普段から、俺は光が可愛いと思っている。常日頃、と言ったほうがいいかもしれない。
 基本的に光は俺に対して厳しい。甘くない。べつに甘やかされたいなんて思わないし、ていうかむしろ俺が光を甘やかしたいから全然問題ない。まあ、甘やかしてる。
 まず、光は俺に甘えない。本当に甘えない。突っ張ってるんじゃないかって思うくらい甘えないけど、あいつはそもそも甘えるのが下手だから甘えられない、ということなんじゃないかと思う。そこで颯爽と俺、登場。正直言って、俺の光に対する態度はべったべたに甘い。白石がドン引きするくらい甘い。ユウジがアホだって断言するくらい甘い。これは俺も自覚済みだ。だって、しょうがない。光は可愛い。なんだろうな、あの態度かな。めっちゃ可愛い。なんかもう弟にしたい。弟二人いてもいい。ていうかいっそうちの弟と入れ替わってくれればいい。あ、やっぱそれはだめだ。
 でも、繰り返して言うと、財前光くんは俺に対してとても厳しいのです。可愛いなんぞ言おうものなら蹴られ睨まれ罵られ、散々です。本当に厳しい。それが光だから、俺はもう慣れたけど。

「謙也さんて、兄貴肌?」光がふと気付いたように言った。兄貴肌がどうかはわからんけど、と俺は呟き、長男ではあるな、と続けた。そういう意味やないです。光からはやっぱり冷たい答えが返ってくる。
「俺のこと、よう構うし」それはお前が可愛いからや。言わないけど。言ったら間違いなく蹴られる。
「んー、そうか?」
「無自覚やったんですか」いやいや自覚はある。お前ほんと飽きないし。
「無自覚、ちゅうわけでもない」
「ほんなら、わざと?」言いながら光は、探るような目で俺を見ている。

 悪意があって、わざわざ光に絡んでいるわけじゃない。なんというか、本当に、可愛がりたくなるのだ。光の髪とかワックスで立たせてるのを思いっきりわしゃわしゃにして怒らせたいし、気にしてるらしい身長のことをからかうのもいいし、ピアスの数が増えるたびにわざとらしく説教したのもいい思い出だ。ちなみにそのときは、頭がアホみたいな金髪のひとに言われたないですわ、と反撃された。負けたのは俺。情けない俺。

「光は、俺んこと嫌いなん?」とりあえず、質問には答えずにあえて質問返しをしてみる。ここで嫌いと言われたって、俺は傷つかない。あー、嫌いなんや。それくらい。まあしゃあないわな、みたいな。
「いや、べつに。嫌いやないっすわ」それに対して、光は意外にも律儀に答えた。光はひとを馬鹿にするわりに、けっこう真面目に対応する。うん、なんだかんだでこいつはいい子なんだと思う。伝わりにくいだけで。俺だけが知ってるわけじゃないけど、もっとこう、全世界に向けて財前光は可愛いやつですよーって発信したくなるな。
「じゃ、ええやん。俺めっちゃお前んこと好きやねん」

 何気なく言ってから、勘違いされるような発言だったかもしれないと口を手でおさえる。
 あらあ、とどっからか小春が沸いてきた。大胆発言ねえ。そう言う小春の後ろからさらにひょっこりとユウジが現れ、財前顔真っ赤やでえと囃したてた。だからそんなことばっかりするせいで光はお前らにキモいキモい言うんじゃないかと思う。
 で、その真っ赤になった光とやらを見ると、真っ赤以前に震えていた。怒る。これは怒る、ぜったい怒る。

「……そ、れ」光が両手を握り締めながら言う。俺はどうすればいいんだろう。キモいって言われるんだろうか。いやだからそれはそういう意味じゃなくてだ、本当に可愛がってる後輩っていう意味での好きであってそれ以下ではないけどでもそれ以上かもしれなくて、それ以上って何なのかわからないがとりあえず俺は光の言葉を忠犬みたいな気持ちで、ていうか気持ち的には正座で、ひたすら待った。

「ほん、ま、ですか?」

 えええええ。俺の頭の中はクエスチョンマークやらなにやらが入り乱れた。
 いや、いやさ。たしかに光は可愛いと思ってたけど。それはあくまでも生意気な後輩だからこそ逆に構いたくなる、みたいな、ほんとそういう意味で可愛いと思ってたんだけど。だけど。今の財前光は心底可愛いと思う。どういう意味で可愛いのかなんて言えない。
 あかん、可愛え。なんで普段俺にあんだけ厳しいのに赤くなった顔で上目遣いなんかしてるんだろう、しかも若干声まで震えててすごい甘やかしたくなる、ただでさえ甘やかしてるって白石に言われてるのにこれ見たら甘やかさずにはいられないし、なんていうか――「ほんまやで」って言ってしまいたくなった。
 言ってしまった。ごく、とユウジが息をのむ。小春はにこにこと笑っていて、肝心の光はうつむいたまま、握り締めていた手をぱっと離して、それで、俺のジャージを引っ掴んだ。
 え、ってまた俺は頭に疑問符を浮かべる。ぎゅう。そんな感じに俺のジャージを握り締めた光は、何かを決意したかのように顔をあげた。ちょっと、待て。ちょっと待てちょっと待てちょっとどころかかなり待ってほしい。
 もしかしなくても俺、間違った意味で言ったんじゃないか。
 合ってる? いや合ってない。いや、だから俺は光を目に入れても痛くないくらい可愛がってきたんだけど、あとそれに対して光はものすごく厳しいっていうかつんけんした態度で接してきてたんだけど、でも今俺の前で小刻みに震えっぱなしの、俺から視線をそらさない光の表情は。

「俺も、謙也さん、好きっすわ」

 明らかに、甘えているわけだ。
 どうしようもない、ほんと可愛いから仕方ないって自分に言い訳して光を抱きしめる。
 弟より可愛い。え、こんな可愛かったん? ってくらい可愛い。可愛いしか言葉が出てこない。こんな光は稀だ。稀有だ。希少だ。明日は槍が降る。いや、むしろ神様お願いだから、光の好きな白玉ぜんざいをぎょうさん降らしてください。光が喜ぶ顔が見たいです。

「はいそこまでー」

 教育的指導やで、と白石が俺と光の頭をそれぞれ叩くまで、俺らはずっと何も言わずに抱きしめあったままだった。そして、我に返った俺が慌てて光を離すと、同じように我に返った光は俺の足を蹴った。

「なんで蹴るん!?」しかも脛。
「なんとなくっすわあ」

 しかしながら財前くん、そんなに真っ赤な顔のままで普段通りの態度を取ろうとする健気な努力は認めたるけど、無駄やと思うで。


0509