第十五話 廻る風車(かざぐるま)

-remota-

からからと笑う銀翅に、十六夜は腹立たしげな面持ちで尋ねました。
「…で、代わりのもんって何や。」

「ふむ。ではこれと、これを。」
銀翅は、応、として懐から札を2枚取り出しました。

「…何やこれ。」
「これは…」

「おとうさん、おかあさん」
唐突に聞こえた遙の声に、銀翅も十六夜も、はたと動きを止めました。

「まにあった。よかった…」
「あんた、こんなとこで何してんの。ちゃんと家におらな危ないやろう」

「ここには何回もきたからだいじょうぶ。」
遙は、十六夜に向かってそう言って微笑みかけると、銀翅の方へ近づき、またしても微笑みかけました。
「…おとうさんも、心配しないで。」

遙の笑顔を見た銀翅は、何かを察した様子で感心しながら、遙の頭を優しく撫でました。
「…有難う。お前には、世話になるばかりだね。」
――銀翅の指先は、既に消えかかっておりました。

「――噫。そろそろ時が満ちるようだ。」
銀翅はそう言い、もう一度だけ、遙の頭を愛おしそうに撫でると、――或いは初めて、心からの笑顔を浮かべながら、静かに消えてゆきました。

――また逢おう、と、声なき口が動くのを、十六夜も、遙も、黙って見送りました。


十六夜が、銀翅の遺した札に再度目をやると、いつの間にか札が狐の面と緋色の扇子に姿を変えておりました。
「…なんや、これ。」
「これはね――」
銀翅に代わって遙が、面と扇子の扱い方を説明します。

「…あんた、何でそんなことまで知ってるんや。」
「おとうさんのかわりに、私がちからを出してあげたから、どういうものなのか、すぐに解ったの。」
遙は、さらりと途方もないことを言いました。…が、十六夜はそれを気に留める様子はありません。

「………ほー。つまり、あいつは消えずに、ただ往生しただけっちゅーことか?」
「そう。おとうさん、ちゃんといけたよ。」
にこ、と笑顔のまま、遙は答えます。

「…。………」
十六夜は、どこかつまらなさそうな表情をしました。

「うふふふ。」
対照的に遙は、声を立てて笑いました。

「…何笑ってんの。」
「なんでもなぁい。」

「ほーか。…ほな、さっさと帰るで。」
「うん! よかったね、おかあさん。」

「…。……………、まぁな。モノは貰えたし。」
そんな十六夜の様子に、くすくす、と遙は笑います。
――素直じゃないんだから。…そう云おうとしているようにも見えました。


山が開き、四季が戻ってきました。

幾年か経た後、遙は十六夜を『十六夜の晩にあらわれた山の神』として祀りました。
その社は、かつて十六夜が銀翅と暮らした家の跡地に創られたと云われています。

十六夜は、銀翅と別離した次の日の晩――つまり、十六夜の晩を切り取り、その社の中に置きました。それゆえ、十六夜の棲む処は常夜(とこよ)となったと云われています。
そして、気が済むまで銀翅と過ごした家に住みましたが、飽きた頃には遙の家を模倣し、自らの城としました。

遙は、やがて或る男と夫婦となり、姓を狐塚と名乗りました。十六夜の命により、男女問わず長子の者を当主としました。
長い時をかけて、かつて滅びた村の者達をすべて弔い、同じ場所に再び村を造ったと云われています。
十六夜と遙の伝承から、墓標とされていた風車はいつしか十六夜に捧げられるようになりました。

やがて遙の血が薄まるにつれ、十六夜の姿を視られる者が少なくなってゆきました。
しかし遙は、十六夜から託された狐面と扇子を遺し、伝えていたため、時折十六夜が狐面をつけた姿で顕れることもあったと云われています。

remota:レモタ
スペイン語
意味:(時間的・空間的に)遠い。ありそうにない、可能性の少ない。漠然とした、不明瞭な。
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