あきぞらのはて。

-02-

“彼ら”からすると、こういった行為自体が必要のないことなのですが…

――折角の機会なのだから。

「どうせ探すのなら早く済む方がいいだろ?」
という“彼”の言葉で、“今までと変わらぬ生活”を送ることにしました。

お察しの通り、“彼ら”は人間ではありません。
いえ、『人間』なのですが、言うなれば――『ヒト』ではありません。

彼らは『夢空(ゆら)族』という種族です。
その名の通り、“空”に関係があるモノ達です。

彼らが唯一関心を持つモノ達。そう、―――鳥。
人間でもなく鳥でもない。それらの間をゆくモノ達です。

幼い頃、恐らく誰もが一度は見たであろう、夢。
例えば、「空を飛んでみたい」という、他愛の無い夢。

彼らはその夢を、いとも容易く叶えることができます。
なぜなら、彼らは体の一部を――そう、例えば腕などを――翼に変えることができます。

勿論空を飛ぶこともできるのですが、現代ではそれは、とても難しいこと。
周囲に騒ぎ立てられ“異形”のレッテルを貼られるか、それが嫌ならば
人間の到達していない未開の地に棲むか、もしくは――それらを隠すしか、道はありません。

今この世界で未開の地を探す事が如何に難しいことか、お解りの方はおられるでしょう。
深海に棲めるのならまだしも、彼らは地上に棲むモノです。
――それ故、彼らは翼を隠すことを選んだのでした。

しかしそれは――彼らにとって大きなリスクを孕んでいました。
翼を隠したは良いのですが、翼がある事を忘れ、人間としてしか生きられぬようになってしまったモノ達が出始めました。

そして、それ故――彼らの数は減少してゆきました。
また、翼を忘れた彼の一族は――嘗ての“空”の記憶に想いを支配されてしまうので
彼らの行く末には、死しかありませんでした。

何故なら――空に憧れるあまり、『空に飛び込もうとして』…多くの場合、転落死してしまうから。
だからまだ意識のあるモノ達は、必死になって“嘗ての同胞”を探し求めていました。

鳥でも人間でもないモノ達が安住の地を得るには、鳥か人間か、どちらかになってしまう他に余地はありません。
しかし人間になってしまえば、彼らには早すぎる死が待つのみです。

それなら。

嘗ての同胞達を探し当て、彼らの肉体へ宿るより他はありません。
そうすることによって、漸く彼らは完全な鳥の姿に成ることができるのです。

嘗ては、彼らも在りのままの姿で存在できたのですが
それを打破しなければ、彼らは絶えてしまうのです。

完全な鳥の姿になったとしても、人間であることを忘れるわけではありませんし
また、ずっと鳥の姿を模していなければならないわけでもありません。

ただ…彼らが翼を隠し続ける故か、仮の器である肉体は長くはもたないのです。
それ故、その器が朽ちる前に、また新たな器を探す必要がありました。

新たな器を探すにしても、嘗ての同胞を探すにしても
「空が好きかどうか」という問いは大きな意味を持ちます。

もし、新たな器となるモノが「空が好きだ」と答えたなら
嘗ての同胞である可能性が高まります。
また、そうでなくとも少しでも何らかの共通点があれば次の器にすることができます。
それ故、彼らは相手の事を少しでも知ろうとしているのでした。

器にされてしまったモノの魂は、記憶として受け継がれます。
突然に入れ替わってしまっては不審な目で見られかねないからです。

それ故、彼らは常に“仮面”を被っている必要がありました。
器の持ち主と何ら違わぬ仕草、口調、行動をとらなければなりませんでした。

彼らが唯一、仮面を外せる場所は――同じ一族の前だけでした。
そう、例えば――


「――ユリア!」
「…あら、エリオットさん。…授業は如何でしたか?」

「んー、まぁ。トリの話もちょっとは出てきたけど、そんなに騒ぐ程じゃなかったかなー。」
「そうではなくて。…ちゃんと、授業は聞いていましたか?」

「…。いや、何かさ、“コイツ”、元々そういう奴だったみたいで…異様に眠くなるから、寝てた。」
「…そうですか。一概に“その方”のせいだけとは思えませんが…まぁ、――突然真面目に授業を聞き始めては、かえって怪しまれてしまいますからね。」

「そうそう。…まぁ俺は別に、ユリア程真剣にならなくても良い気がするしなー。」
「…しかし貴方には、」

「分かってるよ。…仲間を探して、一人でも多く助けてやらなきゃな。――それが俺の務めだ。」
「……………。」

「ユリアも早いとこ、それっぽい奴見つけろよー?」
「分かっています。…長は、宜しいのですか?」

「…何だ、急に畏まって。」
「……私などとご一緒して頂かなくとも、貴方は別の地で同胞を探すこともできたのに。」

「いや。…俺が目を離してる隙に、ユリアまでうっかり忘れちゃったら、嫌だし。」
「――――…」

「少なくとも、危なくなったら俺が助けてやっから。…ま、相手がいねーと出来るかは分かんねーけど。」
「…はい。…これ以上数が減ってしまうと流石に、厄介ですからね。」

「まぁな。…とりあえず、その為にもさっさと次、探しとけよー。」
「はい。」

「どっちにしろ、学校っていうのは、ヒトが多いから…思ってたよりは探すのも、楽だな。」
「…そうかもしれませんね。」

「ユリアのお陰だ。…授業は面倒だけど…まぁ、仲間の命にゃ代えられんし。」
「しかし、此処に同胞が居るという保障はありませんよ。」

「そうだけど。まぁ、どっかのビルとかを駆けずり回って今にも死にそうな奴を呼び止めて説得するとかよりゃ、マシだろ。」
「そういう場面にはなかなか、遭遇しませんからね…」

「そういうこと。…それに、ソイツが仲間だって保障もねーしなぁ…ま、それは全部に言える事だけど。」
「予め同胞かどうか想像できる程度には、相手のことを知っておいた方が良いでしょうね。」

「うん。…だから、お前ばっかりそういうの、気に掛けてなくても良いんだぞ。…俺の為でもあるんだから。」
「…ありがとうございます。」

「いいっていいって!…ん?…ユリア、誰か呼んでるぞ。」
「え?…あぁ…ティラさん。」


「さっきから何回も呼んでるのに、何してんのよリリカ!…っと、あれ、お邪魔だった?」
「…ううん、良いの。…気付かなくてごめんなさい」

「…じゃ、僕は戻るよ。また後でね。」
「はい。…また。」


「ねぇリリカ。あれ、誰なの?」
「隣のクラスのひと。…教科書忘れたから貸して、って頼まれて。」
「ふうん、そっか。…リリカって実は顔広いのね。」

「それって褒めてるのかしら?…で、用事は何?」
「あ、それがね。私も次の時間の教科書忘れちゃったから、一緒に見てもいいかなーって思ったんだけど。」

「…。何だか、似ているわね…貴方達。」
「何かそうみたいだね。…ってわけで、隣座っていい?」

「…いいわよ。…まさかあなたも、居眠りとかしちゃったりする?」
「何よ突然。…まぁ、授業によるかなー。」
「…………。」

つくづく似ている二人ね、と呆れる彼女をよそに、少し離れた場所で密かに聞き耳を立てていた“彼”。
その視線が少しばかり鋭くなっていることに気付く者は、――まだ誰一人として、在りませんでした。

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