※財前がなかなかいい性格をしている



 ひどい顔をしているという自覚は俺にもあった。でも、どうしろっていうんだ。俺の恋愛遍歴には異性とのあれこれはあろうとも、同性とのなんやかんやは存在しない。だけど謙也さん、あんたは間違いなく男で、もういちいち言い訳するのも面倒だからはっきり言うと俺は謙也さんだから惚れたんじゃない。よくごまかしで「女だろうが男だろうが関係ない、お前だから惚れたんだ」とか言うけどあれって結局言い訳だろう。関係ないなら言わなきゃいいのに。ああいう台詞はたいてい同性の恋愛で起こり得るから、つまり言ってるやつは何らかの呵責をもって恋愛してるに違いなくて、それを正当化するために「女だろうが男だろうが」なんて言い回しを使うわけだ。
 俺はきっと謙也さんが女だったら惚れてないし彼女にしたいとも思わないだろう。俺は謙也さんのすべてが好きだと言い切れるけれど、それは謙也さんが「忍足謙也」というれっきとした男としてこの世界に存在しているからだ。男であるあんたに惚れとるんです、ねえ。あんたは気づいてませんけど。

「光?」

 謙也さんが俺の顔を覗き込むように見る。ああもう、誰が見たってあんたは男でどちらかといえば男前で俺からすればもうめちゃくちゃかっこようてしゃあない、触りたいじゃなくて触られたい、抱きたいじゃなくて抱かれたい、あんた俺がこないな発想しとるなんて思ってへんでしょ、俺あんたに触られるたびに胸が止まりそうになるんです、心臓が活動を停止してまうんです、今日は閉店がらがらがらーって、心臓閉店してもうたら俺死にますよって。死因は謙也さん、あんたなんですわ。
 謙也さんが俺にのばしてくる腕を払いのけて、なんでもないっすわあと返す。かわいないなー、と笑い声が返ってきて、その普段通りの反応に安堵する。同時に苛々する。謙也さんは俺のことなんてただの後輩としか見ちゃいない、それでも俺は明らかにこのひとを性欲の対象として見ていて、それが他人に知られたら俺は羞恥で死ねる。でも仮に知ったのが謙也さんだったら俺は柄にもなく顔を赤らめてうつむいて、そんでこのひとの心をなんとかして得ようとする。こんなん初めてや、俺今まで男に惚れたことなんあらへんし、言い寄ってくる女適当に抱いてそんで性欲も満足させとったのに。謙也さんのせいで俺はおかしなったんや。せやってもう女で勃たへんねんもん、なんで健全な中学生が部活の先輩の裸想像して勃起させなあかんのや、しかもそれでよう満足できとるわ自分。我ながら天才や、不毛にもほどがあるこの感情に蓋もせんで増幅させて、そのくせ俺は謙也さんに言おうとかそういう気はまったくないんやから。

「相談やったらいつでも乗るで!」
「あんたに相談して解決するんやったら、最初から自分でなんとかできるんで」
「まっ、ほんまにかわいない子やわあ」

 しなをつくってから俺の背中をばしばし叩き、豪快に笑って謙也さんは俺の脇を駆け抜けていく。うっすい背中。走るのに特化しとる背中、せやけど俺より広くてしっかりしとって、あの背中にしがみつけたら俺もう死んでもええかも、とか変態くさいことまで考え出す始末や。たかが背中で。ああけど視線下にさげたらすらりと伸びた足まで映って、俺の眼球は何のためにあるんやろう、はーいそれは謙也さんのからだをあますことなく脳に焼き付けるためでーす、そんなあほらしいやり取りを心中で繰り返す。足、ほんまええ足しとる。長いし筋肉無駄ないし、あとあのひとすね毛うっすいねんな、体毛うすいんやろな、俺もひとのこと言えへんけど。
 めっちゃ好きやねん、もう俺どないしたらええんやろ、自分で持て余してしまうくらいに膨れ上がったこの感情は、あんたに向けたところでどうにもならへんのに。でかすぎるんや、謙也さんは多分俺が言ったら受け入れてくれると思う。せやって俺後輩やし。可愛がられとる自信あるし。けどあかんねん、それやとあかん。だって生み出した俺でさえ持て余しとるような、肥大した好きっちゅう思いを、謙也さんに渡すわけにはいかへんやん。きっと謙也さん死ぬで。ぎゅうぎゅう押しつぶされて、ただでさえうっすい体が紙一枚くらいの薄さになってまう、ぴら〜ってとんでってまうわ。あかんあかん、それはあかん。俺はこの思いを育てつつ、育てつつ、表面には出さんで謙也さんと清く正しく健全なセンパイコウハイの関係を養っていくんや。清く正しく健全なコウハイはまずセンパイの裸なん想像したらあかんのや。もう上半身やったら見慣れとるけどな、あの筋肉ついとるのにうっすい体、せやけど胸板は俺よかしっかりしとって、あーちくしょうほんまかっこええねんなあのひと、あ今俺に手振っとる、ぶんぶん振っとる、腹チラしとるちくしょうかっこええ。腹チラだけで俺もう満足っすわ今日の部活早退さしてもらいます。

「なに言うとんねんこら」

 ポーカーフェイス万歳やって思っとった俺の頭に軽いショップを食らわした白石部長はにやにや笑っている。

「は、なんも言うてないですけど」
「モロ顔に出とるで、財前くん」

 謙也は鈍感やさかい大変やでー、そう言いながら部長も俺の脇を走り抜けていく。謙也さんよりうすくない体つき、きっと本物の同性愛者やったら部長のん体のほうが愛されるんちゃうかなあ、けど俺まったくあんたには欲情せえへんのです、部長。おかしいんやけど。部長のほうがきれいやしかっこええし無駄ないはずなんやけど、なんでか謙也さんばっかりなんすわ。鈍感なんも知っとる、ちゅうか気づかれんでもええし、いや抱いてほしいけどそういうんは脳内で補うんでええです。脳内の謙也さんときたらそらもう男前で男前で俺何回悶絶したかわからへん、現実の謙也さんかてあないかっこようないわ。
 って、思っとったけど。
 コートに行ったら謙也さんがにかって笑って俺の髪をぐしゃりと撫でて、そんでめっちゃええ笑顔で「ほな、やろか!」なんて言うんや。すんませんて謝りたくなった。あんたで抜いてすんません。抱かれたいとか思うてすんません。大好きで大好きですんません。けど俺の心境なんわからへん謙也さんはうつむいた俺の何を勘違いしたんだか両肩をがっしりつかんで「俺はお前の味方やから安心しいや!」ってなんや知らんけど励ましてきよる。そらコートの中では味方やないですかダブルスなんやから。そう生意気に返した俺と同じ目線になるように少しかがんで、謙也さんは言い放つ。

「ちゃうわ、俺はいつ何時でも光の味方やねんで!」

 あっかんわあ、脳内の俺専用謙也さんより現実の公共の謙也さんのほうが何万倍もかっこええ。もういっそこっち俺専用にしたほうがええんちゃうかな。本気で落としたろかな。

「へえ、せやったら俺の悩み聞いてくれはります?」
「おうええで! なんっでも言いや!」

 ああ、はい、じゃあ好きです。
 もう面倒やからいつもと変わらん口調で言うてやったら謙也さんぽかーんって口開けて呆然としとった。あかんて、俺もう重症すぎるわ。せやって、その半開きの口を塞いでしまいたい、とか思うてんもん。むしろその口で塞がれたい。
 信じられへんっちゅう顔しとったから、言うときますけど本気です、ってつけたしといた。ざまあみろや、俺の気持ちも知らんで受け入れるような態度とるあんたが悪いんやで。もう俺はあんたを逃がさへん。こうなったらとことん落ちてもらうわ。


0811(※これでも謙光です)