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「さえちゃん、さえ子ちゃん。今いそがしくなあい?」
お客さんの飯台を、きゅっと音がするまで真っ白な布巾で拭き終わった彼女が満足そうに息を吐く。
そのとき、お勝手の隅でじっと様子を窺っていたまちが声をかけた。
前掛けを外しながらなあにと返事をすると、少女は手にシロツメクサを持っている。
「かんむりの作り方をおしえてほしいの」
「あら、おかみさんにあげるの?」
小さな彼女の母が営んでいるこのお店で冴子は給仕の仕事をしている。
まちのことはずっとずっと、赤ん坊のころから知っていて、歳の離れた妹か、それこそ娘のように思っていた。
少し恥ずかしそうに俯くのをかわいらしいと思って、口許がほころぶ。
「ううん、せっちゃんがかぜでおふとんから出られないから、おみまいにあげるの」
せっちゃん、というのはまちが遊んでくれると近頃べったりの少年のことだ。
線の細い印象だったが、あまり奥から出てこないと思ったら臥せっているらしい。
「そっか、じゃあ前掛け置いたらお庭に行くから、先に行って待っていて」
遊び相手が寝込んでいてはそれはつまらないのだろう、しゅんと肩を落としたまちの黒い髪を撫ぜると、彼女はこっくりと頷いてお勝手から駆けて行った。

「俺にじゃないのかあ」
横の板場から、暖簾をくぐって平太が顔を出す。
「聞いてたの。いやねえ」
「前は俺にばっかりくっついて歩いてたのにさあ、まちのやつ」
口を尖らせる男は、今も床に就いているだろう少年とそう変わらない歳のはずだ。
相応以上に丈夫な彼は冴子の知る限り、風邪のひとつも引いたことがない。
半分くらいわけてやったらいいのにと、声には出さないが呆れ交じりにその額をぺちんと叩いた。
「そんな顔しない。仕込み終わったの?遅いと大さんにどやされるよ」
「今日はちゃんと終わったってんだよ」
前掛けを外して奥へ引っ込む少し鉄火なたちの彼女に、顔を赤くした平太の声は暖簾に腕押しだった。







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