それから、数日したのち。
日が暮れる頃になってから、男はまたも、私の山に踏み入ってきた。
以前のように洞まで来たので、示し合わせたかのように私も其処を訪れた。
「――今度は何や。」
「今晩は。先日は世話になった。――彼らは、『それならば、村を拓くことはしない。が、せめて山を流れる川の水を村に引かせてくれ』と言っているよ。…日照りが続いて、つらいそうだ」
「…。………」
村を拓くのは別に構わないのだが、山に手出しされては敵わない、と思っての事だった。
しかしまぁ、山を拓かないのなら、これ以上祟る理由もない。――多少の樹木は諦めるより仕方がないか。山を拓かれるより、遥かに軽い。
「…ふぅん。…まぁ、そんくらいなら。」
「…良かった。ならば、そう伝えよう。」
「ただし、――いらん手出しは無用やで。」
「だろうね。それも、きちんと伝えるよ。…土を削るのは致し方ないとして、木を伐り倒すのは出来るだけ少なく留めるようにと。――これで良いかい?」
「…。ああ。そんで、ええ。」
「解った。――では、私の役目はこれで終わりだ。」
「…、待ちや。」
「うん?」
「…あんたが見てへんと、あいつらは言うたことを反故にするかもしれん。せやし、もう暫くあいつらを見ててくれへんか。」
「――それは、構わないけれど…。生憎だが私には、長居する為の場がない。」
「そんなら、此処を貸す。」――何気なく洞を指し、言った。
「え?」――男は、心底意外そうな表情をした。
「此処なら、雨風も凌げるやろう。」
「…、………場を提供してくれるのは有難いけれど、人が住むには、些か厳しいよ。」
男は、そうは言われても、と遠慮がちに笑った。
――何だ、つまらない。
「…。ふーん…。あんたみたいな人間でも、やっぱり弱っちいんやな。」
「そこまで買い被られては困るよ。私とて彼らと、何も変わりはしないさ。」
外から人が来るなど珍しいことだからと、少し期待しすぎたようだ。
「…と、いうことは…。あいつらみたいな…家がいる、ってことやんな?」
「ああ。それが一番良い。けれどそれなら、どこか、彼らの家を借りるかした方が――」
「そんなら、すぐ済むわ。」
「え?」――驚いたように、男は目を丸くした。
「こん山をもうちょい登ると、ちっと開けたとこがある。まぁまずは、其処まで行こ。」
「…ほう。何やら話がいまひとつ見えないが、何か案があるというのなら、そのお招きに与ろう。」
私の話をどこか不思議そうに聞いていた男は、それでも荷を纏めると、ひとまず私の手を取るのだった。