ゆっくりと確かに君を呼ぶ


 冬は嫌いだ。暇だし太りやすいし、何より寒い。頭上で騒ぐ時計を布団の中から見上げる。休日だというのに6時に起きてしまったようだ。普段の生活習慣とは恐ろしい。
 カーテンの隙間から見えた窓の外はいつもより眩しかった。上半身だけ起こして窓を開け放つと、冷え切った空気が入り込む。飛び込んできた銀世界に、思わず胸が高鳴った。


 前言撤回。やはり冬は好き。


× × ×



 雪、というのはいくつになっても心が躍るものだ。今日も今日とて、早朝から降ったのだろう、舗装された道は真っ白に染め上げられている。その上を歩けば足跡がつき、誰かが通ったという証になるのだ。
 目の前を歩くジェイドの速度は速くもなく、だけど、ゆっくりでもない。女である私にはほんの少しばかり速く感じるが、追い付けないわけではないから気にはならなかった。サクサクと、音を鳴らしながら歩くそのあとを私はなぞってついていく。雪に刻まれた足跡は、私よりも大きかった。外れないように自分の足を乗せていく。
 振り向くと、そこにはひとつの足跡しかない。あとからこの道を通る人はどう思うのだろう。私が二番目だと思うのか、あるいは特に気にしないのか。どっちにしても私の思い通りだ。前者も後者も、ここを歩いたのは一人だと思うはずだから。

「ジェイド。ねぇ、見て。ひとつしか足跡がないんだよ。すごいでしょ。私がやったんだよ。」
「はいはい。」
「はいはい、じゃなくて。ジェイドには絶対に出来ないんだから。」

 ここまで足跡を残さずに歩くことが出来る人は、なかなかいないんじゃないだろうか。
得意気に頬を緩ませていると、前を歩いていたジェイドがぴたりと止まった。私も、ジェイドに合わせて立ち止まる。間には足跡が4つ。そのうちの2つは、彼がこっちに振り向いたからぐしゃぐしゃになって消えてしまった。
 抗議をしようと開きかけた口よりも早く、ジェイドが「交換しましょう。」と言ってきた。指差した先には私がいて、もっと詳しく言えば、私のブーツがある。何を交換するのか、いまいち伝わらなかった私は首を傾げた。するとジェイドは残り2つの新しかった足跡を、またもやぐしゃぐしゃにして、今度は私の前に来た。そしてまた、同じことを言う。

「交換しましょう。」
「何を?」
「名前と私の場所を、です。」

 どうやらジェイドは“絶対に出来ない”と言ったことに対して闘志を燃やしているらしい。普段は涼しい顔でいることが多い彼だけど、これがまた、なかなかに負けず嫌いであるのだ。
 仕方ないなあ、と呟いて私は横にずれてジェイドの立つところに、彼は私の立っていたところに移動をした。振り向くとジェイドが、さあ進めと言わんばかりの顔をしている。
 先頭になって歩き出すと、再びサクサクと音が鳴った。私の道が、出来ていく。その後をジェイドがついてきた。
 いつもはあるはずの背中が、今はない。後ろにいるとはわかっていても、心がどこか落ち着かない。ジェイドがいない、綺麗な銀世界。道がない、世界。
 振り返ってみる。ジェイドは私を見ていた。その表情は、いつもと変わらないけれど、どこか満足そうで。私の不安な気持ちを見透かしているように思えてならない。

「ジェイド。」
「何ですか?」

 前を歩いて、なんて言えるほど、私は素直でも可愛げがあるでもないから。ジェイドの後ろに並ぶ。仕方ないですねぇ、と言いつつもその声音は嬉しそうに感じるのは気のせいだろうか。
 ジェイドが歩き出す。ずれないように、離れないように。また、足跡は続いていく。

20180601編集
20130117執筆

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