第十話 流れつく処

-himno-

銀翅の亡骸は、とうとう見つかりませんでした。――どこか川の深みにでも沈んでしまったのでしょうか。
十六夜は銀翅を悼みながら、少しくない月日を過ごしました。

やがて。
ひとりで()ることに飽きた十六夜は、銀翅の遺した力と己の力とで血を分けた眷属を創り出し、気まぐれに「遙」という名を与えました。

名を与えられたそれは思いの外大きな力を孕み、やがて主を真似て少女の形をとりました。
十六夜を母と認識し、山を自らの庭として。
遙はいつしか村へ赴き、多くの風車を見つけます。十六夜よりその所以を訊くと、遙はそれを悼みました。――銀翅のことは知る由もなく。

折しも、季節は春。
山じゅうの木々は薄紅色の花をつけ、美しく咲き乱れました。

その中で遙は、一本だけ、やけに紅い花をつけた樹を見つけます。
――変わった樹だな、と思いながら見上げると、小鳥が花を(ついば)み、ぽとりと落としてゆきました。

遙はそれを拾うと、しげしげと視つめました。
――ああ。なんだか、風車と似ているわ。
そう思った刹那、遙は男の声を聴いたように感じました。

――君は誰だい?

声に驚き、辺りを見回しましたが、誰の姿も在りません。
よほど幽かな存在なのかしら、と察した遙は、先に男の問いに答えてやることにしました。

「――私。私は、遙」

――ほう…。私の声が聴こえたとは驚きだ。
男は、自分で声を掛けておきながらそう言うと、くすくすと笑いました。
――遙。…、季節を孕む名だね。それも、いまだ。

「…。あなたの、お名前は?」
――私か。…、確か…、そうだ。…銀翅。

「ぎんし…?」
聴き覚えのある名に遙は驚き、目を丸くしました。

――…? 私の名に覚えがあるのかい?
「おかあさんが、捜しているひと…。」

――ほう…。とすると君は、十六夜の…?
「うん。十六夜は、おかあさんの名前。」

――成程。不思議と懐かしいと思っていたら、そういう事だったのか…。
「…。」

――良かった。寂しい思いはしていないのだね。
どこか安堵したような声色の男に、遙はふるふると(こうべ)を振りました。
「おかあさんは、ずっとあなたを捜してる。――あなたは、どこにいるの?」

――………。
ざわざわと木々が揺れ、その度に花弁が散りました。

――其処を、掘り返してみるがいい。
少しの沈黙の後呟かれた男の言葉に、遙はまるで導かれたように、紅い花をつけた樹の根元へ目を向けました。

遙はそっと樹の根元に近付き、降り積もった花弁に白い指をさし入れました。
尚も降りしきる花弁を除け、雪解け水を含んだ柔らかい腐葉土を払い。――やがて、遙の指先よりも白く丸いものに、こつんと触れました。

刹那、どうと強い風が吹き、ざざあと花が散りました。
――嗚。そんなにも()かないでおくれ。…見つけてくれて、有難う。
やすらかなこえが聴こえます。
――ずっと、おそろしかったのだろう? けれども君は、捜し続けてくれた。…有難う…。

「遙…。」
ざっ、という音と共に顕れたのは、十六夜でした。
そう声をかけつつも、十六夜が向けた視線の先には、見慣れぬ男の姿が在りました。

「…穢してしまって、申し訳ない。」
樹の幹に触れた男は穏やかに微笑みながら、十六夜に詫びました。

その姿はゆっくりと薄らいでゆきます。
十六夜は、ううん、と首を横に振ると、――またな。と応えました。

――銀翅は、十六夜の言葉に、応、と頷いたようでした。
最期に、遙に向かって微笑むと、花弁がその身をすり抜けました。

***

去りし者、尚も夢見て飽き足らず
己が自由を(こいねが)い、伝え遺すは夢の残り香

himno:イムノ
スペイン語
意味:賛美歌、賛歌。
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