『それは恋というものだな、荀イク殿』
何て事を言うか、あの不良軍師は。
郭嘉のにやけ面を思い返し荀イクは苦々しい思いに浸る。
確かに、殿の事を好きだと言った。
でも、そんなの皆同じだろう?
皆、殿の事が好きで慕っているからこそお仕えしているんじゃないか。
『荀イク殿の想いは他の方とは種類が違うのだよ』
種類って何だ。
違いなんて分かるものか。
「――ク」
どうせ私は初恋もまだですよ。
「―イク」
恋なんて、知らない。
「荀イク!」
「あ、あいっ!?」
名を呼ばれ荀イクは慌てて返事をする。
と、不機嫌そうな曹操がこちらを見ていた。
そうだ、今は仕事帰りに呼ばれて殿の室に来ていたのだった。
「俺といるのに考え事か」
気に入らんな、と呟く殿は怒っているというよりは拗ねているような気がした。
「あ、いや考え事というか…」
「何を、考えていた?」
「それは…その…」
「んん?」
黙秘や虚言は己の首を絞めるだけ。
「…殿の事を、考えておりました」
「俺?」
殿が自分を指差してきょとんとした表情をするのをとても可愛いと思ってしまった。
…こういう所が余人との違いなのかな…?
「俺の事を考えて俺の言に耳を傾けぬとは、矛盾してるなぁ」
何処か呆れた様に、でも優しく殿は笑ってくれた。
その笑顔に今度は胸が苦しくなる。
だが、そんな事を殿に知られる訳にはいかない。
殿に懸想してる、なんて。
この場は早急に用件を済まして立ち去らねば。
「ところで殿、何用で荀イクを呼ばれたのですか?」
「ん?ああ、そうだ、お前何か悩み事でもあるのか?」
「ほぇ!?」
いきなりの核心。
「いや、郭嘉が最近荀イクが何やら悩んでいるようなので相談にのってやってくれ、と言っていたのでな」
郭嘉の奴め…!
「まぁ俺も気になっていたからな」
「…え?」
殿は既にお気付きなのか…?
「俺には言えん事か?」
どう言ったら良いんだろう。
「…それも、俺の事か?」
「!」
その、驚愕の表情をどう受け取ったのか。
曹操の顔がやや陰りを帯びて。
「俺に仕えるのが嫌になったか?」
「―っ!?そんな事!天地がひっくり返っても有り得ません!」
慌てて言い募ってから荀イクは俯く。
「殿のせいじゃないです。荀イクがおかしいんです」
どうしよう、何か泣きそうだ。
「最近、殿の事を考えると落ち着かないというか、何かこの辺りが苦しくなるというか…」
言いながら胸元を掴む。
ぐるぐると思考を巡らせる頭の上からは意外にも気の抜けた声が降ってきた。
「何だ、お前、俺の事好きなのか」
「!そ、それは…」
どう返答しようか思案していると、
「荀イク」
また名を呼ばれて、
「おいで」
招かれるままにその距離を縮めれば、
「ぅわっ!?」
「捕まえた」
満面の笑みの曹操に抱きしめられた。
そのまま曹操は後ろに倒れ込む。
自然、荀イクが曹操に覆いかぶさる形になる。
「と、殿!?」
「曹操が欲しいか?荀イク」
顔を真っ赤にする様子を楽しげに眺めながら、
「欲しければいくらでもくれてやる」
荀イクの頬を撫で曹操は優しく諭すように語りかける。
「だからもう、そんなに悩むな」
お前が悲しいと俺も悲しいからな、と少し悪戯っぽく笑って荀イクを更に引き寄せる。
「と、殿!?」
鼻先触れる至近距離。
そうして、曹操がそっと瞼を閉じるのをひそかに心中を錯乱させていると、
「荀イク、まだか?」
「あ、あいっ」
これは、やはり、そういう事なのか…。
一つ唾を飲み込むと、恐る恐るその唇に口付ける。
「…それだけか?」
触れるだけの口付けに目を開けた曹操は苦笑する。
はい、これが今の精一杯です。
「ま、いいか」
「ぅわっ!?」
また呵呵と笑う曹操の胸にぎゅっと抱きしめられる。
「殿〜、苦しいです〜」
言いながら、荀イクはただひたすらに幸福で堪らなかった。
■■■
荀イク×曹操だと言い張ってみる(笑)。
蒼天でイク操は無謀ですかね…。
取り敢えず、何やら恥ずかしい二人ですが(ヲイ)書いていてとても楽しかったです♪
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