伸ばされた腕を払い除けて、それから服の裾の端っこを握った。慰められるんも宥められるんもむかついて嫌やのに、どこにも行かへんでほしいし触れとりたい俺は天邪鬼で、自分自身に嫌気がさした。どうしてこの手を素直に受け止められないんやろうか。そしたら、きっともっと、こんなんとは違うのに。困らせることもないのに。この人にもっと、好きになってもらえるかもしれんのに。

「俺、何かした?財前が嫌がるようなこと。そんならごめんな」
「理由も分からへんのに、謝んな。うざい」
「せやな。でも、謝らへんかったら、もっと怒るやろ?」
「……部長なん、嫌いや」

 部長は苦笑いしながら、「俺は好きやで」って言うて、部長の裾を握る俺の左手にその手を重ねた。「どないしたんか教えて?」その言葉に、俺の頭に昇った血は急降下を始める。せやけど、優しい声も俺の指を包む動作も、嫌いで堪らなかった。嫌いで、嫌いで、振りほどきたいのに、愛しくて、愛しくて、もうお願いやから俺の側から離れへんといて、心の中で何回も祈ってしまう。
 ウチらはいつもこうや。俺が不機嫌になって態度悪く当たって、部長が謝って俺は延々愚痴を吐き続けて、最終的にはこの人に言い包められる。毎度毎度、言い包められる俺も俺やけど、余裕な態度で俺を言い包めるこの人もこの人や。嫌なんや。その余裕で隙のあらへんとこが。俺と部長の付き合いはもう一年以上やっちゅうのに、この人が俺に向けて怒りや負の感情を表したことなんてない。言い合いにもならへん。俺の話を聞いて、頷いて、それから俺の名前を呼ぶ。ずるい、部長はずるい。普段は俺んこと「財前」て呼ぶくせに、こんな時だけ「光」て呼ぶんやから。

「光」

――ほら、またそうや。

「光が何怒っとるんか分からんけど、無視されるんも睨まれるんも、気い悪いで」
「……」
「ちゃんと言うてくれな、分からへんよ。俺、光んこと少しでもええから分かっとりたいねん」

 部長は、本当にずるい。さっき俺が払い除けたん知っとるくせに、また俺の頭に触れようとする。俺がそうやって子供扱いされるん嫌やって分かっとって、俺のプライド高いんも分かっとって、せやけどそれ以上に部長に触れられるんが好きなんを知っとるから触れようとする。さっきのやって、俺がほんまに嫌で払い除けたんちゃうて知っとる。
 もう、ほんまにあんたのそういうとこが嫌いなんです。何もかも完璧で、俺のことも俺の考えも全部、全部分かっとるんやろ?ほな何で気付かへんの?なあ、たまには怒って叫んで、突き放してよ。そしたら俺は、ちゃんと素直になって好きやって言えるのに。

「部長が悪いんや」

――ほんまは、違う。それくらい、分かっとる。

「何で、謙也さんとばっか一緒におんの?」

――二人が親友で、それ以上のものはないってことも、分かっとる。

「部長なん、嫌いや」

――嘘。ほんまは好き。せやけど、そんなこと、部長はとっくの昔に分かっとる。
 せやから、部長は俺の腕を引いて抱き寄せる。

「謙也は、友達や。それ以上やないってことは、光も分かってるやんな」
「……」
「謙也は同じクラスの親友やから、仲良くしんとかはできひんよ。せやけど、俺がいっちゃん大事なんは光。それも分かっとるやろ」
「……」
「俺には光だけ。光のことがいっちゃん好きや」
「……もう、いい」
「……」
「もう、ええですよ」

 何が、もういいのか、分からないのに呟いた。そして、俺の背中に腕を回した部長と同じように、俺は部長の背中に腕を回す。涙は出そうになったけど、出そうになっただけで、出なかった。部長の胸辺りに顔を埋め、目を閉じたら、部長がそっと俺の頭を撫でた。
 部長なん、嫌いや。心の中でまた呟いた。そうやって俺のセットした髪の毛ぺったんこにしてまうとこも、何も言わずに抱きしめてくれるとこも、これ以上追及しようとしないとこも、全部嫌い。嫌いで、ずるい。こうしてまた、俺んこと言い包めてまう部長が、一番嫌いやねん。

「……部長、ずるいっすわ」
「ん、何がや?」
「絶対言わへん」
「そか。そんならそれでええわ」
「……けど、部長」
「……どした?」
「ごめん、なさい」

 なあ。嫌いしか言えんと、困らせてしまうばかりのずるいあんたに言えるんは、これくらいしかないねん。せやから、早よ、怒って。泣いて。叫んで。そしたら俺、ちゃんとあんたに、好きやって言うから。もっと触れて、って甘えてみせるから。

「ええよ。光、大好きやで」

 ああもう、その顔を、崩してくれよ。