今日のノルマは簡単やった。一人でええんやもん。まあ、一人言うてもどこで誰が死ぬかなんて俺はまだわからへんし、蔵ノ介レベルになれば一発でわかるんやけど、俺は地道に探さなあかんわけで。下界をふらふらしとればだいたい一人は見つかるもんや。

 人間はなんや勘違いしとるけど、俺ら死神はべつに大きな鎌を持つわけでも、黒装束を身に纏うわけでもない。むしろ、普通にしとったら人間と全然変わらへんと思う。普通にしとっても人間には見えへんし、あんま意味ないねんけどな。人間が死ぬ間際に立ち会って、そんでその魂を捕まえるんが俺ら死神の仕事や。わざわざ人間を殺すなんてするんは悪魔の仕事やから、俺らの管轄外。
 そういや前に蔵ノ介に聞いた話によると、天界っちゅうんは五つくらいあるらしくて、俺ら死神と悪魔がおるんが第一天と第二天、ほんでその上に天使とか聖獣がおるらしい。俺は上まで行ったことがないからさっぱりやけど、蔵ノ介的に言うと「上は空気が薄くてあかんわ」だそうだ。あと、悪魔と俺らで決定的に違うんは、サタンに仕えているか否かやと思う。
 そもそもサタン自体が本来は天使やったから、俺ら死神とは存在意義が違うんや。神の意向で敵対しとるわけやから。死神は一応神の一種で独立しとるけど、サタン率いる悪魔は天使やったときは相当力が強い天使っちゅう割合が高い。悪魔と天使に明確な区別があるかって言われたら、本当はないねん。ただ、神が善の存在である天使だけやなくて、悪も創らなあかんって判断した結果生まれたんが悪魔。根本的なとこで、天使も悪魔も神の意思でのみ存在しとるから、俺らとはやっぱりちゃうねんな。ちなみに、天使からも悪魔からも、死神はよう思われとらん。神の末座を汚すとか陰口叩かれとるくらいや。

 まあ、ええけどな。目の前を通り過ぎていく人間はみんな忙しそうに、生き急いでいく。人間の寿命ははじめから決まっとるんやから、そない一生懸命早く生きることもないのに、なんて思うんは俺が死神だからやろか。速いんは嫌いやないけど、早いんは感心せえへんな。
 ふと、一人の少年が目に付いた。綺麗な黒の短髪を立てとる少年。ただ歩いているだけなんやけど、今の時刻やったら学校に行くんかもしれん。ええなー、学校ってめっちゃ面白そうやん。死神にも学校なんあればええのに。少年はだるそうに歩いていく。ヘッドフォンつけとるから、周りの音も聞こえへんやろな。俺は個人的にヘッドフォンが好かん。あれのせいで死なんでもええ人間がぎょうさん死んでいきよるさかい、ほんま不注意を招きやすいと思う。もしかしたらこの少年も事故るかもしれへんなあ、って思いながら、死にそうになったら助けたろ、とも思いながら、俺は少年を目で追う。
 数分後、少年の後ろから乗用車が猛スピードで走ってきた。あれは、危ないかもしれん。死神の仕事は本来魂を預かるだけで、その生死に関与したらあかんっちゅうことになってんけど、目の前で寿命以外の原因で死にそうになっとった場合は助けてもええっていう暗黙のルールがある。あの少年はまだ寿命やない。寿命の人間はうっすい膜で覆われとるもんや。善人の場合は白っぽい色で、悪人の場合は黒っぽい色。普通の人間は善悪どっちでもないから灰色っぽくなるんやけど。
 少年は気づいとらん。しゃあないな、目の前でころっと死なれても困る。少年が轢かれそうになった瞬間、ちょっとだけ時間を止めてやった。これくらいやったらええやろ。で、俺は少年の固まったままの体を少しずらして、うまく車から逃れられるように、するつもりやったんや。
 俺が近付いた途端、固まっているはずの少年は、俺を真っ直ぐに見つめた。ありえへん、と心のどこかで警鐘が鳴る。俺はいまここの時間を止めたんや。なんで、こいつだけ、動けとるんやろ。嫌な予感がした。話でしか聞いたことあらへん、死神と同じかそれ以上の霊力を持っとるっちゅう人間。めったにおらんねん。100000人に1人、それくらいの割合や。十万やで、十万。そないなやつがそう簡単におるわけない。せやから、これは俺のミスや。そう思ったんに。

「なあ、アンタも死神なん?」

 少年は、どっちかっちゅうと、慣れてる感じの口調で言って、しかたなさそうにヘッドフォンを外した。