血液型で性格もわかる、とかいうのは日本人特有らしい。血液型がこうもきれいさっぱり、四つ(まあ実際には四つ以上だけど)に分かれている人種は世界中を探しても日本人だけとか白石は言っていた。まあ、そんなんは俺にとってどうでもよくて、白石は「せやからな、血液型でそいつのタイプがわかるっちゅうんは嘘なんやで」と締めくくっていたものの、俺は血液型を信じる派だ。
 B型はわがままらしい。で、A型は神経質らしい。うんうん、と頷きたくなる。俺の部屋とだいぶ違って、光の部屋はこざっぱりとしている。無駄なものがないというか。必要なものを上手に配置しているだけかもしれない。自分の雑然とした部屋を思い浮かべてみて、やっぱり血液型だろうか、と少し考える。

「……、そこ。譜面、踏まんで」
「あ、すまん」

 とりあえずベッドに腰掛けた俺は、なにげなく足を下におろして、なにげなく下に落ちていた紙を踏みそうになって、案の定光に怒られる。しかたがないから、両足をそのままベッドにのっける。いっそ横になったほうがいいかと思ってベッドに横たわってみたけど、光は怒らなかった。怒るどころかヘッドフォンを装着してパソコンの電源を入れる始末だ。俺のことは放置か。ええけどさ。俺が勝手に押しかけたんだし、ええけどさ。
 光が本格的に自分の世界に入ってしまったので、俺は暇になる。白石んとこでも行ったらよかったんかなあ、とか、家で寝とったほうが、とか、いろいろ考えて、でもやっぱり光の部屋にこれたしよかった、と思うことにした。光は自分の部屋に他人を入れたがらない。俺は友達と遊ぶと最後は俺んちで締めよう、みたいな流れになるけど、光の場合は自分の部屋は聖地みたいなもんらしい。
 雑誌も1月号からちゃんと並んでいる。ささいなことに感動してしまった。俺は読んだら適当にラックにつっこむから、整理整頓がきちんとされている本棚を見るとなんだかときめく。光が乱雑に物を片付ける人間じゃないことは知ってるけど、それでも今ちょっとときめいた。
 雑誌を本棚から引っ張り出す。ちょうど、前に光がうちに持ってきてたやつだ。これは見た。モテる男の十ヶ条とかめちゃくちゃ真剣に読んだからか、印象に残りすぎて実行に移した結果、逆に女子から引かれたくらい。俺、香水似合わへんのかもしれん。そう呟いてみても、ヘッドフォンで周囲の雑音を取り払っている光に伝わるわけがなかった。なんで俺、こいつの部屋にいるんだっけ。
 部屋をぐるっと見渡してみる。全体的にモノトーンで統一されたこの場所に、俺はすごく不釣合いで、なんでいるんだよ、と部屋にまで言われているような気がした。心の中で、自分自身と部屋に言い返す。暇やったから後輩の家に遊びに来ただけやアホ。

「ひっかるくーん」
「……」
「ひっかるちゃーん」
「……」
「ひか」
「うっさいですわ」

 光の背中に延々と名前を呼びかけるという俺だけが楽しい遊びは数秒で終わった。強制的にだ。光は疎ましそうに俺を見ている。邪魔やったかな、ごめんな、と俺は言いつつも、光の邪魔をしている自分にエールを送りたい気持ちでいっぱいだった。光は俺とのダブルスの最中でも、たまに自分の思考に没頭する。そこが凡人とは違うんだろうな、とは思うが、なんとなくいけ好かないのも事実だ。今だって、まあ俺が勝手に遊びに来たにしても、相手をせずにほったらかしってのはないだろう。

「あんな、俺、めっちゃ暇やねん」
「俺は暇やないんで」
「せや、ふたりでトランプせえへん?」
「俺の部屋にトランプなんありませんけど」

 光はいけしゃあしゃあとそう言って、またパソコンに向きなおる。

「じゃあ山手線ゲームでもええで」
「ここ大阪」

 瞬殺か。パソコンのスクリーンが幾何学模様を描いている。あー、そういや数学の宿題まだ終わってないな。家帰ったらやらないと。
 山手線ゲーム楽しいんやけどな、と言っても、光は眉間に皺を寄せるばかりだ。侑士とやるときは俺いっつも負けてんねん、せやから光でリベンジしたいんや、と続けて言ったら、光は急にパソコンの電源を切った。強制終了。こいつどんだけ相手に強制させるんや。俺とパソコン相手に。

「リベンジなら従兄弟さんとしたらどないですか」
「いや、せやから相手が侑士やったら勝てへんからっちゅう前置きしたやん!」
「言うときますけど、俺ぜったい謙也さんより強いですわ」

 山手線ゲームって、ふたりでやるもんでもないけど。光が完全に作業を中断させて俺の相手をしている状況が面白くて、つい話を変な方向にそらしてしまう。光がすすめた香水を買ってつけてみたら女子に不評だったこととか。モテる男の十ヶ条を実行したせいでさらにモテなくなったこととか。俺が話すたびに光は表情を変えず、眉を上げ下げするだけだった。

「で、アンタは結局なんでここにおるん?」
「暇やったから?」
「疑問系……」
「俺もようわからん」

 話相手なら白石のほうが向いている。あいつはちゃんと相槌を打ってくれるし、たまに話にツッコミをいれてくれたりする。光ははっきり言って、聞いているのかいないのかわかりにくい。でも、俺はここにいるわけだ。

「なんとなく、暇やったから来ただけや」

 真っ先に浮かんだのが光だったから。ただそれだけな気がする。
 そう続けそうになって、思わず光の顔を見ると、ものすごく変な顔をしている。呆れと驚きと疑いと、あとなんかよくわからん感情を全部まとめてミキサーにかけて出来上がった、そんな感じの顔だ。光は俺に対して笑顔を向けることがめったにない分、軽蔑しきった表情ばかりを見てきた俺だが、さすがに今の顔ははじめて見た。
 今、なんやまずいことでも言うたかな。

「アンタ、暇つぶしの相手に俺を選んだんか……」
「あー、うん。そうかもしれん」
「最悪や」

 最悪っちゅうんは最も悪い、という心理状況であって、光の口調はたしかに最悪そのものだった。でも、顔付きがいつもより穏やかで、どこか笑っているようにも見える。光は笑うと雰囲気がいっぺんに変わる。冷めている、クールぶった空気が一瞬で消えて、なんちゅうかな、甘やかしてやりたくなる。すごく可愛く笑う、と思う。
 いつもそうやって笑ってたらええのに、すぐに笑顔を引っ込めて、光は座っていたいすから立ち上がる。

「何、飲みます?」
「え?」
「飲みもの。あ、青汁はあらへんけど」

 そう言って、コーラでええですか、と俺の意見も聞かずに光は部屋を出て行った。訊いといて、無視。まあコーラでもええけど。ふと気になってパソコンのマウスを少し動かしてみると、すぐに画面が切り替わる。てっきり趣味の作曲でもしているかと思ったのに、そうではなかったらしい。
 画面は、デスクトップだった。ちゅうかこのデスクトップ、アイコン多すぎや。きちんと整列されてるあたりはさすがだと思うけど、ざっと見て半分近く埋まっている。そのほとんどが曲のタイトルだったから、作りかけの曲なのだろう。
 数あるアイコンのひとつをクリックしようとした瞬間、「何勝手にひとのパソコン触ってはるんですか」とドスの効いた声が聞こえて、振り返った先には――もう、言わんでもええやろ。
 結局俺は光に怒られて、缶コーラと共に家から追い出された。最悪や。


0603(若干二割に気づけとリンクしているようなそうでもないような)