その視線が何を意味するのか。
解らぬ程、愚鈍ではないのだが。

それをおいそれと受け入れられる勇気が無かっただけの話。

たとえ、同じ気持ちを抱いていたとしても。





「荀攸」
「はい?」
ふいに曹操に声をかけられた荀攸はこんな事を言われた。
「お前…死相出てるぞ」
「し、死相!?」
思わず頬に手を当てていると、
「まぁ、それは冗談だが」
冗談なんですか。
「取り敢えず、何か負の気が出ているのは確かだな」
「負…ですか?」
「何か心中を煩わす事でもあったのか?」
「…」
思い当たる節が無い訳ではない荀攸が押し黙るのをじっと見詰めていた曹操は、その頭をぽんぽんと優しく叩いて、
「まぁあれだ、あんまり思い悩むなよ」
そう言い残すとひらひらと手を振って去っていった。

殿に心配をおかけしてしまうとは。
「これは少々、不覚」






◇◇◇

避けられている。
最初は思い過ごしかとも思ったが、それは日に日に確信に変わるに至った。
話しかければきちんと答えてくれる。
表面上は何等変わらない、だか明らかに線を引かれている、そんな感じだ。

これ以上踏み込んでくるな、と。




「どうした、楽進!」
調練の帰りに夏侯惇にそう声をかけられ、がしっと肩を組まれた。
「どう…とは?」
「いやなに、お前さんの背中に哀愁が漂ってたんでな」
(そう…なのか。)
「調練中も僅かではあるが何時もより覇気が無かった様な気がしたが」
夏侯惇の後ろにいた張遼にもそんな事を言われる。
自分は存外分かりやすい人間の様だ。
「何か悩み事でもあるのか?」
聞くだけなら聞いてやるぞ、と豪快に夏侯惇が笑い、無責任ですね、と張遼が苦笑いする。
(悩み、なのだろうか。)
自分がどうしたいのかは分かっている。
(それをして良いのかどうか、迷ってはいる…と思う。)
「好きな人がいるのですが」
どうしたら良いでしょうか、と、突然語り出した楽進にも驚いたのだが、その内容に更に驚き、夏侯惇は思わず後退る。
張遼も珍しく驚きの表情を面に出していた。
「そ、そうか、それは大変だな!」
それから、そうだ孟徳に呼ばれてたんだ、と慌てた様子で後は頼んだと張遼の肩を叩き夏侯惇はその場を足早に立ち去っていった。
「…」
「…」
暫くその後ろ姿を見送った後、二人で顔を見合わせて苦笑した。
「どうやら夏侯惇将軍はその手の話題は苦手らしい」
「その様で」
「まぁ俺もそれ程得意では無いが…」
それから逡巡して、
「まぁそうだな、とにかく行動有るのみ、だ」
「はぁ」
「貴公は特にそういう男だからな」
当たって砕けろ、という奴だなと笑う張遼に、
(砕けるのは嫌だな)
と楽進はぼんやり思った。






◇◇◇

「正直に白状しなさい」
年下の叔父が可愛らしい顔を凄ませてそんな事を言い出す。
「何です?薮から棒に」
本日の執務も無事に終わり帰宅の途につこうとしていた荀攸は荀イクと郭嘉に捕まっていた。
「むむ、白を切る気か」
「いや、ですから」
「叔父さんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ」
「えーと、」
「荀イク殿、いくら何でもそれでは何が何だか分からんだろう」
荀攸殿が突っ込みあぐねているじゃないか、と不毛な叔父と甥のやり取りに郭嘉が助け舟を出す。
「荀攸殿、悩み事がお有りではないか?」
「え?」
「殿が気にされておられたぞ」
私も気になっていたんだがな、と荀イクがぽつりと言う。
「まぁこの荀イク殿も気付いているくらいだからな、皆も心配していてな」
郭嘉の言い様に、それはどういう意味だと荀イクが気色ばむ。
「そうなのですか…」
周囲の人々にまで心配かけてしまうとは。
申し訳ないと詫びる荀攸に、いや謝って欲しい訳ではないのだが、と郭嘉は苦笑する。
「悩みが有るなら相談に乗るぞ」
気を取り直して荀イクが荀攸の肩をがしっと掴む。
叔父として良い所を見せたいらしい。
「いえ、悩みという程ではなくて…」
「公達!遠慮はいらないぞ!」
「いや、遠慮もしてませんが…」
さて、どう言ったものか。
「つまり、瑣末な事柄故ご自分でどうにかなさる、と言う事ですかな」
見兼ねた郭嘉が再び口を挟む。
「まぁ、そんな所です」
取り敢えず荀攸がそう答えると、何だかはっきりしないな、と荀イクが不満顔をした。
「とにかく、本当に大した事では有りませんので」
そう、気にしなければ良いだけの話だ。
まだ何か言いたげな荀イクだったが荀攸にそう言われて渋々引き下がった。
そうして三人で執務室を後にしたのだが、別れ際に郭嘉が、
「先ずはご自分の気持ちを素直に、有りのままに受け入れるのが宜しいかと」
そうすれば自ずと上手くいきますよ、と耳打ちするのを荀攸は一瞬ぽかんとした表情になり次いで頬を僅かに朱に染める。
ご武運を、と言い残していく郭嘉に心情を見抜かれた気恥ずかしさを覚えつつ、この際その言に乗ってしまおうか、と荀攸は腹を括った。






◇◇◇

意を決して訪れた荀攸の部屋は、しかし主不在であったので楽進は暫く待つ事にした。
取り敢えず砕けても良いから先ずは想いを伝えよう、と勇んで来たので少々肩透かしではあったが、今更もう迷う事は無かった。
それから、そう間もなく荀攸は戻ってきた。
楽進を見付けると驚いて、そして優しい笑みを向けてきた。
「どうしたんだい?」
「お話が…有りまして」
予想外の笑顔に狼狽しつつも(だが表には出ない)楽進が答えると、立ち話もなんだから、と室内へ招かれた。
「お茶でも飲むかい?」
「いえ、おかまいなく」
どうした事だろう。
引かれていた線が、無くなっている。
「それで、話とは何かな?」
やはり何処までも穏やかな荀攸に、楽進は何の躊躇いも無く告げる。
「貴方が好きです」
その告白に、だが荀攸は表情を変える事も無く、楽進は戸惑う。
「嫌、ですか」
尋ねてみれば、嫌じゃないから困ってる、と苦笑された。
「困り…ますか」
「うん」
「だから避けて…」
「知ってたんだ」
これには少々驚いた顔を見せた。
「…分かって、ました。だから本当はこれ以上踏み込まない方がいいのかもしれないと。でも俺は─」
「ねぇ」
「はい」
「君はこんなおじさんのどこが好きなんだい?」
「…上手く、言えないのですが…貴方の傍にいるととても落ち着きます。貴方に名前を呼ばれると嬉しい。貴方が笑ってくれると幸せな気持ちになります。それから」
「もういいよ」
見れば、頬に朱を差し照れた様子で俯きながら、有難う、と荀攸が呟く。
それから、顔を上げるとまた穏やかに微笑んで、
「私も君が好きだよ」
恥ずかしそうに荀攸がそう告げるのを、楽進は気付くとその体を抱きしめていた。
「嬉しいです」
「うん、私も嬉しいよ」
「幸せです」
「うん…私も幸せだよ」
背中に回された腕の温もりを感じながら、楽進はずっとこうしていたいな、と考えていた。
















■■■

何か、予想以上に恥ずかしい代物に…。
他の人達を出したせいか妙に長くなってしまったり(汗)。
まぁ、楽しかったですが(苦笑)。


楽進の一人称は分からなかったので私の好みになってます。
後、蒼天だと何と無く荀攸の方が年上な気がするのでそんな感じで書きました。

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