第一話 葵の葉

-vana-

とある一族に伝わりし伝承
されど偽りか真かは、当事者にしか判らぬ噺

***

「…なあ、ガキ。生きてんのか?」
いつもの様に見回りをしていると、生い茂る木々の下、枯草の(しとね)に横たわる少年を見つけた。

『…。』――返事はない。
正直なところ、あまり関わり合いにはなりたくなかったが、その面影にまだ幼さを残す者を見捨てるというのは、少々気にかかった。

ざっと見たところ、物怪の類ではなさそうだった。
――仮に物怪だとしても、この地で私に敵うものはいないのだが。

しゃがみ込み、口元に手をやると、どうやら少年はまだ生きているようだった。
…このまま此処で死なれては、かえって物怪の類を呼び寄せるかもしれない。とりあえず、連れ帰って様子をみることにしよう。

ひとまず、川まで連れて行き、あちらこちらについた泥を落としてやる。途端に、擦り傷や切り傷が目立つ。
――何処から来たんか知らんけど、碌に飯も持たんと、えろう無茶する奴やな。
「…。」
何となく、見知った誰かと重なって、静かに苦笑を浮かべた。


「銀翅。ちっと、手ぇ貸してくれるか。」
川で汚れを落とした後、己の眷属に様子見を任せ、ひとりで家に戻ると。

「おや。何かあったのかい?」
珍しく、驚いたような表情を向けられる。
無理もない。私が銀翅の手を借りなければならない事象など、それこそ余程のことがない限り、あり得ないからだ。

「大したことやない。人手が足りんだけや」
「…というと?」

「あっちでガキ拾うたさかい、運ぶの手伝うて。」
「ほう。…ということだそうだ。少し行ってきてくれるかい?」
銀翅もあまり力仕事が得意ではない身だ。その役目は必然的に、銀翅の式神に回された。


「銀翅。戻ったで」
「お帰り。――その子か。」
「せや。」

「ふうん。…見たところ、物怪の類ではないようだが。――一応調べておいた方が良いな」
銀翅はそう言うと、設えた寝床に何やら術を施し始めた。

「何する心算や。」
「酷いことはしないよ。――さ、みてやっておくれ」
くす、と微笑みながら術をかけ終わると、傍らの式神に何かを命じ、自身は暖を取っている。

「それにしても、今日は冷えるね」
「あぁ…、まぁな。…ん?」
そうは言われてもと何気なく気に掛けていると、ぼんやりと、少年が目を開けたのが見えた。

――すかさず、銀翅は少年に近付き、声をかける。
「おっと、気がついたか。…君はとても疲れているから、しばらくは動けないと思うよ。」

『…。………』
少年は尚もぼんやりとし、銀翅の言葉を受け入れたようだった。

『…、』
と、ぼんやりとしていたはずの視線は、ある一点を捉えて止まった。

「…ほう。」
その視線の意味を知る銀翅は、感嘆とも取れる声を漏らした。
「…君は、この子達が視えるのか。」

***

少年がその眼に捉えたのは、私が出した式神の姿だった。
――今は、視えないようにしている筈なんだが。
珍しいこともあるものだと、見定めるように目を細めた。

『…。』
とはいえ、彼は既に私がかけた(しゅ)(かか)っている。案の定、目を動かすのがやっと、という処か。

「心配は要らないよ、ひどいことはしない。一応調べているのさ。…痛みはないだろう?」
努めてにこやかに話しかけると、少年はどこか納得した様子で目を閉じた。

「――ね? 安心して眠ると良い。」
腕を伸ばし、するりと結界を透り抜けると、少年の額に手を翳す。
――今頃、彼は深い眠りの中に在る…。そう確信していると、十六夜の感心する声が聴こえた。

***

「あんた、相変わらず上手いことやるなぁ。」
こいつの為すことは、とにかく速い。素直に感嘆を投げかけた。

「…。」
銀翅は、何故か僅かに苦く笑った。
「――さあ、もう済んだかな。」
すぐに少年に視線を戻すと、式神や結界が消えた。

「どうやら彼は人間の様だ。だとしたら…何故こんな処で倒れていたのか。――少し占ってみるとしよう。丁度、星も出た頃合だ」
呟くその手には、もう器械が握られている。…そのまま屋外(そと)へ出ると、銀翅は頭上に拡がった星空を悠々と見上げた。


「此処は君の加護が及んでいるから何事も無い様だが、どうやら飢饉の兆しが見えるね。――詳しくは、彼に尋ねなければ分からないけれども。」
「ふぅん…。」
しばらくして、器械を手に戻ってきた銀翅は、暖を取りながらそう告げた。

「…とりあえず、食べるものを用意してやりなさい。」
「分かった。」
銀翅の言葉に頷き、直ぐに準備に取り掛かる。

「外、か…。」
――支度の合間にちらりと銀翅を見ると、ひどく疲れた様子で、ぽつりとそう呟くのが聴こえた。

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