんな状況でも、その口調が崩れることはない。真面目で忠実な部下は、可愛げがない。

「なんとでも、仰ってください。私は可愛げなんてありませんし、思っていただかなくて、結構です」
「声に出てたか」

 くすりと思わず笑ってしまえば、裸の背中を向けられてしまう。素直じゃないところも、可愛げがない。それでも、愛しいと思ってしまうのは何故だろうか。ギュンター、ともう一度呼んで、むっとした顔をこちらに向かせる。頬にわざと音を立てて口付けると、いつもの仏頂面が少し赤らむ。

「そろそろ起きねば、ラルファス殿に不審に思われます」

 ギュンターはまっすぐに自分を見て言った。

「もう少し、大丈夫だろ。あんまり俺に詮索するような奴もいない」

 しかし、と言い淀んだギュンターの顎を持ち上げて、今度は唇に口付けを落とす。もう少し、と囁けば、少しだけですよ、と嫌々ながらも応じてくれた。細い身体を抱きしめて、柔らかな黒髪に顔を埋める。本当に、引き返せないところまで来てしまった。こうして、この仏頂面の部下と身体を重ねるようになって、だいぶ経つ。出会いは最悪で、殺し合いの決闘をするような仲であったはずなのに、今はこの有様だ。互いの身体を思えば、毎晩、というわけにはいかないが、重要機密事項の話だとかこつけて、それなりに逢瀬をすることも多い。元は真面目な話をしていても、ついギュンターと二人きりになってしまうと、抱き寄せたくなってしまうのだ。長く付き合っていれば、それなりにいろんな表情も見られるし、仏頂面の微妙な変化でだいたいの考えていることはわかってくる。それでも、いろんな表情を見たくなってしまうのも事実だ。笑えば大変な美人であることは、自分だけが知っていることだ。

「本当、お前には調子を狂わされっぱなしだ」
「それは、私のセリフです」

 ギュンターがむすっとしたまま言う。

「しかし、というのも、私だけが思っていることでも、ありますまい」

 ため息をつきながら、ずけずけと物を言う美人は、普段はこんなことは言わない。確実に二人きり、という状況に安心しているのか。つい、腰を抱き寄せる腕に力がこもる。

「レイン様っ、」

 慌てたギュンターが、胸を押し返してくが、その力は弱い。腕力は少し劣るくらいだが、はねのけることなど造作もないはずだ。それなのに、本気で押し返さないのは、受け入れてくれている証拠だろう。

「一度くらい、いいじゃないか」
「今日は、ザーマインに送っている諜報隊と連絡を取る日です。そのため、万全でなければ」

 もぞもぞと腰を引くギュンターの引き締まった双丘を撫で上げると、あられもなく、ひっという甘い声が上がった。

「ほら、その気になってきた」
「や、やめてください」
「主に逆らうのか? ギュンター」

 そう言ってやると、効果は覿面だった。きゅうと身を竦めて、下から見上げられる。いつもの仏頂面が少しだけ困ったように歪んだ。その表情にごくりと唾を飲み込んで、ゆっくりと身体を撫でる手を下におろしていく。ギュンターの目がぎゅっと瞑られて……と、そこで邪魔が入った。容赦なく戸を叩く音で、我に返った。気配に気付かなかったとは、不覚だった。なおも容赦なく叩かれる音に、舌打ちをする。求めるようなギュンターの緑の瞳と視線がぶつかって、黒髪を撫でてから、サイドに置いていたタオルを腰に巻いて、ベッドを降りた。戸を開ける前に、ギュンターにシーツを被るようにジェスチャーをする。

「朝からうるさいぞ、ユーリ」

 開けて早々に言い放ってやった。気配が分かった時点で、誰が来ているかは分かっていた。ユーリと、その後ろにおどおどとくっついているセルフィーだ。セルフィーは姿を見るなり、手で視界を塞いだ。だが、指の間から、ちらちらと盗み見ている。

「しょーぐん、ラルファス将軍が呼んでるって」

 セルフィーとは対称的に、最初に驚いたような顔をしたが、動じなかったユーリは、そう言いながら部屋の中をじっとりと見回す。幸運にも、戸を開けただけでは、ベッドは見えない。

「何してるかは知らないけど、遅いわよっ」

 全てを見透かしたような口調で、ユーリが言い放つ。後ろからはセルフィーがユーリの腕を引っ張っている。こいつらは自分の相手があのギュンターだと知ったらどんな顔をするのか、と思い、ばらしてしまおうかとも考えたが、その前に、自分がギュンターにばらされそうだ、と思い直して止めた。

「言いたいことはそれだけか? 着替えたいんだから、さっさと出ていけ」

 そう言って戸を閉めてやった。普段ならこんなことは決してしないが、中断されて少々気が立っていた。戸の向こうで、誰と寝てんのよ! とユーリが喚く声が聞こえたが、そんなものは無視だ。ベッドに戻ると、ギュンターはもうある程度身支度を整えた後だった。

「これからだったのに」
「こんな中断されては、できるものもできますまい」

 また後日に、と口を滑らせたらしいギュンターの耳だけ赤くなる。その姿に、可愛い、と呟いて、口付ける。

「何で、なんかどうでもいいよな。好きだよ、ギュンター」

 腕を引いて、胸の中に閉じ込めた。とくとくと脈打つ鼓動の音が重なる。数秒してから離すと、ギュンターは左手で魔剣の柄を握った。

「それでは、失礼いたします」

 ギュンターに答えるために、頬に唇を一瞬だけ寄せて、手を振る。ギュンターは平静を装っていたが、真っ赤な耳だけは隠せていなかった。

「本当、可愛いよ」

 ギュンターが部屋から出てすぐに、階段の下の方から小さくユーリの悲鳴が聞こえた。



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