机の端っこで何か光っていたから手を伸ばしてみると、ビー玉が二つ、転がって出てきた。それを手に取って蛍光灯にかざすと、透明な真ん丸の中で金色がきらきらと光っていた。じっと見つめていると、突然そのきらきらが陰り、代わりに反転した謙也さんが映った。そういえば、謙也さんも金色だ。

「何しとんの。光」
「別に。何も無いっすわ。それよりこのビー玉どうしたすか」
「あー、夏祭りん時のやないかな。射的で当たってもろたんよ、ビー玉セット」
「へえ」
「光、それ気に入ったん」
「そういうわけやないっすけど……」
「けど?」

 指に挟んで覗き込んでいたビー玉を、手のひらに包んだ。反転していた謙也さんは元どおり、俺の視界の真正面にいた。目尻を下げ、唇の端を持ち上げ、俺の話の続きを待っている。
 その笑顔に、不覚にも泣きそうになってしまったのだけど、ここで泣いたらその言い訳が見つからないから、下唇を噛んで我慢した。こんなに近くにいるのに、どうして手を伸ばせないのだろう。
 そういえば、謙也さんに、彼女ができた。

「謙也さん、彼女できたんすか」
「え、もう光んとこまで出回っとるん。誰や言うたん」
「ああ、ほんまやったんすか。ヘタレの謙也さんに彼女ができるやなんて槍降ったらどないすんの」
「し、失礼なやっちゃなー。そんなん言うたかて、自分も……」
「……何すか」
「や、何でもない」
「意味分からん。謙也さんきもいっすわ」
「き、きもい?」
「……何で反復してるんすか。ほんま、意味分からん」
「やって、光がきもいて……ああ、やっぱ何でもないわ!」
「……あっそ」
「おん……」

 謙也さんから目を逸らして、代わりに手の中のビー玉を見つめた。ずっと握りしめていたせいか、左手の指先で触れたビー玉はやけに生ぬるくて嫌な感じがした。

「彼女、どんな人なんすか」
「え」
「せやから、彼女」
「ど、どんな人言うてもなあ……普通の子?」
「……何やそれ、好きで付き合うとるんと違うんすか」
「いや、告白されたからな。まあ好きか聞かれたら好きやし。せやけど光、何でそないなこと聞くん?」
「――何と、なくっすわ」
「そっか。……あ、せや光!俺こないだ新しいゲーム買ってん。それやらへん?」
「……そうっすね」

 握りしめたビー玉をズボンのポケットに突っ込んで立ち上がると、謙也さんを追ってテレビの方へと向かった。謙也さんは四つんばいになって、ごそごそとWiiの準備をしている。その背中を見ながら思ったのは、彼女はもうこの部屋に来たんかな、とか、一緒にゲームもしたんかな、とかそんなことばかりで。突っ立ったまま謙也さんの背中を見つめとったら、その背中に抱きつきたくなって抱きしめてもらいたくなって、だけどその権利があるのは、俺じゃなくて名前も知らへん謙也さんの彼女で、どうしようもないことがどうしようもなく悲しくて仕方なくなった。

「光ー、準備できたでー。……え」
「……え」
「ど、どないしたん光。腹痛いん?」

 謙也さんが俺に近づいてきて、その袖口で俺の顔をごしごしと擦り始め、それで初めて自分が泣いていることに気付いた。泣かない。そう決めていた筈なのに、止まらない。俺のすぐ近くで謙也さんは困ったような、だけど優しい顔で笑う。そんな顔しないで、謙也さん。ごめんなさい、困らせてしまってごめんなさい。
 女として生まれたかった。そして出来ることなら、謙也さんと同じ学校で同じクラスで、謙也さんの彼女になるために生まれてきたかった。どうしようもない。分かってる。だからせめて――

「謙、也さん……」
「ん、何?」
「好き、でした」

 ごめんなさい。謙也さんの腕を振り払うようにして、謙也さんの部屋を出て階段をかけ降りて外へ飛び出した。謙也さんが拭っていてくれた目元を自分の手で擦って、なるべく遠くへ方向も考えずに走った。
 気が付けば、謙也さんの家なんて何処にも見えなくなっていて、代わりに大きな夕日が西側に傾いていた。俺は、いい加減に涙の止まった両目でぼんやりと空を見上げる。ゆっくり歩きながら右手をポケットに突っ込んだら、指先に何かが当たったからそっと取り出した。
 透明な真ん丸の中に金色が浮かぶビー玉。俺は、謙也さんの部屋で見つけた時みたいに指で挟んで、太陽にかかげてみた。きらきら光る。俺は片目を瞑って、夕日を通すそれを覗き込んでみた。
 その中に、あの、困ったような顔で笑う謙也さんが映ったような気がして、また泣けてきた。

――ああ、俺、全部壊してしもたんやな。

 明日から、俺はどんな顔で謙也さんに会えばいいのだろう。謙也さんと彼女さんが歩いている姿は見たくないなあ。そう思って、ビー玉を手のひらに握りしめた。


0531