やさしいひとだ。それはこの俺が一番よく知っている。あのお人好しは、他人を無下にできない性格なんだって。知っている。だから、告白されそうになっても、俺みたいにかわさない。相手と向き合う。知っている。しかも、それを俺に知られないように誤魔化して、隠し通そうとする。
 せやけどな、謙也さん。俺知ってんねん。あんた今日告白されたやろ? 俺の隣の席の女子、前から俺にあんたのことよう訊いてきとったし、明らかに好いとったみたいやから。
 それはべつにいい。俺が惹かれたくらいだから、他にも謙也さんに惚れるやつはいて当たり前。むしろそんだけ好かれるひとが何よりも俺を好きでいてくれるというのは優越感すらある。あるのだ。ただ、いくら優越感があるとはいえ、男の俺と女のあいつらを比べてみたら、そりゃたしかに並んでいて見栄え良く恋人に見えるのはあいつらのほう。俺が並んでいたってせいぜい部活の先輩後輩にしか見えない。それは間違っていない、たしかに合っている。ただ言うならば、謙也さんは俺のもんでぜったい誰にも渡したらんって思ってても声高にそう宣言できないのが恨めしい。

「謙也さん、なんで今日部活に遅れてきはったん?」

 理由はわかっていて、それでも訊けば、謙也さんは案の定眉を下げて俺から視線を外した。誤魔化そうとするときの彼は、いつも俺の目を見ない。きっと、この年ではありえないほどに素直だから、嘘がつけないんだろうな、と思う。ありえないほどに。それは、俺がよく言われる生意気だとかひねくれているだとかの言葉とは正反対で、素直は美徳なんだろうけど、いつも素直でいればいいってわけじゃない。謙也さんは、素直しか知らない。馬鹿正直だ。誤魔化すのも下手だし、嘘だってつけない。

「あー、うん、えっとな」

 ちょお先生に呼ばれとって。ほら、俺髪染めとるやろ、そんで目え付けられとるんや。
 そう続けた謙也さんは、最後まで俺の目を見ない。アホか、と思う。あんな、ひとりで告白もできんで集団であんたんとこ押しかけて、友達も一緒におったら謙也先輩やさしいからきっと断れへんよって計算してあんたを呼び出したあいつらを、なんでかばうねん。女はあんたが思っているよりずっとずっと賢くて、計算高い生き物だ。結局謙也さんが断ったのか、それとも返事をまだしていないのか、はたまた受けいれてしまったのかはわからない。

「へえ、あんた見た目ヤンキーっすもんね」
「見た目だけやアホ!」
「言葉遣いも悪いやないですか」
「それはお前が言わせとるんやろ!」

 ねえ。俺はあんたが大好きなんですよ。知ってますか、あいつらが俺に毎回毎回「謙也先輩ってどんな子がタイプなん」とか「彼女おるとか知っとる?」とか、どうにかしてあんた好みの人間になろうとしとるときに、俺はひとりで涼しい顔して言ってやったんですわ。「どうしようもないくらい根性曲がってて可愛げのない年下が好みで彼女はおらんけど好きなひとやったらおるらしいで」って。あんた好みの人間になるんやったら俺目指さんとあかんでって言うてもよかったんや。それをぎりぎりで抑え込んだこの自制力、大したもんやと思うんやけどな。
 どうせ、謙也さんは俺を捨てられない。だってこのひとは、周囲の人間みんなにやさしいけど、それ以上に俺に対してやさしいから。
 そしてそんな理由よりもっともっと大切なことがある。

「ひっ、光!」
「なんですか」
「今日、一緒に帰ろうな!」
「毎日ですやん」

 俺はまだ、このひとに好きだと言っていないから、勘違いしてる謙也さんは片思いだって思ってて、どうにかして俺の気を引こうとしている。そんなもんとっくの昔に惹かれてんのに。でも、まだ言ってやらない。俺はあんたが大好きで、あんたも俺が好き。きっと大好き。それでも俺が一枚上手、だからあんたはぜったいに俺を捨てない。まだ手にしていないものを捨てるなんてできっこない。謙也さんが本当に俺を欲しがったら、俺はいくらでもこのひとに惜しみない愛を注ぐ。だけど、今はまだ、そこまで求めてくれないし、与えるつもりだってない。

「そういえば、なんすけど」
「うん?」
「うちのクラスの女子が、謙也さんに告白する言うてましたよ」
「えっ、あ……あー」
「けっこう可愛えやつやったと思いますわ」
「光は、可愛え女子が好きなんか」

 ふと顔を上げると、真剣な眼差しで俺を見つめている謙也さんがいた。
 可愛え女子は、まあ、嫌いやないな。きっと、性欲の対象にはなり得ると思う。

「まあ、好きっすね」
「……せやな、普通は好きやなあ」
「けど」
「けど?」

 謙也さんが目に見えて落ち込んでいると、後で白石部長に窘められるのは俺だ。あのひとは鋭いからきっと全部気づいてるんだろう。

「俺は、好きになったらそれまでなんですわ。女だろうが、男だろうが」

 一番最後の台詞を言ったあたりで、謙也さんの目が輝いた。わかりやすい。

「ん、そか! 光は関係ないんやな!」
「好きになったら、って言いましたけど」

 なあ、こんなにこのひとは俺のことが好きなんやで。ほかのやつなん目に入るわけないやん。こんな可愛げない、くそ生意気で相手の気持ちわかっててこっちはなんも行動せえへんような、そんな年下が好みなんや。俺に勝てると思っとるんか。無理に決まっとるやん。第一俺がこのひとを逃がすとでも思うとんのかアホ。
 機嫌が良くなったらしい謙也さんが鼻歌を歌いながらコートに向かう。その後姿を完全に自分のものにできるのはいつの日だろうか、そう遠くないことを祈った。


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