【case_01:白石蔵ノ介の話】

 ちょお聞いてや、ほんま俺今日がんばったと思うわ。あんなあ、謙也おるやろ。あいつ最近えらいへこんどって、チームメイト兼クラスメイト兼親友の俺としては気になるやんか。
 そんで今日訊いたんや、お前最近おかしないかーって。したらな、あいついきなり俺んこと蔵ノ介、って呼んで見つめてくるんや。おかしいやろ。きしょいわって言うたら、あいつ、せやなあって言うたっきり机に突っ伏すんよ。きっしょいやろ? 実物はきしょいなんてもんやないで。背筋をまるでミミズが這うかのようなおぞましさや。這うたこと? あらへんよ。
 で、謙也やけどな、そのきっしょい謙也や。うん、いやいや冗談やって。ほんま。きっしょいとか思うてへんて。ただちょっとたとえ話のミミズを想像したらめっちゃきもいねんな、今ほんまに背筋凍っただけやって。
 話戻せ? あーせやな、謙也やったな。俺な、財前と謙也にダブルス組ませたんは失敗やないかなって思ってんねん。オサムちゃんの言うたことやしどうしようもあらへんけど、あいつらめっちゃ正反対やろ。なんぼ謙也が財前に合わせようとしても財前がそっぽ向きよるんやったらダブルスにならへんと思うし、第一後輩で謙也んこと忍足先輩って呼んどるん財前だけなんやで。あの微妙な距離感なんとかならへんかなあ。
 謙也も名前で呼べって最初に喋っとったらしいんやけど、財前が呼ばへんから嫌われとるんやろかーってぐだぐだ考えとるらしくて、ほんまきっしょ……はいはいちゃいます、きしょくないです。すんません、ごめん謙也。はいこれでええ? あ、ええの。お前ほんまにええやっちゃなー、どうせここには謙也おらへんねんで。自分が言われて傷つくことはしない? あー、ええ心がけや。尊敬に値するで、さすがやな。
 そんでな、俺としては謙也と財前がまだぎこちないんやったらお前と謙也でダブルス組んだほうがええんちゃうかなって思うてんけど。俺には無理とか言うんやないで、お前は俺の片腕やろ。
 まあ冗談にしてもや。俺はようわからへんけど、財前って実際は謙也になついとるんやないかなって思うたんよ。せやって、あいつ俺と試合しとるときとな、謙也と試合しとるときやと全然態度ちゃうねん。あいつ素直やないねんな。俺の話やったら真剣に聞きよるくせに、謙也の話やと横柄な感じやし。けどよう見ると、横柄っちゅうか、さりげなく謙也んこと観察しとるんやで。観察? 観察……あー、ちゃうわ、見惚れてるんかな。わからへんけど。
 あーもうどないしよ。謙也はアホやし単純やから、財前がほんまに自分のこと嫌っとるって思い込んでまうし、財前は財前で謙也に対してツンツンしよるし。なんやろあのもどかしい感じ。……本人に任せとけ? あー、あかんて。あかんあかん。せやって、俺、我慢できひんもん。いらいらすんねん。なんであないにすれ違っとるんかわからん。
 ちゅうか財前やろ問題は。財前がおとなしーく謙也んこと「謙也くん」とか呼べばそれでええねん。謙也かてべつに名前で呼ばれへんからってあない落ち込まんでもええやろ。まあ、あいつ従兄弟くんおるし、あんまり名字で呼ばれんの好きやないって気持ちもわからんでもないけどな。けどたかが名前やん。俺なんか普段白石って呼ばれるんに慣れとるから今朝蔵ノ介呼ばわりされてほんまに鳥肌もんやったくらいや。
 もうそろそろ部活行かなあかんな。わざわざ委員会の途中に話しかけてもうてごめんな、小石見かけたらつい話したくなってん。ラベンダー植えお疲れさん。ところでその横に俺の薬草スペース作ってもええ――わけないよな。わかったわ。今回は諦めたる。
 

 小石川健二郎は、先に立ち去った友人を見つめて呟く。謙也も財前も大変やなあ、と。
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